第3話:夢子と楽しいスキー

文字数 3,559文字

 1974年も奥秩父や南アルプスの日帰りできる山を1人で登った。そして1974年1月16日に列車で冬に新潟の胎内スキー場へ行く計画を立てて夢子さんに電話をして暇な時期を聞いて出かけた。新潟に着くと駅まで夢子が迎えに来ていた。車で送ってくれる途中のレストランで昼食をとりながら、彼女の近況を聞いた。

 彼女も同じ1951年生まれで25歳で両親が離婚して叔母さんの家で育てられたと話した。家は新潟の零細米農家で貧しく地元の商業高校を出た。最近、昼間は近くの食堂で夜はスナックで働きスキー、忘年会、新年会など温泉街が忙しい時には月岡温泉で芸者さんの手伝っていると言った。そして、お酌したりして宴会のコンパニオンとして働いてるようだ。

 閉鎖的な田舎の生活に飽きて、安田達が月岡温泉に行った時も、宴会が突然キャンセルされて憂さ晴らしに飲んでいた。そこへ安田が夕食を食べに来たので、からかい半分ちょっかいを出したと知らされた。東京に出たいが、そのつてもなく仕方ないので田舎町で細々と生活するしかないと話した。

 ハイエースは働いてるスナック兼レストランで買い出しや、お客さんの送迎に使ってる車を使わせてもらっていると言った。生活が苦しいというわけでもなく、贅沢もできずという感じで若さをもてあましていると愚痴っていた。冬で暇なので付き合ってくれないと言うのでレストランから宿に到着が遅くなる事を連絡した。

 とにかく寒いから温まろうと言うので安田は君に任せるよと笑った。食事を終えて20分位で安宿に入り2人で風呂に入り、いちゃついて盛り上がったところでベッドインして彼女のさみしさを埋めてあげた。よほど優しさに飢えていたのか長時間にわたる、ゆっくりとした楽しい逢瀬を何回も楽しんで疲れ果てた。

 買いこんできた、おにぎりとパンとつまみを食べ、22時にチェックアウト。「今度、暇な時に東京に来い」と安田が夢子に言った。「その言葉に涙を浮かべて楽しみにしてるわ」と言い、彼女が暇なシーズンに電話するねと言った。夢子さんが明日、良かったら一緒にスキーしないかというと言うので、是非、お願いしたいと言うと喜んでくれた。

 「じゃー宿に朝10時に迎えに行くね」と彼女の声が弾んでいた。予約していた宿に着き、もう一度、温泉に入って熟睡した。翌朝、9時に朝食を食べてフロントの脇で彼女を待った。10時に「明るい声で、おはよーと言い」迎えに来てハイエースに乗り込んだ。胎内スキー場へ行ってレンタルスキーを借りた。

 ゲレンデへ出ると「彼女が安田さんは上級コースでも大丈夫」と聞くので「腕前は中の上と言った所かなと笑って答えた」。じゃーリフトで頂上へ行き最初、林間コースを滑り、身体が慣れて来たらチャンピオンコースも滑りましょうと言った。安田が「君は上手そうだから、教えてよ」というと「喜んで教えるけど厳しいわよ、ついてこられる」と笑って言った。

 4本のリフトを乗り継いで頂上へ着き、準備運動、特に快感の屈伸と手、足、膝、足首の屈伸を入念にしてからスキーを履いた。続いて林間コースを滑るので、「ついてきてと言われ、安田は夢子の後をパラレルでついていった」。「転ばないのを見て大丈夫そうね」と言い、今度は、「長めに滑って下で待ってるから上から滑ってみてと言われた」ので、言うとおりにした。

 数百メートル先で彼女がストックを上げてスタートの合図をしてくれたのでパラレルで滑ってみた。最初なので多少、後傾が気になったが倒れることなく彼女の所まで滑った。彼女が悪くないわねと言い「悪い点は、どこかわかると質問」した。そこで「滑り始めて後傾である事、左回りは良いが右回りがぎこちない」と言うと、わかってんじゃないと笑った。

後傾は傾斜に常に直角に立つ事を心がける事、緩斜面で直滑降をして感じを掴めばわかる。ターンがスムーズにできてないのはプルークボーゲン「足をハの字して左右に体重をかけて曲がる技術」を「膝の屈伸をして完全に体重を移動すること練習すれば、すぐ良くなる」と言われた。

 この2つをこの先で練習していきましょうと言ってくれた。そこで膝の曲げ伸ばしを多少オーバーに行い、次にプルークボーゲンで回転したい方向の足に完全に乗ることを心がけて滑り降りてきた。「そうそう上手、都会の人にしては十分、うまい」と誉めてくれた。そして何回も練習しながら、ゆっくりとゲレンデを一番下まで下りてきた。

