二.頭をくだき、かかとを砕かれること

文字数 7,687文字

「──糞ッ、母体に使えるからと、素性の知れぬ商売女なぞ雇うのではなかった、十年分の蠱毒が台無しだ──」
 神経質な声が、刺すような風に混じっている。平戸が、苛立ちを隠しもせずに悪態を付いているのだ。男は白い衣が汚れるのにも構わず、どうと倒れ伏した大蛇の身体に何やら細工を仕掛けていた。術が成らなかったなりに、新たな手立てを講じているのである。
 赤い巨躯の上で白い男が魔の業を行うかたわら、黒い神父の姿は、蛇より少し離れた茂みの中に横たわっていた。一体、地獄太夫が自らの腹を裂いた後、何が起きたのであろうか?
 母体の生命力を極限まで高め、胎内に仕込んだ「十年分の蠱毒」の集大成である蛇へと絶え間なく供給することで急激に成長を促し、さらには魔の生き物へと転換せしめる。それが、地獄太夫に施された忌まわしき術であった。蛇がこの世に顕現した後も母体である妓と繋げられていたのは、ひとえに蛇をこの世に保つための生命力を供給させるために他ならなかった。両者の関係は、いわばへその緒で繋がったままの母子と例えられよう。と、なれば、地獄太夫が自ら腹を捌き、術式を損壊せしめたことはすなわち、胎児に供給されるべき酸素や栄養が断ち切られたことに等しい。苦しんだ蛇は巨体をのたくらせ、結果として、大蛇の上に立っていた神父を宙へと投げ出したのだった。
 十数メートルほどの上空から落下したとて、彼の超常の身体は大したダメージを受けはしない。神父は跳ね起き、あたりを見回した。探すものは、地獄太夫の姿である。
 幸いにして、妓の姿はすぐに見つかった。蓮華の浮かぶ湖面に、半ば沈みかけている。すぐさまイェレミアス神父はその身を引き上げた。最前までの敵手を救うことにも無事を喜ぶことにも、彼の思考回路は矛盾を覚えない。黒檀の彫刻のごとき顔に安堵が浮かびかけ、しかしその表情はすぐにこわばった。引き上げた身体のまとう着物は、帯より少し下あたりから、不自然に垂れ下がっている。何たることか、そこにあるはずの下肢は、無残にもちぎり取られていたのだ。
「聖、マルタ──否、聖ゲオルギウス……違う、聖ラザロ……」
 妓を腕の中に抱きながら、神父は聖人へのとりなしの祈りを口にしようとし、とりなしていただくべき聖人を探しあぐねた。
「無理だ、誰のとりなしであれ、秘跡でこんな傷が直せるはずがない!」
 イェレミアスは、絶叫した。そも、彼の行いうる秘跡とは悪魔祓い(エクソシズム)のそれであるが──専門領域の問題を抜きにしても、秘跡では、死の淵にある人間の回復、もしくは死んだ人間の復活は行えない。それは、一定の手順に則って司祭が行う「秘跡」ではなく、キリストその人や使徒、あるいは聖人と呼ばれる人々の行う「奇跡」の範疇であるからだ。
 つまり、イェレミアス神父には、彼への攻撃を止めるべく自らの腹に刃を突き立てた妓を助ける手立てが、もはや残ってはいない。
「お願いだ、誰か、この人を助けてくれ、私にこの人を助けさせてくれ」
 一定の形式に従った祈りではなく、ただの願いを口にしながら、イェレミアス神父は天を仰いだ。夜空には、地上での凄惨な光景など露ほども知らぬ満天の星のほかに、淡い光球が揺蕩っていた。いちどは刃に宿したものの、結局秘跡をなさぬままとなった恩寵の御光だ。その、光は。神父の叫びを聞きとげるや、イェレミアスの受けうる限りの恩寵の光は、星の降るように地へと降り注ぎ、在る一点を照らし出した。
 照らし出されたのは、上野公園の入口近くであった。夜間は立ち入りの禁じられている公園の入り口では、濃紺の制服を纏った男が呆けたように立ち尽くしている。日本の警官だ。警らで立ち寄ったわけではない。警官は、常の業務ではまず持ち運ばぬであろう、古びた箱を抱えていた。
