第1話

文字数 3,807文字




「そこの少年」
声をかけられて振り向くが誰もいない。
「悩みが顔に出ておるぞ」
自分以外に周囲にあるのは地蔵の納められた社と公園だけだ。
声がしたのは公園内の社のからだ。

 公園に入って社に近づく。
「わしに話してみよ」
 地蔵のほうからまたも声がする。
「お地蔵さんの後ろに猫が隠れていないかどうかが悩みだ」
「ほう? なかなかのご明察だな」
黒猫が地蔵の背後から出てくる。

「ばあ」
 黒猫が人間の言葉でしゃべる。
「正体はマシロでした。よくわかったね」
「聞きなれた声だからな」
 マシロを名乗る黒猫に話しかける。
「おかしいね、これでも声を変えたつもりなんだけど」
マシロは声を出して調子を確かめる。

「今度はどうかな? ハル」
「さっきよりはマシになったな」
 ハルはため息まじりに答える。
 手に持った学生カバンの重さが倍になったように感じられた。

ハルは日常的にここでマシロと会っている。 
この黒猫は学校まで押しかけて来るので公園で会うように決めた。
駅に電車が入ってきた音が公園まで聞こえてくる。
音を追うために首をめぐらせてカラーの付いた襟があごに引っかかる。
やはりこのプラスチック部分は外したほうがいいかもしれない。

「さっさと学校に行こうぜ」
「待てって」
そう言ったマシロの姿が一瞬にして消える。
ハルの頭の上に何かの重量がかかる。

「このまんま瞬間移動で学校まで行けばいいってのに」
 ハルの頭上からマシロの声がする。
「そういうのを見られたらややこしいことになるんだ」
「固いこと言わずに」
マシロはハルの言うことなど気にせずに今度は木の上に姿を現す。

「僕らは、使うために力を持っているんだ」
そう言いながら、公園内のあちこちにマシロが瞬間移動して姿を現す。
「使わないなんて持ち腐れだよ」
 ハルの背後からマシロが声をかける。

→主人公にも力があることを示唆するマシロ。
「さあて、僕を捕まえることができるかな?」
「遊ぶのはもう十分だろ」
「いやあ、今日は早く着いたので暇で暇で」
 マシロが最初に移った木の上に戻ってくる。
「力を持った者同士の対決は初めてじゃあないだろうに」
 その言葉にハルは無言で片眉を上げて答えた。

「おっと」
マシロが足を踏み外して枝の上から落ちる。
「まずいっ」
友の危機を見てハルは集中する。
ハルの背後で強風が巻き起こり、それはハルを追い越してマシロの周囲に巻き付く。
マシロの落下は遅くなり、ゆっくりと着地する。

「ありがとさん」
 地面に降りたマシロがハルの足元に戻ってくる。
「気を付けよう」
「うん、わかった。それよりもその力を使って僕を飛ばしてよ、空を飛ぶのが夢だったんだ」
「そんな時間はないって」
「誰か来たみたい」
学生服を着た女子たちが公園の前にやってくるのが見えた。

「力を隠さなければならないとは不便なものだね」
普通の猫を装うことに不満のあるマシロがぼやく。
この超能力みたいな力は、すこし前に公に報道されたことがある。
しかし、社会的な理解はイマイチのようだった。
それでも奇異の目で見られることは確かなのでハルたちは力を隠している。

「遊びは終わりだ」
ハルはあわてて態度を取り繕う。
談笑している女子高生たちが通り過ぎるのを待つ。
ハルは学生服を着ているし、通学時間帯なので怪しまれたりしないだろう。
女子高生たちはこっちを奇異の目で見ながら、会話に戻り去っていく。

「人と違うことは余計なことを背負い込むものだな」
 女子高生たちが十分に離れたのを確認してからマシロに話しかける。
「そんなことないさ、僕らは他にはないものを持っているんだ」
 マシロは自信満々である。
他者と違う、というのは都合の良い攻撃材料になるのだ。
何が違うか、なんてどうでもいいのが現実である。

「あの様子では、俺たち変な人間だと思われたな」
「そうかもね。見た目で決めつけるのはよくないね」
「しゃべる黒猫なんて、一匹しかいないからな」
「マトモもマトモ、普通だよ。人畜無害」
また新しく言葉を覚えたようだ。

「あの人たちは猫嫌いなのかもな」
「うんうん、そうだそうだ」
 ハルは学生カバンを持ち直して歩き始める。
 マシロがその後ろを付いてくる。



ハルとマシロは駅前まで来た。
通っている学校には直線で向かう道が無い。
いくつかの遠回りをしないといけないのがこの通学路の欠点である。
駅前の通勤通学の人ごみを避けながら進む。

