20日目 独身男だけ

文字数 1,200文字

…………
家の扉で閉じられていく彼女の表情は
いつも笑顔だ
見送られる、という事が
嬉しくもあり
懐かしくもある
彼女が現れた時から
何となく、無色だった自分の世界に
温もりが灯った様な気がする
……我ながら、単純なものだ
彼女の笑った顔が見たい
彼女の声をもっと聴きたい
彼女の為に何かをしたい
さほど若くもないのに、そんな色気づいた事を考えてしまう
自分でも気付かないうちに、それ程の存在になっていたという事か
祭りの日に漏れたあの言葉は、紛れも無い本心でもある
しかし
彼女はきっと
……負い目を感じている
自分には出来る事が限られていると
明るく振舞ってくれてはいるが
どこかやはり、その体質故の受難を隠し切れないでいる
それを払拭出来るだけの甲斐性が僕にあれば、とも思うが
ただ、それだけでは彼女自身の解決には繋がらない
……自分で大見得を切ったんだ、何か手を尽くさなければ
現状……
彼女が言っていた
病院、というワードだけが
手掛かりではあるが
…………
普通に考えると
……いや、特に前例も無いただの先入観でしかないが
彼女はそこで天寿を全うした……という事なのだろうか
そこは彼女に聞いてみないとわからないが



正直なところ、自分もあまり得意ではない
彼女が望みさえすれば、もちろん先導はするが……



――もう、通院をしなくてはいけない期間はとうの昔に過ぎている
今更、何かに怯える必要も無いはずなのだが
無意識の内に、心の中ではまだそれを拒否しているという事なのか
…………彼女は、何と答えるだろうか



僕には記憶障害がある、と伝えたら――――



…………きっと、気にしないでいてくれるのだろう
彼女は優しいから
隠しているつもりも無ければ、話したくない訳でも無い
お互いのやり取りの中で必要が無いと感じた要素だったというだけ
仕事も続けられているし、一般教養の欠落も生じていない……はず
ただ、一時期の記憶が抜け落ちているだけ



だが
もし今後、彼女との生活を続けるうえで
その過去に向き合わなければならない時がくれば
喜んで彼女との共有を図ろう
それが僕にとっての、彼女に対する礼儀と誠意だ
……本当に、僕は
彼女と共に歩もうとしているのだと
我ながら思う
その彼女が、人としての先を望むのなら
……力になりたいと、切に願う
…………
…………しかし



要所要所で
からかわれる
あれはちょっと困る
対応に困る
目のやり場に困る
どうすればいいんだろう
なんというか
彼女は綺麗だし
女性としての膨らみもかなり、いやがっつり持ち合わせている
それを強調されると
困る
……んん
……無心になるんだ
一時の情にかまけて何かをしでかした日には、それこそ彼女に申し訳が立たない
無心になるんだ……
…………
彼女が頼ってくれている僕でなければ……
……よし
大丈夫



さて、今日は何を作ろうか
次はどこへ行こうか
やりたい事はいくらでもあるし、出来る事もまだまだ山ほどある
彼女が抱えているものも、必ず何とかしてみせる
それが、僕の今の生き方だ
今日も早く帰ろう
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