「あっ」
 花魁姿の刺客だの魔の七頭大蛇だのそれらを統括しているらしい白衣の男だのの存在で、意識より消え去っていた。神父が今宵この地にある理由、それは、幕府が切支丹より押収し、四百年の時を経て明治政府に所有権が移り、ようやくカトリック教会がその所在を把握するに至ったある品物を受け取るためであったのだ。そして、これこそ完全に神父の記憶から抜け落ちかけて板が──その品物は、万に一つ、死の淵にある妓の命をつなぐ事ができるやも知れぬものでもあった。
 漆黒の僧衣が、闇に翻る。彼は数度の跳躍で警官のもとにたどり着いた。警官の顔には、狼狽の色が浮かんでいる。いきなり眼前に闇を切り出したような容貌の男が現れ、さらにその男の腕の中には血まみれの花魁の姿がある、となれば、狼狽せぬ人間のほうが少なかろう。
「『山』!」
 警官の様子には構わず、イェレミアスは事前に取り決めていた符牒を口にする。
「え、ああそうか、『風』──なああんた、一体何がどうなってんだこれ」
「説明はあとだ、はやくアハスヴェールの灰を寄越してくれ」
「あはす……ああ、こいつのことか。よし、渡したぞ、それじゃあ俺は逃げるからな」
 全く事態を飲み込めていないままにさっさと逃げ去っていった警官を横目に、神父は芝生の上に地獄太夫の身体を横たえ、ひったくった木箱を叩き割った。果たして、木箱のうちより無数の黒い石が転がり出る。石は、立方体を隣り合う対角線を結ぶ直線に沿って削ったとも、三角錐の複合体とも取れる、星状の形をしていた。幾何学の分野では星型八面体、スピリチュアルやオカルトの分野ではマカバの星だとかメルカバの星だとか呼ばれる形だ。
 夜の上野公園が魔境の地となった理由──ひいては、はるか欧州よりスエズ航路を経てひとりの神父が日本へとやってきた理由こそ、イェレミアスが灰と呼んだ、木箱に納められた星型の多面体であった。
 神父は黒い星の一つをその手に取る。随分と加工されているが、それは彼の求めていたものに相違なかった。おそらくは散逸を防ぐため、硝子に灰を混ぜ込み加工したのであろう、と彼は断ずる。灰を固めた星はいまこの時、死の淵にあるものを救いうるただひとつの手段である。灰を元ある形に返す、という元来の望みはイェレミアス神父の頭にはもはや存在しない。彼は迷うことなく手にした多面体を、死の淵にある妓の腹部に載せた。
「私は死なず、私は生きる、神の業を告げるために、神は私を責められたのに死に渡そうとはされなかった」※(あかし書房刊『ともに祈り・ともに歌う「詩篇」現代語訳』p118、詩篇一一八より)
 詩篇の一節を神父は早口に暗唱する。途端、星は溶け落ちるように形を変えはじめた。形作るのは、妓の失われた下肢だ。灰の星が形を変えた義肢が馴染むにつれ、妓の頬には赤みが差し、止まっていた呼吸も戻り始めた。一体これは、秘跡とも異なるようであるが、いかなる業であろうか?奇跡の範疇に入る行いにしか見えぬ業であったが……
 その答えを知る神父は、最前までの敵手の無事を見届け、安堵の息をついている。すっかり安心しきった様子の神父は、彼の死角で起きていることにも気づいてはいない。
「は、ははは、ふはははははッ!」
 音程を外したような洪笑とともに、地の上を、七条の赤光が走った。赤光は、何あろう、胴を裂き、七つの蛇へと姿を変えたあの魔獣、赤き大蛇に他ならなかった。
「素晴らしいッ!あはすえるすの星が、いま、目の前にある!天上天下よ御覧じろ!全能の神は絶望するがよい!」
 イェレミアス神父は、蛇の目的が足下に散らばる星々であることを悟った。すぐさま彼は近くに落ちていた木の枝を手に取り、大上段に構える。頭上には、未だ秘跡を成さぬ御光が残っている。枝の周囲には今度こそ光の粒子が集まり、刃の形を成した。
