第20話 惑

文字数 1,398文字

マネージャーが気を遣ってか、そそくさと席を外した。


「ICD、作動しなかったの?」

「しなかったの」

「・・・・・?」

「不整脈じゃないんだって。心臓そのものが弱って、血液が送り出せてないんだって」

ハルはどうしても疲れた時や辛い時、タカハシの前でだけは泣くようになっていた。
タカハシはいつも笑いながら慰めた。必ず解決策を探すように努め、気休めは絶対に言わなかった。
ハルが苦しんでいれば最後まで一緒に苦しむ。そう決めている。

しかし、その原因が自分ならば話は違う。
以前の自分なら何の問題もないのだが、今はハルがいる。
これほど取り乱すハルは初めてだ。


2人は既に、幼いリュカとクラウスの様に離れることができなくなっていた。




・・・・・・少し落ち着いたようだ。

ハルがナースコールを押す。

看護師がやってくると、タカハシを見るなり踵を返す。

「あ!ちょっと先生呼んできます!」





しかし、前回に続き人のいるところで倒れるとは、ほとほと悪運が強い。

家で仕事中だったらと思うと・・・・・・ゾッとする。




医師がやってくるが、なんだか苦い顔をしている。
久しぶりに嫌な予感がする・・・・。


「タカハシさん、えーと、確か恋人の方ですよね?」

当然だが、医師はタカハシの実年齢を知っている。
しかし実年齢よりかなり若く見えるのでハルに対して違和感はないようだ。

「構いません。もう家族も同然なので」

「うーん、ご本人がそう言うなら・・・・」
「やっぱり駆出率が下がってますね。他にも機能的に・・・・転職なされたそうで?」

「・・・・・確かに最近座りっぱなしでした」

「ナツはどうなっちゃうんですか・・・?」

赤くなった目をしたハルが、消え入りそうな声で言う。

タカハシはいつも通り、微笑みながら声を掛ける。

「大丈夫だよハル」



医師も少し困り顔だ。

「落ち着いてください。亡くなるような話ではないんです。ただ現状これ以上の対策がなくて・・・・」

「・・・・・気を遣わせてすみません・・・・とりあえず、退院できるんですよね?」

「はい。ただし、色々と指導はさせていただきます」





1ヶ月ほどが経過した。
運動を再開したタカハシの体調は良くなっている。
倒れたのが嘘のように健康的だった。

SRJの事務所には行かないようにしている。
気にしないでいいと言われているが、やはり、外部の人間が迷惑をかけた負い目がある。
ハルの立場もあるだろう。
レコーディングも終えたし、タイミングも良かった。



世界は止まることなく動いている。
ハルは大学2回生になり、その間も忙しくライブとレコーディングをこなす。
しばらくタカハシと会うこともなかった。




すれ違い始めていた。
当然だ。片や大人気ミュージシャン、一方は一介のエンジニアだ。
今まで歩幅が合った方が不思議なのだ。



言い様のない、遣る瀬ない様な、悲しみと愛しさを抱えたまま時間だけが過ぎた。




・・・・ミズタニから吉報が届く。

「決まりましたよ。武道館」

ハルの実績を考えれば遅いぐらいだった。






大方の予想通り、チケットは即完した。
武道館ライブというのはいつもよりチケットの売れ行きが良くなるらしい。

その頃、ハルは大学3回生になる。






また携帯が鳴る・・・・・ミズタニだった。

「ナツさん、どうしましょう・・・・ハルが・・・・」

「・・・・・?・・・・ハルに何かあったんですか?」

「とにかく事務所に来てもらえますか?」

緊急事態というわけでもなさそうだ。一体何だ?

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登場人物紹介

・タカハシ ナツヒコ




物語の主人公。


複雑な家庭環境で育ったせいか、暗く冴えない、陰気で孤独な男。


気がつけば鬱屈した精神を抱えたまま35歳になっていた。


偶然出会ったハルがその闇を照らす。




性別:男


物語開始時の年齢:35歳


身長:172cm


体重:65kg


血液型:B型


趣味:ギター、宅録、音楽


職業:無職→プログラマ


好きな本:悪童日記、地獄変、花のノートルダム、1984年など


好きな映画:カッコーの巣の上で、ショーシャンク、ワンダラーズなど


好きな食べ物:和食


好きな飲み物:水以外飲まない

コヒナタ ハル(小日向 陽)



物語のヒロイン。


ブレイク間近の女子高生シンガーソングライター。


文武両道、明るく社交的で学校でも人気者。


その上社長令嬢という完璧超人。


と思いきや・・・・。




性別:女


物語開始時の年齢:17歳


身長:155cm


体重:43kg


血液型:B型


趣味:写真、お菓子作り(音楽は仕事だから趣味にしない)


職業:シンガーソングライター兼女子高生→シンガーソングライター兼大学生


好きな本:ゲーテやジャンコクトーの詩集、ブライトンロック、ファッション雑誌・音楽雑誌など


好きな映画:小さな恋のメロディ、アメリなど


好きな食べ物:スパゲッティ、お好み焼き、海藻のサラダ


好きな飲み物:スポーツドリンク、白湯

・ミズタニ ケンイチ




SRJストーンレコードジャパン営業部部長。


とにかく音楽好きの音楽マニア。もとい音楽バカ。


ハルとタカハシの関係を進展させる重要な役割を果たす。




性別:男


物語開始時の年齢:50代


身長:170cm


体重:70kg


血液型:AB型


趣味:ドラム、酒


職業:SRJ営業部部長






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