第二場

文字数 3,040文字

(メリキュール邸への訪問者)
ねえイルビスさん、お金貸してくれない?

なぜそんなことを云うんだい?

ここは君みたいな子がお金を無心するところじゃなくてね、商売者が何か新しい事業を始めようと思ったときに、足りないお金を都合していくところなんだよ。おお、これぞわが人生の歓び! まあ普通のエルフにも貸すことはあるがね、いずれも何かしら始めようと思っているから君とは別だ。

私に言わせるとね、君の年時分にはお金なんぞ無くてもなんにも不自由は無かったよ、だから此処の扉を出ても、すぐに他の氷菓をはしごしたりしないで、まっすぐ家に帰るんだね

だって、わたしには確実にお金が必要なんだもん! 

それに何かを始めようとも思ってるわ!

なんだね、ダイヤの羅針盤をつけた船でも買うのかい?

それなら難破しない限り、君は賢い商売人と見られるだろう。

そうじゃなくって、近頃噂になってるの、イルビスさん知らない?

ベルモントの都で大会が開かれるのよ。最高のエルフのペアを決める大会!

参加するには男女一組でないといけなくって、それで私たち結婚することになったわけ。

あえてそれなら聞くとしよう、誰とだね?
そりゃ、彼よ。この村で一番かっこ良くって、一番賢くって、ハンサムなのよ、しかも一番頭が良くて、ああもう褒め足りないわ! 

いいでしょ、二回ずつ褒めたの、わざとだからね。それくらいすごいってことよ

……正直誰だと云っても余り驚きはないからね、聞かないことにしよう。

まあ、ようやっとわかった、そうやって結婚資金が欲しいわけだ。

あと、ベルモントへの移動費と滞在費も貸して欲しいの
すると、君は無一文なのかい? 困ったな、文無しに貸す金はないよ。

これは何処だって同じでね。

説明は省くが、困ったら君の親御さんを引っ立てておいで。

はあ、私の親御さんはねえ、あんまり乗り気じゃないの。

正直あんまりお金持ちじゃないし。だから内緒で借りたいのよね。

それでは担保が何もない。駄目だよ
返す宛ならあるわ。私と彼が大会で優勝して賞金を手に入れるのよ、

そうしたら返せるじゃない?

残念ながらね、そんな見込は全くないわけだよ。申し訳ないがね。
何でそんな事が言えるの? あるかも知れないじゃない!
いや、全くもってないね。なぜなら、うちの娘も大会に出場するからだ。

その双対(ペア)はしかもティル・ナ・ノーグきっての宝石商、女寡のひとり息子ときている。

どうだい、君等だって勝てる自信は無いだろう?

あるけどね。でも、そんならイルビスさんがお金貸してくれるわけがないよねえ…
どういうことだい?
だって、私達が出場したら、イルビスさんとこの娘さん、メイちゃんだっけ? 

優勝できなくなっちゃうじゃない、だから私達が結婚して出場することができないようにしたいんでしょう?

別にそういう意図はないんだがね、こっちとしては返ってこない金は貸したくないだけで。

そうだ、君の話なら結婚相手は優しくてハンサムなんだろう? 

彼にお金を工面して貰えばいいじゃないか。

なによう。私がいつジェムナルが優しいなんて言ったのよ。耳が悪いんじゃない? 

彼も、それくらいのお金は余裕で持ってるだろうけど、結婚資金っていうのは

結婚式に使うお金じゃなくって、私が嫁ぐために払う資金だってことくらいは、

あなたも知ってるでしょう?

いいや、とんと知らなかったね。

まあとにかくお金が必要なわけだ、君が立ち行くためには。

なにも私も君が出場したからといって、娘がそのことで敗けるなんてちっとも考えてやいないのだから、

それが証拠に、ここは一つ君が出場できるように佑助してあげよう

(ジェムナルか、この地方きっての名望家だ。結婚して家計がひとつになれば、金は余裕綽々と回収できるだろう)

ほんとに!?

それなら、私がもしメイちゃんに勝っちゃったらどうする?


ありえない、太陽が西から昇っても。
じゃあ、もしそういうありえないことが起こった暁には、

借金はチャラにしてくれる?

いいとも、だが、逆が出たらどうするんだか。

倍返しで払ってくれるのかね?

