第一場

文字数 2,123文字

(ティル・ナ・ノーグ フュユルの村、メリキュール家の屋敷内にて)
〈独言〉 都までって園遊会とははた疲れたな。それにしてもと思い返せば、まったく今宵ほど不思議な饗宴もあったものかね。ようやく望外の機会チャンスが巡ってきた。それは分厚い緑雲の切れ間から天の女神様がお出ましになり、日当たりの悪い谷間に咲いている不世出の花をお掬いになって、そうして晴れ晴れとした見晴らしよい丘の上に据えてくださる、謂わばそんな良縁チャンスなのだ。いやはや、この老いぼれた年になってそうこううのも憚られるが、素晴らしいことだけは確かだ。とにかく朝一番にこのことをわが家に知らせなければならん。こんなうまい話がどこに転がっていよう、早速愛娘に良い知らせを。やあ、召使エスレか、おはよう。
ご主人様、どうなさいました? 一体どんな話をお聞きになられたので?
なに、言った通りのことだけだ。ただ、まわりくどく言うと、金儲けの話と言えるかもしれん
まあ、そんな話には興味もありませんよ! 

もうこのお家には花瓶、家具、食器、何でも揃ってらっしゃるではありませんか。この上何の極上の品を取り揃えようと云うんです? 倉庫部屋の骨董品ガラクタはあなたに片付けられるのを待っていますし、上等な食器はとっかえひっかえ使われるのを心待ちです。ましてお嬢様をこれ以上甘やかしてはいけませんよ、何かと理由を付けて、何でもお買い与えになるんですから。もう。

まあそう云うな、君のお給金だって少しは上がる余地があるかもしれんじゃないか。にしてもだ、首都ベルモントは今この話題で持ちきりなのだが、土台あすこの長老連中の頑迷さというものをお前さんは知っておるかね? あのかめの甲羅も物ともせんような硬い頭の為政者たちが、いまに画期的な祭りを催そうとしておるのだ。その祭りというのが何かというとね、宇内に最も気高きエルフ、民族の高潔を有するエルフの中のエルフを、若者の男女一組の中から決めようという大会なのだ。する事はよくわからんが、いま全地界の若者に参加を呼びかけている最中さなかだそうだ。
何を決めるのか難しくってよくわかりませんけど、とにかくお祭りがあるのですね
祭りなら初中しょっちゅうやっているものを、ことこの大会で優勝する者は、常識では考えられないほどの莫大な賞金を與えられるというのだよ。どうやらエルフ界の未来を担う優秀な若者には投資を惜しまない方針らしい。そうとなれば是非、私は愛娘をこの大会に出場させてやりたい。出すさえ優勝してくれるのだから、儲け話というのはそういうことだよ。ただし先ほど言った通り、必ず男女一組でないと参加できないのというものでな。娘の相手を誰にするかが究竟悩み処だが、大きな話がすんなりと進んで……
はあ、また始まりましたねえ、ご主人様の悪い癖。

いつもあんなにきちんと帳簿をお付けになって、細大漏らさぬ細密な遣り繰りをなさっているくせに、いざや御自分の娘御のこととなりせば、そんな不確かなことさえ儲け話と嘯けるくらいに盲目をおやりになられるんですから。そもそも都会で行われる大会なんでしょう? 都会のエルフに勝てるわけ無いでしょう?

然らず、然らず。都会の若者は不行状目に余ると聞いているじゃないか、そんな奴らにうちの娘が気高さで敗けるものかは。見よ、私の見込みが確かなら、あの娘こそは世界一、いやもっと――三千世界の宇宙一才能に溢れて品行よく、性格もその上この上なしで歪んでいることがない。親の心など悩ませたことがなく、妻が居ない苦労まで肩代わりしてくれた程に優しい。この隠逸の才を釣り合った場に披露するのに、老いぼれ連中の企画した今大会は願ってもないことだよ。

あの、まさかのときにショック死されないようにご確認しますけど……

ご主人様は御自分の娘がどれほどのところまで通用する才媛なのか、いちど公の場に出してお確かめになりたいだけであって、まさか本気で優勝するとまでは思ってらっしゃいませんわね?
うむ。それは自分でもわからぬのだ。優勝ははやたなごころの内と思えば、よもやとも思う。しかし案ずる必要こそ無けれ。

というのも先云った通り、大会は二人一組で挑むものなのだから、娘がどれほどの才を輝かせようとも、相手となる男次第で結果はどうとでも変わりうるのだからな。これは納得しなければならん。さりとてゆめゆめつまらぬ匹夫と組ます積りなどないよ。つまり、此度の大会でつまを組む相手は、娘の古くからの許嫁だ。商売仲間のスィンディーナとだいぶ前に約束したのを忘れていたのだが、これを機にと縁談を進めることにしたのだ。これは宴席で重々検討仕合った上でのことで、大きな話が進んだといったのはそれだ。

縁談ですか。余談ですが、ご主人様は、お嬢様にもうそのことをお伝えしたので?
未だだが、もうそろそろつま選びを考えなければいけない歳頃ということを識らないわけではあるまい。

さもそうずです。

ただ、わたしは長いことお嬢様のお付きとして身の回りのお世話もいたしましたが、到底今おっしゃったような大会に出られる性格とは考えづらいのですけれど……
ふむふむ。おや、娘も起きてきたようだ。
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登場人物紹介

エルダー・レイド・アレイ:無窮の森のハイエルフ族族長

イルビス・メリキュール:メイの父、商人。精霊派。

メイ・メリキュール:イルビスの一人娘。ヒロイン。

エスレ:メリキュール家の小間使い。レチオの母。

レチオ:〃。エスレの娘

スィンディーナ・バランス:イルビスの知己で、同じく精霊派。宝石商人。

ローラン:スィンディーナの息子(本編に登場せず)

キュベレ:露店商人。

フローリア:森林派の村娘

クウェンシー:メイのパートナー

サリア・ヴァルサリス:レイド・アレイの侍女

ジェムナル:フローリアの恋人。森林派

マルキス:ジェムナルの友人

ポアゼ:ジェムナルの友人

ピューリ:ジェムナルの召使い

ロリス:フローリアの女友達

その他 

大会に挑む若者。

物見客、大会の警邏。

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