第5話

文字数 734文字

 翌日は会社を休んだ。
 もちろん離婚のショックもあるが、それよりも頭痛の方が酷かった。バーで飲み過ぎたのが原因なのは明らかで、会社へ連絡を入れるため、携帯電話に手を伸ばす。
 電話の向こうの上司は俺の事情を汲み取ってか、しばらく休んでいいからと告げた。
 通話を終えると、再び布団に潜り込み、夕方までまどろむ。やがて陽が落ちて窓外が闇に包まれると、俺は昨夜と同じバーに出向いた。

 芹沢は昨日と同じ席で、昨日と同じように空のグラスを撫でまわしていた。
 俺は躊躇することなく、彼の隣に腰を下ろし、山崎を二つ注文すると、今夜は芹沢の方から話し出した。
「昨夜はあれから大丈夫だったかい」
「ええ、なんとか。おかげで二日酔いが酷いですけど」俺は苦笑いしながら言った。
「そりゃよかった」口元を歪めながらグラスを(あお)ると、芹沢は低い声を出した。「実はな、君に話しておきたい事があるんだ」
「何ですか」
「信じてもらえないかもしれないが、オレには未来が分かるんだ」
「えっ」俺は眉根を寄せた。
 芹沢の言葉が理解できなかった。冗談だと思ったが、彼の表情にそのような気配は感じない。
「いや、知っているといった方が正確かもしれない」芹沢は再びグラスを傾けた。
「どういう意味ですか?」
「試してみるかい?」そう言って芹沢は胸ポケットから百円硬貨を取り出すと、いきなり俺に渡してきた。
「それでコイントスしてみろ。ずばり当ててやるから」
 言われるがまま半信半疑で百円玉を投げ上げると、手の甲に落下した瞬間、右手で蓋をした。
 芹沢が「表」と答えてから手の下を覗くと、百円硬貨は表だった。
 そのあと同じことを五回繰り返したが、結果はすべて同じ。トリックがあるのではと百円硬貨を丹念に調べたが、怪しいところはなかった。
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