「彼女が、これで、もう大丈夫、このスキー場のどこでも滑れるわ」と話してくれた。次にさっきの2倍くらいの距離を滑って待ってますと告げた。またリフトに乗って一番上のゲレンデまで行き、再度、身体をほぐし、彼女が勢いよく滑り出した。彼女が、米粒みたいに小さく見える所まで一気に滑り降り着いた。

 それを確認してから安田が滑り始めて後傾と膝の屈伸、体重移動に注意して滑り降りた。一度も転ばすに滑れ、ひと安心した。彼女の所に到着すると「完璧、もう教えるところはないわ、大丈夫と太鼓判を押してくれた」。「じゃー行くわよ、ついてきなさい」と滑り始めた。

直ぐ、その後をついていったが彼女のスピードに、ついて行けず直ぐに引き離された。しかし自分のペースを守って基本に忠実に滑った。「彼女が、安田のスキーを見て、力任せのターンではなくスムーズなターンで良くなった」と言い、「こんなに上手だとは、思ってもみなかったわ」と笑った。

「また、次回、スキーする時、志賀高原や白馬、栂池の5kmのダウンヒルを一気に一緒に滑りたいくらいだわ」と、お世辞を言った。「彼女が一緒に滑り出し、どっちが一番下のゲレンデにつくか競争しましょう」と言って直滑降で滑り出したので、負けじと直滑降でついていった。

 しかしスピードが怖くて直ぐにパラレルターンを始めて彼女が視界から消えた。それでも緩斜面では直滑降で滑ってスピードを上げて下りていった。「下で待っていた、彼女は全部、直滑降で滑ったわ」と興奮気味に話した。「こう言う調子に乗ってきた時にスキーの事故が起きるのよ」と言った。

 そして「一休みしようとゲレンデのレストランに入りケーキ付き珈琲セットを頼んだ」。彼女が、「あなたと滑るの楽しいと抱き付いてきたので恥ずかしいからやめろよ」と照れると、安田さんの顔、可愛いと、ふざけて言った。こうして何回か滑り遅い昼食をとり15時、レンタルスキーを返し彼女がハイエースで新潟駅まで送ってくれた。

帰りの車の中で、「彼女が明日から仕事と聞くので、明後日からと言うと、もう一晩泊まってよ」と言った。「安田は何て答えたら良いかわからず困いると大丈夫だよねと彼女が決めて、とても駄目だと言えず黙った」。そのうち新潟市の郊外の安宿に泊まる事になった。

 彼女の気持ちが、わかるような気がした。そして「彼女のなすがままに時を過ごし、ゆっくりと激しい逢瀬を楽しんだ」。彼女は、「まるで自分が生きてる証を求めるように快楽に浸った」。それを冷静に見ている自分が情けなく思えてきた。

 ただ「彼女が楽しんで笑顔になってくれる事がうれしかった」のかも知れない。「快楽の内にある奈落の底に落ちるようなスリル感、非日常感が安田にとってたまらなかった」。「夜の更けるのも忘れ、ただひたすらに逢瀬の快楽を楽しみ」時間が過ぎていった。その後に訪れた、激しい疲れで、いつの間にか、まるで泥の様に深い眠りについた。

 深い眠りから覚めると、もう陽が上がり朝9時になった。急いで身支度をしてチェックアウトして車に乗って近くのレストランに入った。そして朝食をとり、今回のスキーの事を話した。帰り際、彼女が、今度、電話して、東京へ行く時、「東京案内してくれると上目遣いに話す」のを聞いて「良いに決まってるだろと笑いながら答えた」

 その安田の言葉に安心したのか「良かったと言って、うっすらと涙を浮かべた」「何か田舎の得体の知れない呪縛に、がんじがらめにされて」、一生懸命、「その呪縛から逃げたいという願望が、ひしひしと伝わってきた」今年の春か秋に電話するねと確認するかのように言った。

安田が了解しましたと言い、席を立つと「彼女がふざけて腕にしがみついてたので恥ずかしいよ」と笑った。その後、会計を済ませて、新潟駅まで送ってくれた。「車中で何か散財させちゃってごめんね」と言うので「楽しい時間だったよと言うと突然泣き出した」

 それは、「まるで早く私をここから連れ出してとでも言ってるように見えた」その後、駅で安田を見送る時、「しばらく安田に、しっかり抱き付いたまま離れず、恋人の様な別れだった」「別れる瞬間、彼女が突然、我に返って、じゃー、これで、さよなら」と寂しいそうに言って去っていった。
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