ええ、その時はやっぱり、倍払うけど、だけど今回の大会はペアよ。

私の彼が、すっごく優秀だってことを忘れちゃいないでしょうね。

どんな男にも負けないし、あなたの思うようには行かないわよ。

倍払うよりも、期日までに一と半分でも払ってくれた方が嬉しいなーーそう書いておくよ。
やった! じゃあ結婚資金と出場費と移動費は出してくれるのね?
待った、今に証文を書いてるところだ。証文は基本だ、まして君のような若い娘と取引したということを、口約束では誰も信じてくれまいからね。
後悔しないでよ、絶対メイちゃんに勝って、その証文に棒引きさせてやるんですから!
ふむ、目下のところはひとまずいいが、

ただし、これから一体いくら借りるんだね?

いまね、仕立屋の娘がジェムナルに700シェケル出すといって横取りしようとしてるから、私は701…なんて冗談よ。

1200シェケルちょうだい、じゃなくて、貸してくれるかしら。

それで、もし君がそれで彼と結婚出来なかったらどうする? 勝つ宛はあるのかね?

だったら多めに借りたほうが良いだろう。

例えばこの窓から見える農家の四分の一を売り払えば、1タラントは手に入る。

私は君にそれくらいのお金を貸すことができるよ。この場でね。

ええっ? じゃ、じゃあ、それで……
いいよ、ただし契約書は絶対だ。破っても契約は無効に成らないからね?

それに当意者の趣旨通りのものだ、揚げ足を取っても取消しにはならないよ。

そっちこそ!

私たちが優勝して大金持ちになっても、何にもあげないんだからね!

そうかい、こちらはうちの娘が優勝したら、

君たちの借金をちょっとはまけてあげるかもしれないけどね。

ふん、期待しておくわ、でもわざと負けたりはしないからね。

さて、えっと、ありがとうね。

また来るわね。いえ、もう来ないかも。

(フローリア、金貨1タラントを手にして帰る)
〈独白〉

なんという無茶苦茶なことだろう! なんと道理にはずれたことだろう!

そのジェムナルとかというのがどれほど遣り手な男かは知らないが、結婚資金でオークションをやるような奴に優勝の目などあるわけがない。気高さを決める大会なのだから、正気の沙汰とは思えない。証拠に、こうして借金地獄の娘をひとり産み出してしまったではないか。

それにしても、あの娘の言っていたこともまた事実だな、ペアで出場する大会なのだから、相手の男の力量にも結果は左右されるのだ。

メイとペアを組むスィンディーナの息子はまさかヘマをしないだろうな……私の金が賭かっているというのに。いや、スィンディーナの血を嗣ぐ者だ、彼女の聡明さはまた私も知っているはずではないか。往々にして優れた家系のものからは優れた子孫しか生まれないもの。

我が娘のメイにしても、我が妻の高貴さが遺してくれた才華の残り香をそっくりと受け継いでいるのだから、あの娘の利発さは全て妻のの遺産なのだ。なにせ、私はこのとおりの卑しい商売エルフ、わが血筋には何もない、悪いところこそ継がせはしなかったが、いいところなど唯一つも継がせては居ないのだ。

私がメイに負わすところなど、せいぜい自力で立てないうちの世話くらいで、それだって小間使いに任せきりだったではないか。どうして彼女にとやこう言えよう。生まれながらにして父親だったという、あの特権的地位以外で? ありえない。しかし、そんな私にもメイは従ってくれるのだ、あの子は本当に良く出来た娘だから。

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登場人物紹介

エルダー・レイド・アレイ:無窮の森のハイエルフ族族長

イルビス・メリキュール:メイの父、商人。精霊派。

メイ・メリキュール:イルビスの一人娘。ヒロイン。

エスレ:メリキュール家の小間使い。レチオの母。

レチオ:〃。エスレの娘

スィンディーナ・バランス:イルビスの知己で、同じく精霊派。宝石商人。

ローラン:スィンディーナの息子(本編に登場せず)

キュベレ:露店商人。

フローリア:森林派の村娘

クウェンシー:メイのパートナー

サリア・ヴァルサリス:レイド・アレイの侍女

ジェムナル:フローリアの恋人。森林派

マルキス:ジェムナルの友人

ポアゼ:ジェムナルの友人

ピューリ:ジェムナルの召使い

ロリス:フローリアの女友達

その他 

大会に挑む若者。

物見客、大会の警邏。

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