第42話 芝生の上で

文字数 661文字

「いい人なのよね、とても。その人が○○教だから、わたしも入ろうか、なんて考えてて。」
 奥さん。それはよくないですよ。どっかの傘下、所属すれば、イイ、なんて、おかしいです。基本は個人です。まして宗教はいけません。

「でも、あなたも、信じてるわけでしょ、何かを」
 奥さん、ぼくは自分を、かろうじて信じてるだけなんですよ。基本は、個だ。皆が皆、一定の方向へ顔を向けるのは、おかしいことです。

「あなたは戦争に断固反対で、死刑制度にも反対で、原発にも絶対反対だわよね。それって、皆が皆、『同じ方向を向きなさい』って言ってるのと違わない?」
 奥さん、それは違う、ぼくには煩悶がある。…その鬱屈…そう感じる、~はイケナイ、と感じる自分は何なのかという… そういう憂いは、大切に抱えていくものだと、ぼくはひとりで信じている… 自分の存在に賭けて…。

「他愛もない自己陶酔でしょ? 酔ってるだけでしょ、自分に。フン、くだらない」
 ええ、そうなんです、全く、甘ったれの、戯言だ。ぼくは、いつも困っているんです。コレがいい、と言えば、コレがわるい、が付いてくる。これがワルイ、と言えば、これがイイ、が、すぐ後を追う。ぼくはもう何も言いたくない。まったく、もう、何も言いたくないんだ。

「無口な男が好きよ。黙ってくれてるだけで、わたし、ホレるわ」
 そうですよね… それも、ぼくの胸がかきむしられるような寡黙を!
「あなたは、愛人。不倫の関係なんだから、仕方ないでしょう」
 奥さん… ああ、ぼくはもう我慢できない。でも、するしかないんだ、するしかないんだ。
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