35日目 独身男だけ

文字数 1,077文字

彼女はいつも
僕の目を真っ直ぐに見つめ
その意思を紡ぐ
ただ……そう
あの旅行の最終日から
彼女の瞳が泳ぐ事が増えた
それに加え
この数日間のやり取りを考えると
……もはや、疑いようが無い
彼女は



少しずつ失くしている
互いの生活
互いの思い出
この1ヶ月余りの全てを



それが何を表しているのか
彼女はどこへ向かおうとしているのか



…………その先に、僕はいるのか



いくら考えを巡らせても、望む応えには辿り着けそうにない
そもそも、答えなどというモノがあるのか





…………いや
()()()()()、あろうが無かろうが関係ない



自分は、どうしたいのか
このまま
失くし続ける彼女に対して
…………どうしたい?



…………
…………
…………嫌だ
そんなの、嫌だ
…………
それならば
考えられる要素へアプローチするしかない
たとえそれが
自らの嫌悪を招くものだとしてもだ



…………





あの手紙……
送り主の顔は、もう思い出せない
しかしそこへ綴られていたものは
間違いなく僕の根源へ佇んでいる



8年前のあの日……
病室で僕に深々と頭を垂れながら呟いた言葉だけは、今でも耳に焼き付いている



…………娘がご迷惑をお掛けしました、と



その言葉に対して、何の感慨も湧かなかった
僕は、彼の言う()が何者なのか知りもしないから
ただひたすらに謝罪の意を述べた後、僕の担当医に退室を命じられ
……その背中には、抱えきれない程の絶望を背負っていた様な気がして



そして彼の姿を見て、静かに確信した
僕は



あの日、一度死んだのだと



…………



この頭に残った情報は
僕は彼から仕事先で()()()()を聞き、倒れたという事
その要因が件の娘にあったという事
僕がその彼女と交際をしていたという事
僕の失くした記憶(モノ)が、彼女に関わる全てであるという事
…………



……それを告げられはしたが
もはや自分にとっては
申し訳ないが、どうしようもなく他人事でもあり
そこへ思考を巡らせると…………ひどい吐き気を催した
だから
元々の勧めもあって、僕は()()を避け続けていた



…………



…………だが



……もう、逃げていられない



きっと、これは偶然
むしろただの願望と言ってもいい



()()()()



その二つの存在に変化が現れたタイミングが
…………あまりにも合致し過ぎている
その意味するところを現時点で結論付けるには早計ではあるが
ただ



僕は向き合わなくてはいけない



…………()()()の為に



…………



あの手紙を貰った日から考えると
延命治療まで、あと一週間



それまでに結論を出そう





たとえどんな結末が待っていようとも
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