第7話 作業開始。折れた鍵を捕らえる方法

文字数 2,458文字

《おい、ところであの錠だが、中に何か詰まっておるのだろう? あやつの弟がブツブツ言っておった。どうやって取り出すつもりだ?》
 思い出したような殿の問いに、『あぁ……』とだけ返した俺は、キョロキョロと辺りを見渡した。そして、ちょうどいい器を見つけた。
 おっ、あれなら使えそうだな。
「龍晶様、蔵のすぐ傍にある、あの石の手水鉢って使っても構いませんか?」
「え? あ、はい、水も入っていませんし、構いませんが。いったい何にお使いに?」
 用途が全く想像つかない様子の龍晶様は、首を捻る。
「あそこを燭台の代わりにしようと思いまして」
「あの手水鉢を、燭台代わりに?」
 驚いた顔で目を見張った龍晶様へ、俺はすんなり頷いて見せた。
「はい。あ、大丈夫です、危なくないようにするので」
「どのようにするのですか?」
 言いながら、手水鉢と俺を交互に見やる龍晶様。
「殿に頼むんです。放火好きな人なんで。――そう言うワケですから、殿、あそこに火を点けてもらえますか」
 そう言い、傍にある手水鉢を指さして依頼すると、《良いのだな。後で文句を言うても聞かんぞ》と言いながらあっという間にボウッと火を点けた殿。
「っ!」
 突然上がった炎に驚いた龍晶様は、反射的に足を半歩引いた。
「大丈夫です。あそこ以外には広がらないので。それより――、崇行、火を点けたから使え。あのくらいの火で十分曲げられるだろ」
 簡単な説明のあと、さっそく崇行に声をかけ、ピックの加工を促すと、
「ん? あぁ……、って! 何でそんなとこに火が点いてんだよ!?」
 と、今更ながらの驚きが返って来た。
 ……気づくの遅すぎだろ、お前。
「殿に頼んだんだよ。んなことより、さっさと加工。ちょうどよく、預かってる鍵もあるし、それを見本にすれば、ある程度の部分は簡単に作れるだろ」
「あぁ、まぁな」
 素直に頷き、ピックを持った崇行は、さっそく炎の傍に歩み寄る。そして、解錠の第一歩となる道具作りが始まった。
「どうしましょうか? 今、寺のあちこちを探すように指示はしているのですが、ここにあるかも知れないなら、ここに賭けてみますか?」
 作業開始を見届けながらそう問いかけた龍晶様は、『それとも、並行して進めましょうか』と加えた。
「出来れば並行作業でお願いします。ここにあると断定は出来ないので」
 もしかしたら、殿の見たものが椿じゃない可能性もあるからな。
「分かりました。では、ここのことはお任せいたします。私は、引き続き他を探してまいります」
 そういうと、軽く会釈をした龍晶様は、踵を返しかけて足を止めた。
「それから、お昼の食事ですが、用意出来ましたら声をかけに参りますね」
 誰にともなく――否、主に殿に向かってそう告げた龍晶様は、『では、また後ほど』とだけ言い置くと、今度は足を止めることなく渡り廊下の向こうへと去って行った。
 はぁ……。あんな位の高いお坊さんにまで気を遣わせてしまって……、もう次からここの門くぐらせてもらえないんじゃないかな。
「お前もなかなか大変だな」
 ピックを炙りながらぼそりと口にした崇行は、視線を手元に集中させたまま。
「まぁな。錠や骨董品に触れると視えるこの体質も、良し悪しだ。――それより、巧く曲げられそうか?」
 話題を鍵のことに替えて問うと、『あぁ、それは問題ない。ただ、あまり加工し過ぎると、鍵穴に入らなくなるから、そこをどうするか――だな。まさか、鍵穴が知恵の輪式とは思わなかったぜ。最悪だ』と、ため息交じりなセリフが返された。
「とりあえず、スペアの形をそのまま真似ればいいと思うんだ。――で、鍵先だけ、形を変える」
「それは分かってる。そこが問題なんだよ。あれを捕まえられるようにするとなると、両サイドから挟み込めるようにしないと。その為には――」
《折れた鍵を捕らえるのではなく、その先の板バネとやらを挟み込めばよかろう。そうすれば、折れた鍵も共に動くのではないか?》
 え?
 思いもよらなかった案に驚いて、反射的に声の主を見返すと、欄干に腰を落ち着けまったりと金平糖をかじる殿の姿。
 折れた鍵じゃなく、その先にある板バネを……。
 そうか! それなら、加工するピックの先を、〈コの字型〉にするだけで挟み込める。しかも、既に窄められてる箇所のすぐ後ろ側なら、同じように窄まってて捕まえやすい。
「殿! 名案です! さすが、第六天魔王と呼ばれたうつけ者!」
《……うつけは余計だ》
 あっ。
「はははっ、すみません」
 苦笑とともに謝罪すると、『何が名案なんだ?』と横から声が飛んできた。
「え? あぁ、殿がすごくいい案を出してくれたんだ。中で折れてる鍵を捕まえることを考えるんじゃなく、その背後の板バネを捕まえた方が、手っ取り早いって」
「鍵の背後にある板バネを捕まえる? ……っ! そうか、なるほどな。確かに、名案だ。それなら、ピックの加工も簡単で済む」
 脳内イメージ出来たらしい崇行は、さっそくピックの先を加工し始める。
「うん、それで解錠出来るはず――、だけど……」
 言って言葉を止めた俺を、崇行が一瞥した。
「何だよ、何か問題でもあんのかよ?」
「うん、一つ――な。解錠は、その方法で出来るはずだ。だけどその後、雄錠を外に引き抜く際、中で板バネを捉えたまま折れてる鍵が、はたして一緒に抜けてくれるかどうか……」
「……そうか。その問題があったか。――でも」
 俺の言葉にそう呟いた崇行は、加工作業をしていた手を止めた。
「あぁ、もともと引き抜く側の穴の大きさには、多少だけど余裕がある。差し込んでる鍵も、板バネを捉える為の枠は、それほど厚みは無い。折れた鍵が板バネから外せない以上、……あとは」
「どうにか抜けてくれることを信じて賭けるしかないな」
 俺が言おうとした最後の一言を、崇行が口にした。
「そういうことだ。珍しく意見が合ったな」
「全然嬉しくないけどな」
 不服そうに口にした崇行は、再び手元を動かし始める。
 俺も嬉しくないっつの。
 でも、今は信じてこの錠を開ける。それ以外に、術はない。

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