「正義の門よ扉を開け※、主よどうか我らを救いたまえ(ホザナ)
 祈りの言葉とともに、イェレミアスは一匹の蛇へと光の刃を叩きつける。魔断の刃は鱗を切り裂き、肉を断ち、骨を砕いて余りあった。
 頭を砕かれた蛇はのたうち回り、胴が地の上を薙ぐ。その時──おお、何たる悲運、何たる偶然であろうか。地表すれすれで鞭のように振り回された大蛇の胴は、次なる蛇を相手取ろうとした神父の足をも払いのけたのであった。地面に倒れたイェレミアス神父の前で、残る六つの頭は散らばった星々をめいめいに飲み込んでいく。後を追おうにも、かかとを砕かれた彼は立ち上がることすらままならぬ。
 思うままに星の立方体を貪るにつれ、千切れた頭はそれぞれ独立した蛇へと姿を変えていく。否。変化は、蛇の姿ではとどまらぬ。忌まわしき魔蛇らは収縮をはじめ、ある形へと帰着する。その姿とは、人の姿に他ならなかった。
 吹きすさぶ風の冷たさは、刺すが如くであった。それだというのに、いままさにこの世に顕現を果たした六つの影は、生まれたままの姿を風にさらしていた。
「よくぞ、よくぞこの世に再臨してくださいました」
 びょうびょうと吹く風に混じり、雑音のような声が、神父の耳を打つ。
「約定のときより、あまりに長く待たせた方もございますが、どうかご寛恕を。幕府という強大な体制の下では、時の充つのはあまりにも遅かったのです」
 魔人らの前には、平戸が真白い裃の汚れるのにも構わず跪き、平服してみせている。その態度とは裏腹、彼が彼らに対し、なんらかの力を有しているのは明白であった。意志のあるかないかも定かではなかった六つの影は、平戸が現れるや、自我を取り戻したかのように自らの姿を眺め渡し、あたりを見回しはじめたのだ。
「さあ、さあ、皆様、壊天を成すはいまにございます!我ら薬込衆、全力をつくしてお助けする所存──」
 白装束の男は、調子良く回していた舌を止め、裂帛の気合と共に印を結んだ。最後の一矢を報いんとて、神父がまだ幾分か御光の残る魔断の刃を魔人のひとりに投げつけたのだ。さだめし、呪法のたぐいをもって刃を止めるつもりであろう。
 だが、呪法の出る幕はないままに終わった。聖なる力で織りなされた魔断の刃は魔人が無造作に振った腕によって、いとも簡単に弾き飛ばされていた。のみならず、ああ、魔人の力の凄まじさたるやいかばかりか。恩寵の光を失った木の枝は、へし折れるならばまだしも、弾かれただけで砕け散り、鉋屑のごとくに宙に霧散したのである。神父も、おおよそ人間離れした力を持っている。だが、魔人らのそれは、おおよそこの世のものとは思われぬ力であった。
「薬込よ、素晴らしい──素晴らしいな、この身体は!生きているうちにこの力を持っておれば、神君の亡くなられたあと、斯様な辛酸を嘗めずとも済んだろうになあ」
「は、おっしゃる通りにございます。我が祖先が殿様にご助力しきれなかったこと、祖先に変わり拙者が陳謝いたす所存」
 魔人と平戸は、およそこの世のものとは思われぬ奇妙なやり取りを交わしている。彼らの交わす言葉からは、この国の人間であればその正体、その真の名に思い至ることができるやも知れぬ。だがイェレミアスの持つ知識ではただ、魔人と平戸の間に浅からぬ因縁のあることしか読み取れはしなかった。
「よい、人の身の制約の中ではいかな忍とて、できることに限りのあるは道理よ。こうして再びこの世に在るだけで重畳、何であろうとこれより成し得るのだからな」
 殿様と呼びかけられた魔人は、その呼び名に相応しい殿上人の態度を示してみせた。そして、
「まずは、様斬(ためしぎり)をしたきものよ」
 と、邪気のない笑顔で所望した。ためしぎり、が何であるかはイェレミアスにでも分かる。刀の切れ味を試すべく、生きた人間を斬殺することだ。
