五乃章ノ弐

文字数 2,200文字

「ここがそうや」

 蒼一郎(そういちろう)たちと合流したあとに連れてこられたのは、建設途中で中断されたビルだった。再開発に伴い、商業施設になるはずだったビル。
 躯体(くたい)とよばれるコンクリートを流し込む工事も終わり、外装や内装に取りかかろうかというところで止まっている。
 手抜き工事が内部告発されて話題になったビルで、現在も解体か補強かで揉めいた。責任の所在や賠償責任の問題で建設を依頼した企業との間で裁判沙汰にもなっていたはずだ。

 この辺りは再開発を行っている地区なので、いまは街のネオンも僅しか届かない。そんな場所に建つそれは、人外のものが住むのにふさわしく思われた。
 この場所で慎二(しんじ)は〈赤目(あかめ)〉と出会ったことを、京也(きょうや)は知らない。

「ちィと調べたんやが、三階あたりで印の反応が消えた。多分、結界を張っとるんや。〈赤目〉はそこにおる」

 京也はビルを見上げている。力を入れ過ぎた拳が震えていた。

「ほな、行くで」

 京也と鈴音(すずね)が、蒼一郎の言葉に頷いた。
 ビルの中には湿っぽいカビの匂いが充満していた。微かな月明かりが中に差し込んでいる。
 京也たちが足を踏み入れた途端、炎の矢が飛んできた。三人は散開してそれを躱す。
 部屋の中央に炎の塊が現れた。

「手下のおでましやな」

 蒼一郎が不敵な笑みを浮かべる。炎の中から〈焔華(えんか)〉が出て来る。燃えるような赤いショートヘア。細い体を包んでいるのはぴったりとしたボディスーツだ。その上からジャケットを羽織っている。

「先には行かせない」
「ちゅうことは、ホンマにここで正解なんやな。〈赤目〉は上やろ?」
「……答える必要はない」

 そう言って〈焔華〉は腕を振った。炎が生まれ鞭となり、横薙ぎに払われる。最初に狙らわれたのは蒼一郎だった。

(しょう)!」

 蒼一郎は懐から符をとり出し、炎へ向かって突き出した。炎鞭が符とぶつかる。その瞬間、炎鞭は符の生み出した真空によって切断された。
 すかさず蒼一郎は新しい符を取り出して〈焔華〉へと放った。

「招!」

 符は雷撃となって〈焔華〉を襲う。槍と化した雷は、彼女の腹部へと吸いこまれる。
 〈焔華〉は体をむりやり捻った。雷撃が脇腹を掠める。派生した小さな雷を浴びて彼女の体がしびれた。

「くっ……!」

 〈焔華〉はすぐ近くに気配が生まれたのを感じて、勘だけで床へ体を預けた。今まで頭のあった位置を鈴音の鋭い蹴りが通り過ぎた。そのまま転がりながら、鈴音に火球を放つ。
 鈴音は手刀のひと振りで火球を斬り裂いた。

「ここはワイらに任せて、京坊は上に行きや」

 攻撃に参加しようとした京也を、蒼一郎が止める。京也は逡巡の後、上へ向かう階段へと疾った。

「させるか!」

 〈焔華〉の背後に炎が生まれる。それが京也へと向かって放たれようとした瞬間、三枚の符が〈焔華〉を囲むようにして床に突き刺さった。

「招!」

 言葉と共に符がはぜた。それは、囲みの中心へと向かう指向性の爆発だった。
 三方からの均等な爆圧を受けて〈焔華〉の体がきしんだ。生み出された炎は消える。動けない〈焔華〉の腹部に鈴音の回し蹴りが炸裂した。車に撥ね飛ばされたような勢いで壁へと叩きつけられる。
 その間に、京也の姿は階上へと消えていた。

「おのれ」

 〈焔華〉が立ち上がる。彼女のジャケットが爆発の余波でボロボロになっていた。ボディスーツは所々破れており、彼女の素肌を露出している。開かれたジャケットの間から、微妙な女の膨らみが見えた。

「姉ェちゃん、ちィと痩せ過ぎやな。細すぎやて。せっかくきれいな顔してんねんから、もうちぃと色気のある方がええんとちゃうか?」

 からかうような蒼一郎の口調。〈焔華〉の顔が怒りで赤くなった。

「ふざけるな!」

 〈焔華〉の体の輪郭が揺れた。内側から炎が吹き出す。赤い髪が逆立ち、揺れて、炎の髪へと変化する。見るまに彼女の体は人間のそれから炎で構成された人型へと変貌した。
 炎の裸身をさらした〈焔華〉が蒼一郎を睨み付ける。

「くらえ!」

 〈焔華〉の体を構成する炎が、いくつもの小さな火球となって蒼一郎と鈴音を襲った。
 鈴音はそれを、両の手刀を使って斬り落していく。だが先程とは速度、量共に桁外れの攻撃を裁ききれない。
 蒼一郎に至っては避けるのに精一杯だった。それでも避けきれずに直撃をくらった。足が止まり、そこを無数の火球が襲う。小さな爆発が連続して起こった。

「蒼一郎!」

 鈴音が叫ぶ。気をとられた瞬間に、鈴音も火球の直撃を受けた。

「なるほどたいしたもんや。この間は本気やなかったちゅうわけやな」

 背後から聞こえた声に〈焔華〉は驚いて振り向いた。視線の先には、火球に身を焼かれ砕かれたはずの蒼一郎と鈴音が立っていた。
 いままで蒼一郎と鈴音のいた場所には、黒焦げになった符が落ちている。

「ワイも本気で相手したるわ。鈴音!」
「はい」

 突如、鈴音の体が閃光に包まれた。瞬間的な光の爆発に〈焔華〉が思わず目をかばう。
 光が消えた後には一本の剣が浮いていた。

 両刃の真っ直ぐな長剣。長身の蒼一郎の首まで達するその剣は、古代日本の銅剣を思い起こさせる。だが、それよりも遥かに繊細な作りをしたその刃は、玉鋼を鍛えて作ったかのような輝きを放っていた。
 蒼一郎は剣を右手に取ると、剣を背負うように背後に回した。心持ち左足を前に出して、左手の指に符を挟んで構える。
 そして不敵な笑いを浮かべて言った。

「関西護法頭(ごほうがしら)帯刀(たてわき)蒼一郎(そういちろう)()して(まい)る」
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