第三十二話 ◆駒夫

文字数 1,900文字

『わたしの声が! 聞こえますか! こっちを見て下さい!』
 わたしはコマオに向かって、全力で叫んだ。
「え、何? 誰かオレに話しかけてる?」
 コマオは周囲を見回した。
「どうしたの? 何を感じてるの?」
 お姉さまがコマオに聞いた。
「誰か、話しかけてくるんですよね。生徒じゃないな」
 コマオは不思議そうに、周囲を見続けた。
『あのメイド服の女に、言ってください! ニセモノだと! 許さないと!』
 わたしの中で突然に怒りが爆発して、コマオにまくしたてた。
「え、メイド服がニセモノ? いや、オレには本物のメイド服に見えるけどな。着てる子もえらい美人だし」
『そうじゃない!』
 ダメだ。充分に感知できていない。わたしの声がちゃんと聞こえていない。分岐の杖に接続した程度では、これが限界か。
「ちょっと、よく聞こえないな」
 コマオは困った顔をして、頭を掻いた。
「ここにいない誰かの声が聞こえるってことだよね?」
 お姉さまがコマオに聞いた。
「たぶんそうだと思うんですけど、やたら怒ってるふうなんですよね。オレ、何か悪いことしたのかなあ。たたられたりしたら嫌だなあ」
「もしかしたらキミには、すごい力があるのかもしれないね。よければ今日の午後にでも、別の杖を試してみましょう」 

 午後になって、コマオは校長室に招かれた。
 お姉さまはコマオに、ステキチの魂属性の杖を差し出した。
「うわっ、気持ち悪い色の杖だなあ。これ、カビが生えてるんですか? 持ちたくないなあ」
 コマオは受け取るのをためらった。
「キミに特別な力があるとしたら、それがわかるのはこの杖なんだよ」
 お姉さまに言われて、コマオは渋々といった様子で杖を受け取った。
「この杖、……なんか怖くないですか? さっきの杖と全然違う。気のせいかな、ものすごいモノが潜んでるような」
「その通り。ものすごい力が潜んでるんだよ。キミにはそれが引き出せるかもしれない」

 魂属性の杖と接続したコマオは、目をぱちくりさせてわたしのほうを見た。つまり、わたしの存在を感知できているのだ。
『わたしの声が、聞こえますか?』
 わたしの問いかけに、コマオは何も答えず、わざとらしく天井のほうを見たりした。
 コマオの鼻の穴がヒクヒクしている。面倒を避けるために、今さら感知できないふりをするつもりだろうか。また、怒りがこみ上げてきた。
『答えてください! 聞こえてますよね!』
 わたしはコマオの耳元で叫んだ。
「うおっ! わかったよ、聞こえてるから、怒鳴らないでくれよ」
 コマオは耳を押さえて答えた。
『それは、錯覚です! あなたは感知しているんです! 本当は耳からなんて、これっぽっちも聞こえていません!』
 怒りの冷めないわたしは、まくしたてた。
 コマオの顔が、鼻だけでなく目元や口元まで、全体的にヒクヒクし始めた。
 まずい。わたしに怯えている。
 コマオに八つ当たりして怖がらせても、結果が好転するわけではないのだ。
『仕切り直しましょう。わたしが、見えますか?』
 わたしは努めて冷静に聞いた。
「はい、ちょっとぼんやりしてるけど、見えます」
 コマオが答えると、
「何が見えるのかな?」
 お姉さまも聞いた。
「ええと、メイド服の女の子」
 コマオはお姉さまに答えた。
「わたしの後ろに立ってる子のことかな? それは、杖を握る前から見えてたんじゃない?」
 お姉さまは楽しそうな口調で聞いた。
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて」
 コマオは言葉につまった。
『こう伝えてください。わたしは決してニセモノを許さない、いつか必ず身体を取り戻すと』
「いや、何か事情があるんだろうけど、でもそういうカドのある言葉は、できれば自分で言ってほしいんですよね」
『だから、わたしの言葉が聞こえるのは、キミだけなんです!』
 そこでわたしは思いついた。
『では自分で言うので、あなたの身体を貸してもらえませんか?』
「それは、ちょっとどうでしょう……」
『では、交渉決裂ということで、百年たたらせていただきます。生死を操るキミの属性に敬意を表して、手始めに、全ての食材がキミに食べられる前に遺言を託す呪いをかけます。今日の夕食からは、箸で持ち上げた一つひとつの食材が君に最期の言葉を語るようになるでしょう』
 そんなことをできるはずがないのだが、コマオにはわからないだろう。
 コマオはお姉さまのほうを見た。
「試してみたいというか、試さないといけないことがあるので、少し時間をもらってもいいでしょうか?」
 コマオが憂いを帯びた表情で聞き、
「もちろん。今、主役はキミなんだから、慌てずに時間をかけて。何が起こるのか、楽しみに待ってるね」
 お姉さまが答えた。
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