「御意に。誰か、刀をこれへ」
 平戸は少しの異論も挟まず、虚空に向けて指示を出した。すると、一体いずこから現れたものであろう、少しの気配も感じさせぬままに黒装束の影が刀を携えて現れたではないか。その姿はイェレミアスの知る限り、忍者と呼ばれる存在のそれに思われた。
 忍者の差し出した刀を受け取るや、殿上人のごとき魔人は、抜き打ちに刀を一閃させた。刃の向かう先は、別の忍びに支えられたイェレミアスの胴だ。刃はカソックの左脇よりしっかと胴をとらえ、神父の身体を両断する。ぐらり、斬り分かたれた上半身が下半身から離れて落ちるを見て、お見事、と平戸が声を上げた。事実、傍から見る人間には、見事としか言いようのない仕義であった。
「──うむ?」
 そうでないことを知るのは、刃を走らせた当の魔人である。魔人の手に返った感覚は、あまりにも空虚なものであったのだ。異変を悟った平戸が、枯れ草の上に転がる神父の身体を覗き込み、改める。すると、あっ、と、存外に表情豊かな白皙の顔に、驚きが浮かんだ。
「そうか──そうかそうかそうか、そういうことでしたか!」
 常人がその光景を見たならば、恐怖と驚愕を覚えたであろう。袈裟懸けに分かたれた黒い彫刻の如き肉体──その体は、地の上で未だに動き、分かたれた半身を探し求めているのだ。だが、今宵を魔刻へと変えた男に驚きと、そして歓びを与えたのは、その光景ではない。うごめく身体が漆喰の剥がれ落ちるようにぼろぼろとひび割れ、崩れ落ちていくさまであった。
 やがて肉と見えた泥はすべて剥がれ落ち、地の上に残るは、二つに分かれた骨格と、同じく二つに分かたれた呪符のみ。一体これはどういうことであるのか。事情を知るものが神父の他にはあろうはずもないが、平戸はしかし、この様子だけで何事かを悟ったようであった。
 平戸の手が、二つに斬られた呪符を取り上げた。そこに記されるは、かの有名な、真理を意味するヘブライの文字である。
「ごおれむ、でしたか。猶太の秘術にある、動く泥人形を動かす業。これでは暗器の通らぬも道理」
 呪符に記された、ラテン文字に移せばEmethとなる文字列のEに当たる文字を消せば、残るはMeth、死を意味する文字列となり、たちどころにゴーレムは崩れ落ちる、というのが、よく知られたゴーレムについての伝承である。いま平戸の手の中にある呪符は、魔人の試斬によって、伝承のとおりにEの字を落とされていた。
「御坊。伴天連の神父たるあなたが、猶太の秘術によって創り上げられた肉体を持ち、我らの悲願を成す材料となった灰の星を求める理由はただ一つ」
 到底生きているとは思えぬ骸骨に向けて、平戸は話しかけ続ける。常の感覚であれば狂人のそれとしか見えぬ光景である。
「アハスヴェール、あはすえるす、不死者──さまよえる猶太人!自らの灰をもとめてやってきたとは!あまつさえ、伴天連の神に呪われた身の上で、伴天連の神に帰依をしているとは笑止千万なり!」
「──やめろ、その名で私を呼ぶな!」
 骸骨は、平戸の手で掴み上げられたままに叫んだ。何たる超常のありさまか、イェレミアスは髑髏となってもなお意識を保ち、動いていたのだ。平戸は、イェレミアスを不死者と呼び、さまよえる猶太人と呼んだ。まさにそのとおり、イェレミアス神父の身体は、死を退けるものであったのだ。
「ふむ、これは実に僥倖。これだけの材料があれば、予定も早まるでしょう。骨はすべて持ち帰るように。ああ、その妓も、念のため連れて行くのですよ」
「ッ……ふざけるな、その人はそも、関係のない人間だろう!」
 不死者とて、体の動きを奪われればただの置物と相違ない。声の続く限り抗議の声を上げ続けるイェレミアスには一切構うことなく、平戸は配下の忍者たちに指示を出した。何たる強欲であろう、この魔人らの統括者、壊天を企む叛逆の徒は、イェレミアスに残された唯一の肉体である骨や、地獄太夫の下肢を補った彼の肉の灰をも自らの目的のため利用するつもりであるのだ。
