第4話 北川さんの家庭事情

文字数 1,391文字

 クラスの問題児、小林君が北川さんをからかった。
「おまえの体操着、(ひざ)に穴開いている、そしてパツパツだな、ダッセエ」
その場にいた私とクラスの女子は、一瞬で小林を取り囲んだ。

「ちょっと、どういうつもりよ」と私。
「アンタ、バカなんじゃない」
「北川さんに謝んなさいよ!」

 私は怒りながら感動していた。このチームワーク、5年2組は良いクラスだ。
特に甲高い声でまくし立てているのが月島さんだ。月島さんのマシンガントークには惚れ惚れする。

「これはハラスメントよ! 単なるおふざけじゃすまない、大問題にしてやる、女子総出で徹底的に戦うからね、謝罪するなら今のうちよ、逃げるな!」

「うるせえ、ブス、本当のことを言って何が悪い」(ひる)まず(あお)る敵もなかなかのもの。
その時また遠くから声が。


ふむ。周りを困らせる子は、その子自体が困っている子と相場が決まっておるのじゃ。小林よ、お(ぬし)、その苛立(いらだ)ちのもとは悲しみではないのか? 出来の良い兄と比較されている鬱屈(うっくつ)が見え隠れするぞよ。だが八つ当たりはいけない。痛みの連鎖しか生まれない。悲しみを素直に打ち明けるがよい、周りは敵ばかりではないと知るであろう


「ちょ、ちょっとやめろよ、なんだよ、ちくしょー」

 クラスメイト達は、真っ赤になって走り去る小林君を目で追ったあと、驚いた顔で私を見つめた。
ん? どうかした? 何があったの?


*****

 ある日、私はなぜか町会長の松井社長に呼び出された。6月の曇りの日。
私は北川さんも誘った。また美味しいスイーツが食べられるかもしれないし。月島さんは塾だって、残念。

 松井建設の事務所に入ると町会長さんが待ちかまえていた。
奥さんが、紅茶と大きな苺のショートケーキを運んできた。やった!
北川さんがジッとケーキを見つめる。奥さんは「お母さんの分のお土産があるわよ。これは今、召し上がってね」と微笑む。
北川さんがホッとした表情を浮かべ、嬉しそうにはにかんだ。
北川さんはクールに見えるからギャップ萌え。ツンデレにやられちゃうよね。

 私達が食べ終えくつろいでいると、町会長は頭を低くしてこんなことを言った。
「巫女様、生業(なりわい)のことでご助言を(たまわ)れば」
いつも(なま)りたっぷりの町会長が、(かしこ)まって標準語だ。

 北川さんが懇願するように私を見る。え? なんで私? その時また声が。


松井よ、北から来ている細かな仕事、東南から来ている大きな仕事。北の仕事を選ぶがよい。今は種まきの時期、焦るでない。3年後に収穫となるであろう。今年、東南の仕事には魔が隠れておる。よいか、ゆめゆめ目先の欲に(まど)わされることの無きよう心せよ

「ははっ」

算盤(そろばん)ずくに走るのではないぞ、この土地と人材を育てるのじゃ、さすれば心に叶う人生となろう。お(ぬし)の名の如く ”常磐(ときわ)なる松の緑も春くれば” じゃ。ついては一つ頼みがあるのじゃが……

「はいっ」

松井の次男坊は弁護士であったな。この娘の母親の債務整理とやらを頼めるかのう? かくかくしかじかで、亡き夫の医療費を高利貸(こうりが)しから借入れして返済に難儀(なんぎ)している模様。このカラクリは地獄の沙汰じゃ、いくら払っても元金残高というものが減らぬようになっておる仕組み(ゆえ)親思いのこの娘に免じて働いてはくれぬかのう

「はは、すぐに手配させます」


 帰り道歩きながら、北川さんが涙ぐみ、
「宇野さん、ありがとう、本当にありがとう」を繰り返した。
ん? ケーキのお礼?


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