第四場

文字数 2,299文字

(メリキュール邸 レチオ、エスレ、メイが登場

エスレは扉越しにメイに話しかける

メイは部屋に籠ったままだが、実は将来を憂いて泣いている)

お嬢様、こんなにいいお天気なのに、部屋に篭っているのはもったいないですよ!

戸扉(ドア)を開けて私と遊んでください。

掃除も洗濯も終わりましたし、お母さんから頼まれた用事は全部済ませした。

だから石とりをして遊ぶのもいいですし、この前みたいに裁縫を教えてくれるのだっていいんですよ!

申し訳ありません、今、そんな気分ではないんですの。
そんな事言わずに遊びましょうよ、私の大好きなお嬢様。

お嬢様の大好きな私は、でなきゃ退屈でおっちんじゃいます。

これ、レチオ。お嬢様に迷惑をかけてはいけませんとあれほど銜めたでしょう。

すみません嬢様、すぐに扉の前から引き剥がしますゆえ、ご堪忍を。

お母さん!
ねえレチオ、あなたは我儘が言える年齢かしら?
だって、こんなの良くないわ。

こんな天気のいい日もずっと、篭りきりで、ひとりで部屋にいらっしゃるなんて。

お嬢様には遊び相手が必要だと思うよ、特に私みたいな

ユーモアのある遊び方を心得たエルフじゃないと。

ところが残念、お嬢様はきっと勉強中でいらっしゃるのよ
違いますわ
ほら、違うって言ってるじゃん
さもなくば、きっと糸を編んでおられますのよ!
御免遊ばせ、それも違うんですの
じゃあ、休憩していらっしゃるのよ、ベッドに横になられて!
生憎と、それも違います
おお、なんと幽雅な! 詩作にございましょうか!?
当たらずも遠からず、ならぬ、遠かりても当たらずですわ
ねえねえお母さん、扉の向こうでお嬢様が何をしていらっしゃるか、当てっこするゲームしようよ
そんなお嬢様をダシに使うような遊びはしません! 

それに私は忙しいんですからね

エスレ、その場から去る
あーあ、行っちゃった。自分はさんざ遊んでたと思うけどなあ……ちぇっ。

まあいいや。さてお嬢様、今していることを、わたしが見事当てるまで、ずっとそのままし続けてくださいよ、きっとですよ!

それは難しいですわね
あ、わかった逆立ち?
違うと云う必要が在りますの?
やった! あっ…、いや違うんだ。でも、逆立ちをずっとしてるって難しくない? なくない?
同意を禁じえません
どっち??

まあいっか。じゃあ、……乱舞、など!

扉越しにも、妾の此の様子から違うとも窺い知れましょうに?
べつに息は切れてないもんね……じゃあ自己催眠ごっこ!
つと解らない方向に話が飛びましたわね……
ええっと、これも違うんだ。じゃあ、いかがわしいコ・ト?
ちがいますわ……
えー本当かなー? じゃあ入って確かめていいでしょー
はいはい、疑ぐるのなら、どうぞ御自由にお入り遊ばせ
ありがとー…って、何もしてないじゃん
何もしてないですわ
……でも、さっきまで渧いてたんじゃないの?
何を根拠に…………
だって、私が部屋に入ったのに、こっちを向いてくださらないんだもの。

違うっていうなら、ちょっと振り向いてみてくださいよ、涙の跡が見えるはずですけどね?

…………
どしたの? らしくないじゃん。お嬢様
らしいですわよ。十二全に
十二膳って、食べ過ぎっぽい。
このことは、お父様には内緒ですわよ。……そもそも、許嫁など初めからさしたる問題ではございません。しかるにお父様は、妾が期待や重圧(プレッシャー)に弱いということを知りませんで、あのような大会に私をお出しになりたいと嘯きますの。ただそれだけなら、妾も何とか重圧に耐えて出場しようと諦めますけれど、したらば昼頃、あまつさえこんなお話がとり交わされているのを耳にしてしまいましたの…
……メイより上の順位をとったら借金が帳消しになる? そのフローリアって娘が?
ええ。妾のせいでお父様が大金を失ってしまうかも知れないと考えただけで、この藁のように細い胸の動悸が止まりませんの
大丈夫だって、だって私だって胸の鼓動が止まらないよ。どっきどっき
止まったら死んでますわよ。すみません、ハンカチをお願いできますか?
お嬢様、こっち向いてくれないとハンカチが渡せません。

いや、むしろ私が拭いたげるね、わたし召使だし。

なりません、どうせ妾の泣き顔が見たいだけなんでしょう? 

こんな砌だけ都合の良い関係を持ち出して……

それなら、目をつむったまま拭いたげるよ?
断乎としてお断りしますの
おっとと、躓きそう…えっと、前、々…。で、どうなの? その子の借金を減らしてもらうようにお父様に頼む?
いえ、フローリアさんもお金が入り用ですし、いまさら証文を書き換えて如何にかする噺ではありません。畢竟、妾は勝つしか無いのですわ。……ハンカチはいつになったら?
ちょっと待って~、暗闇でお嬢様がどこに居るのかわかんない~
暗闇に瞳を預けているからですわ。試みに解放してみればよろしいのに
でも、いま眼を開けたら泣き顔見ちゃうでしょ、嫌なんでしょ?
尠くも、目下(いま)、妾の眼下には孰も處りませんが
じゃあ、薄目開けよ…あ、見つけた。そこね、これから手探りで拭くから、動かないでくださいね
ゆめゆめ、角膜(め)を潰決(つぶ)さないように仕て下さいませね
もう! ちょっと怖いこと言わないでよ!

そんなに怖いこと云うなら、ここ置いとくから、自分で拭いて、はい。

えと、お母さんに頼まれてたお使い行ってきま~す!


〈独白〉

(えと、どうしよう、その無謀な借金を頼んだフローリアって娘、察するに私の知り合いの知り合いだよね。でもそんな普通の娘(エルフ)がお嬢様に勝てるとは思わないから、お嬢様のは杞憂だけど、う~ん、ちょっとひどい結末になるのは嫌だな~。取り敢えず外出した序でに、あの子から話を聞いてみようっと〉

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登場人物紹介

エルダー・レイド・アレイ:無窮の森のハイエルフ族族長

イルビス・メリキュール:メイの父、商人。精霊派。

メイ・メリキュール:イルビスの一人娘。ヒロイン。

エスレ:メリキュール家の小間使い。レチオの母。

レチオ:〃。エスレの娘

スィンディーナ・バランス:イルビスの知己で、同じく精霊派。宝石商人。

ローラン:スィンディーナの息子(本編に登場せず)

キュベレ:露店商人。

フローリア:森林派の村娘

クウェンシー:メイのパートナー

サリア・ヴァルサリス:レイド・アレイの侍女

ジェムナル:フローリアの恋人。森林派

マルキス:ジェムナルの友人

ポアゼ:ジェムナルの友人

ピューリ:ジェムナルの召使い

ロリス:フローリアの女友達

その他 

大会に挑む若者。

物見客、大会の警邏。

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