 忍びのものが音もなく現れ、彼らの頭領の指示を遂行する。イェレミアス神父の骨はばらばらに解体され、意識を失ったままの地獄太夫の身体も担ぎ上げられようとした、その時、まさにその時のことであった。
「──頭領、警官隊が」
 ひとつの影が、平戸に報告を告げた。途端、呼子笛の音が聞こえたかとも思わぬ間に、喧騒と、無数の長靴の音とが、公園になだれ込む。先刻逃げ出した警官が応援を呼んだにしても、現れた警官の数は多すぎた。なにより、サーベルを一人残らず有していることから、彼らが偶然に現れたわけでないことは明白であった。
 思い出していただきたいが、この時、この場を受け渡しの場として指定したのは、日本政府の側である。そう、もうお分かりであろう。もとよりこの取引の場自体がひとつのおとり、あらかじめこの場に現れる第三勢力を一網打尽にするため、警官隊は待機していたのである。
 斬り込んだ第一陣と、姿を現していた忍びとが接触する。多勢に無勢、乱戦の中で忍びらは手傷を負い、はたまた斬り殺され、代わり魔人らが応戦せんとする。はたして、局面は混迷を極めるか、と思われたが、
「お退きください!御身らのお力をいたずらに露見させるべきではございません」
 鶴の一声、平戸の言葉が響くや、六つの影は纏っていた殺気をはたと止めた。しかし、退却と言っても上野の公演地はすでに警官隊に囲まれている。魔の軍勢は一体、いかなる手段を取るのであろうか?
 警官らの前で、平戸は意味ありげに両手を広げ、口上を述べはじめた。
「聞くがいい、政府の狗共!二百余年の闇を抜け、我らようやくいま星充つ夜に至った!かくなる上は、黒き太陽の昇る朝の来ること、もはや避け得ぬ運命と知れ!」
 言い終わるや、白装束の忍びの頭領の両手がすばやく印を結ぶ。風向きが変わり、平戸の背より警官らにむけ舞いかかったは、砂埃と枯れ草、枯れ葉なぞであるはずだった。
「──うわァッ」
 腕に枯れ草のかかった警官が、恐怖に満ちた叫び声をあげた。何事が起きたか、見れば警官の腕には、赤黒い鱗持つ蛇が巻きついているではないか。同様の叫声、恐怖は警官の間に広がってゆく。
「落ち着け、幻術だ!」
 恐慌の中、低い声が響きわたった。その声は、実は乱戦の中で地面に落とされたイェレミアスの髑髏が発したものであったが──声の届いた警官の中には、我に返るものが現れ始める。
 しかし、既にしてあたりには、魔人らの影も形もない。
「一体、何が──」
 魔の通り過ぎた公園で、誰とも知れぬ声が空しくすさぶ風にかき消されていった。答える声はない。今宵産み落とされたものの正体も、彼らのなす壊天とはいかなるものであるかも、知り得るとすれば全能の神その方だけであろう。
 今宵繰り広げられた人外の境地に、狂い咲きの蓮華すらも枯れ落ちたものか。凍った池では、咲いていたはずの蓮華が一つ残らず落ち、腐り始めている。ただひとつ、今宵の地獄のなかにあって救いと呼べるのは、地獄の名を持つひとりの女剣士が連れ去られることはなく、薔薇色の頬で健やかに息を立てていることだけであった。
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登場人物紹介

【地獄太夫】花魁兼女剣士。走るタイプのゾンビは苦手。

【イェレミアス神父】 さまよえるユダヤ人にしてバチカンのエクソシスト。久しぶりに日本に来たら変身アイテムにされた。

【平戸】いわゆるひとつの黒幕。結構詰めが甘い。

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