第5話
文字数 1,739文字
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「何ともまあ、さびれたところだこと」
「隠れるにはちょうど良い場所だな」
風化の進んだコンクリートビルの前までやってきた。
ガラス窓は割れて無いも同然の廃墟だ。
何も無さすぎて犬猫も寄り付きそうにない。
「あたりには誰もいないな」
「こんなところに来るもの好きは僕らぐらいのものだよ」
周辺は閑散として誰もいないように見えた。
そもそもこの辺りは再開発のために取り壊し予定の建物が多い場所だ。
「ちょうど良いから、パワーを他のものに切り替えたほうが良さそうだな」
「まあ、熱感知のままじゃ手も足も出ないからね」
ハルは自分のパワーを戦闘用のものに切り替えるつもりだ。
さてどのような力を使ったほうが良いのだろうか?
「風? 水?」
「氷だ」
ハルは力を切り替え、地面にパワーを投射する。
パワーを浴びた場所が凍結して氷に覆われる。
これなら炎人間の力に対抗できるだろう。
建物の内部はコンクリートの破片が散らばっているけれど、歩くのに支障は無かった。
あちこち穴だらけのせいで太陽光が入ってきて薄暗く、歩くのには支障が無かった。
こういう人のいない場所は虫だらけ、というイメージがあったが見回しても存在しない。
乾いていから生物に必要な水分を得られないためかもしれない。
「内部は大丈夫か?」
「へいきへいき、スーパーキャットナビゲーターにお任せあれ」
マシロが足元の小石を前足で払い飛ばす。
ハルとマシロは慎重に内部を進む。
廃墟と言っても巨大なわけではない。
何時間も歩くことはなかった。
すこし経つとハルは歩行距離から建物の一階は歩きつくしたのを感じ取った。
残りは上の階と地下である。
「やっぱり誰もいないか?」
「待って、奥から物音がする」
人間には聞き取れない小さな物音にマシロが反応した。
ハルは“当たり”を引いたようだ。
物音のする場所に来ると30代ぐらいの男がいた。
痩せていて、衣服は着ているがこんな廃墟にいるせいかところどころ汚れている。
そわそわして落ち着きがないように見える。
臆病な性格なのか、あるいは怯えているのか。
「俺たちはこの建物を調べていただけだ、怪しい者ではない」
ハルは気持ちを落ち着かせて会話を試みる。
普通のビーイングのパワーを持った犯罪者ならばすぐに攻撃をかけるところだ。
見た目だけでは雷桐の言うような危険人物には見えない。
「街で暴れた炎人間とはあなたのことか?」
「そうだ。でも、ちがう」
どっちだ?
否定も肯定もする答えが返ってきた。
「たしかに炎人間なんだ。火を操るから」
ハルとマシロは黙って男の話を聞く。
「でも、コントロールできないんだ」
騒動の理由がわかった。
ビーイングにはコントロールが必要な者もいる。
誰もがパワーを使いこなせるわけではない。
ときおり、彼のように使いこなせなくてパワーを暴走させて被害を与える者がいる。
エージェントはそういう者たちを保護することもある。
「だから、火の塊になって、いつもみたいに逃げ回った」
男は敵意が無いとわかって安心したのか口調が穏やかになってきている。
「暴れていない」
混乱していただけか、とハルは思った。
ともあれこの事件では戦わなくて済むようだ。
「本当だと思う?」
こっそりとマシロが話しかけてくる。
「嘘かどうかなんて」
プロじゃないのだから見抜けるはずがない。
しかし、自分で判断しなくてはならない。
とにかく彼は人を傷つけていない。
幸いにも、というところ。
今のところ物損被害だけだ。
どのみち捕まえるんだ、彼の言うことを信じて保護してやってもいいだろう。
「わかった、あなたを保護する。エージェントを呼んで、彼女に預ける」
実際には彼女を通じて本部に連絡を取る。
そうして保護するためのチームを送ってもらうことになる。
チームは彼のような暴走するパワーを抑える装置を持っている。
「エージェント? 都市伝説だと思っていた」
ハルの言葉を聞いた男が驚く。
エージェントたちはもっと知名度を上げたほうがいい、とハルは思う。
注目されないのにも限度がある。