第27話 真夜中の変貌
文字数 1,158文字
咲妃が一階に降りると、母の慌ただしい足音がキッチンから聞こえてきた。
ふと廊下の掛け時計を見ると、閉店時間をとうに過ぎている。
夕食の支度をしているのだろう。
咲妃は母に気づかれないようにリビングにある通用口から店に入ると、おもむろに店内のピンポイント照明だけをつけた。
眼前に冬を彩る花たちが静かに咲妃を眺めている。
闇の中に浮かび、わずかな照明の中で彼らは無言のまま時を泳いでいた。
咲妃は手前にあったクリスマースローズを愛で、その向こうに石斛の花を見つけた。
薄紫の高貴な姿は他を寄せ付けぬ孤高の雰囲気を醸し出している。
ふらりと、吸い寄せられるように咲妃は近づくと、石斛の紫を撫でるようにてのひらの中にふくんだ。
淡い体温と同化するように石斛の花びらがかすかに揺れた。
室内計は10度を切っている。
帳が降りて間もなかったが冷気の侵入は速い。
加速度的に打ちっぱなしの地面を浸食していくようだ。
咲妃は石斛の花をじっと見つめた。
薄紫の陰影が網膜に焼き付いて脳内を侵食していく。
あの女の高笑いが響いてくるようだ。
落ち着きはらって清楚を装う、言葉遣いも不快だ。
次第に咲妃の口元が緩み、邪な笑顔が浸透してくる。
そして、ふと口元から言葉が零れ落ちた。
「不思議なものね」
咲妃の呟きが無人の店内に響きわたる。
てのひらに含ませた石斛は変わらずに無言で、どこからともなく流れてくる風にひとひらの花弁が揺れていた。
「花はどうして、こんなに心を穏やかにするんだろう」
咲妃は凍りそうな空気の中にわずかばかりの香りを感じている。
てのひらの石斛もその香りを滲ませていた。
「高貴な、わがまま……」
咲妃はそう呟くと、再び口元を歪ませて力任せに石斛の花房を茎から千切った。
衝動に満ちた指先が薄紫の命を摘んでいく。
そして振り上げた腕を無情に地面に振り下ろした。
容赦なく、石斛の花房が地面に打ち付けられ、それは衝撃に散った。
咲妃はそれを睨むように見下す。
そして、店の片隅に咲くスノードロップのポリポットに視線を移した。
咲妃はそれらをバスケットに入れていく。
そして母に気づかれないように足音を消して部屋へと戻った。
部屋に上がった咲妃はスノードロップたちを机の上に並べた。
大小あわせてみっつ。
俯きがちな彼らは目を背けているようだった。
もしかしたら、石斛の最期を見届け、恐怖に怯えているのかもしれない。
「ふふ……、あなたたちには何もしないから」
咲妃はそう呟き良からぬ笑みを浮かべる。
月光の滲む夜に、咲妃の心は何かの一線を越えたように妙に落ち着いた顔つきをしていた。
(第28話へつづく)
ふと廊下の掛け時計を見ると、閉店時間をとうに過ぎている。
夕食の支度をしているのだろう。
咲妃は母に気づかれないようにリビングにある通用口から店に入ると、おもむろに店内のピンポイント照明だけをつけた。
眼前に冬を彩る花たちが静かに咲妃を眺めている。
闇の中に浮かび、わずかな照明の中で彼らは無言のまま時を泳いでいた。
咲妃は手前にあったクリスマースローズを愛で、その向こうに石斛の花を見つけた。
薄紫の高貴な姿は他を寄せ付けぬ孤高の雰囲気を醸し出している。
ふらりと、吸い寄せられるように咲妃は近づくと、石斛の紫を撫でるようにてのひらの中にふくんだ。
淡い体温と同化するように石斛の花びらがかすかに揺れた。
室内計は10度を切っている。
帳が降りて間もなかったが冷気の侵入は速い。
加速度的に打ちっぱなしの地面を浸食していくようだ。
咲妃は石斛の花をじっと見つめた。
薄紫の陰影が網膜に焼き付いて脳内を侵食していく。
あの女の高笑いが響いてくるようだ。
落ち着きはらって清楚を装う、言葉遣いも不快だ。
次第に咲妃の口元が緩み、邪な笑顔が浸透してくる。
そして、ふと口元から言葉が零れ落ちた。
「不思議なものね」
咲妃の呟きが無人の店内に響きわたる。
てのひらに含ませた石斛は変わらずに無言で、どこからともなく流れてくる風にひとひらの花弁が揺れていた。
「花はどうして、こんなに心を穏やかにするんだろう」
咲妃は凍りそうな空気の中にわずかばかりの香りを感じている。
てのひらの石斛もその香りを滲ませていた。
「高貴な、わがまま……」
咲妃はそう呟くと、再び口元を歪ませて力任せに石斛の花房を茎から千切った。
衝動に満ちた指先が薄紫の命を摘んでいく。
そして振り上げた腕を無情に地面に振り下ろした。
容赦なく、石斛の花房が地面に打ち付けられ、それは衝撃に散った。
咲妃はそれを睨むように見下す。
そして、店の片隅に咲くスノードロップのポリポットに視線を移した。
咲妃はそれらをバスケットに入れていく。
そして母に気づかれないように足音を消して部屋へと戻った。
部屋に上がった咲妃はスノードロップたちを机の上に並べた。
大小あわせてみっつ。
俯きがちな彼らは目を背けているようだった。
もしかしたら、石斛の最期を見届け、恐怖に怯えているのかもしれない。
「ふふ……、あなたたちには何もしないから」
咲妃はそう呟き良からぬ笑みを浮かべる。
月光の滲む夜に、咲妃の心は何かの一線を越えたように妙に落ち着いた顔つきをしていた。
(第28話へつづく)