第2話 敵が……来るのだ

文字数 1,170文字

          *****



 朽葉コノコの青いショートの髪が、朝焼けの空美坂に映える。
 その隣を、前髪で目を隠した佐原メダカが歩く。
 空美坂を下って、駅前に着いたら、西へ。
 すると、線路を隔てて、メダカたちが通う学校の反対側に〈空中庭園〉がある。
 その空中庭園に、金糸雀姉妹は住んでいるらしい。

「コノコ姉さん、空中庭園って、やっぱり高台にあるんですか?」
「高台……?」

 ふむー、と唸ってから、コノコは言った。
「メダカちゃんは言葉の定義に忠実すぎるのだ」
「忠実? わたしが?」
「そうなのだ。古来より空中庭園と言えば高台にある庭園を指すのだ。でも、空美市の空中庭園は、言葉のままだよ」
「言葉のまま?」


「そう。〈研究所〉がつくった、文字通り、空に浮いた建築物。それが、空美市の〈空中庭園〉なのだ!」


「空に、浮いてる……?」

「十六年も生きてきて知らないとは。メダカちゃんも、もの知らずだねー」

 佐原メダカという存在は点と点との間だけに存在する幻影で、「いない」とみんなに判断された場所には存在できない。人間ではないのだ。
 フォークロアの集団幻想がつくった存在。それが佐原メダカだ。
 なので、空中庭園とつながりのなかったためにメダカは空中庭園という存在そのものを認知してこなかったというわけなのだが、その事情も知りつつ、コノコは茶化す。



 駅前に着くが、ひとはまばら。通勤前の時間帯。閑散とした駅前というのも、不思議な空間なものだ。
「早朝の駅前って独特な雰囲気ですね、コノコ姉さん」

「パーリィ、パーリィ、ツァーリ、ツァーリ♪ ピーローシーキー、ダイナマイツ♪」

「うう、こんなに寂しい駅前の光景を見て歌ってるコノコ姉さんは、やっぱりすごいです……。しかもアップテンポの曲だしぃ」



 どんどんひとがいなくなる。駅前の自販機でコーラとコノコの飲む抹茶ラテを買うメダカ。

 ベンチに腰掛けているコノコに抹茶ラテを渡そうとした途端、腕が硬直した。

「動かない……。腕が、上がらない……」

 手にしたコーラと抹茶ラテがアスファルトに落ちる。

 周囲に通行人が誰もいなくなる。

 ベンチに腰掛けたままのコノコが眉をひそめた。



「これは……空間制御系のディスオーダーの術式なのだ」


「空間制御?」
「そう。〈ディペンデンシー・アディクト〉」



 物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。
 それに対して、心・空間に関する異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。
 この異能を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶのである。
 それが、〈この世界〉の基礎。



「敵が……来るのだ」


「敵……、敵って、……る、涙子さんッッッ?」


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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす)

 ひきこもりにゃーにゃー娘。

御陵初命(みささぎはつめ)

 生徒会長でジャズミュージシャン。

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