 普段は駅前のざわめきなど慣れているので気にならない。
今朝はいつも以上に騒ぐ声が多い。
 ハルは立ち止まって騒ぎの方向に目を向ける。
 人混みがひどくて何が起きているのかわからない。

「火だ!」
「なんだ火事かよ、僕らの出番じゃないね」
 誰かの大声にハルの足元のマシロが言い捨てる。
 自分たちのような超能力を持つ者の行動は制限されている、と言われている。

「動いているぞ!」
「はて、動く火とな?」
「見に行ってみよう」
通勤通学の人出の中をすり抜けて、ざわめく方向へ進む。

 このままだとマシロと会った公園とは逆方向に行くことになる。
学校に遅れるかもしれない。
抵抗感があるけれども、好奇心には勝てない。
どのみち早く来ているのだから寄り道しても問題ないだろう。
進む先に足を止めて眺めている人たちが見えてくる。

群衆をかき分けてやってきたハルたちは火の塊を目にした。
路上で人間大の火が燃えている。
その火の中心には人型のようなものが見える。
体に火が点いて苦しんでいるのだろうか?
だが、足取りははっきりしている。

遠巻きにしているハルのところにまで熱気が漂ってきた。
幻なんかでなく本物の火のようで、目の前の出来事が現実であると認識させられる。
その炎人間のようなものが走り出すのが見えた。
「暴れているぞ!」
 取り巻いている群衆の誰かが叫んだ。

「ビーイングだ!」
また、誰かが叫ぶ。
ビーイングとは超能力者のことだ。
空を飛んだり、鉄パイプを触らずにねじ曲げたり、そんな離れ業ができる。
そういう者たちをまとめてそう呼んでいる。

 ビーイングの見た目は様々で、怪物みたいな外見の者もいる。
それにもかかわらず世間的には知られていない。
場合によっては都市伝説扱いされることもある。
こんなにすごいことができるにもかかわらず。

「どーする? 逃げていくよ?」
小さな声でマシロが言ってくる。
 彼の言ったとおり、炎人間は走って逃げ去ろうとしている。
群衆が邪魔だな。相手のほうは、誰も近寄りたくないせいか、人が避けていく。
走るのに便利だなあれは。

「追いかけよう。相手はビーイングだし、放っておけば火事を増やして、俺たちに出番が回ってくるかもしれない」
「エージェントでもないのに事件解決を?」
「一応、俺たちは問題解決屋のエージェントの助っ人だからな」
「助っ人ね、そりゃいいや」

炎人間は人のない方に向かっていく。
走る先には路地裏がある。
炎人間が道路を横切っていくと、通り掛かった車が驚いて避けていく。
 事故にならなくて良かったな。

「走る速さは普通の人間だな、あれは」
「見失わないようにしないと」
 路地裏に入る炎人間をハルたちは追いかける。
その場にあったものに引火する。
火が点いたことを気にせず、相手はそのまま逃げていく。

「これはまずい」
「あらら、建物まで燃え広がっちゃうよ」
ハルが背後を見ると火の勢いが強くなっている。
どうやら路地裏には燃えやすいもの置いてあったようだ。

路地裏を抜けたところに川があるのが見えた。
炎人間はまだ姿が見える位置にいる。
追跡することは可能だが、火事を放置していくことになる。
迷うのは一瞬だった。

「火を消すのが先だ」
ハルは川から水を引き出そうとする。
ここは念動を使って水の塊を取り出すことにした。
ハルにもマシロや炎人間のように超能力がある。
手の動きで、人間の頭ほどの大きさの水の塊を川から浮上させる。
水の塊を路地裏の火災に向かって投げる。
塊が当たった場所は火が消えたけれども、すでに燃え広がっている。

「そんなちっさいのじゃ消えないよ」
マシロがハルの行動をなじる。
「もっと効果のあるやつ」
「わかってる、今度は力を込めてやってみる」

ハルは自分の力を拡大して使う。
ケーキを切り取るように水の塊を念動(テレキネシス)で浮かび上がらせる。
今度の塊はトラックほどの大きさもある
 これなら大丈夫だろう。
巨大な水の塊を投げつけられて赤い炎が消滅する。
火の勢いが完全に消えて、くすぶる煙に代わる。

「火は消えたが」
「逃げちゃったね、ここから見えるところにはもういないね」
マシロの言う通り、炎人間は完全に逃げおおせたようだ。
犯人を逃がしてしまったせいかハルは身に力が入らずただ煙を眺める。
サイレンの音が聞こえてきた。

「消防車が来たようだね」
「俺らも退散するか」
 ハルは誰にも見つからないことを祈りながら路地裏を抜け出る。
 悪いことをしたわけでもないのに、そのようなことをしたかのように現場を後にする。

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