第5話 青葉フロニカ

文字数 1,588文字

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「拍子抜けです、コノコ姉さん」
「ん? 拍子抜けとは? どうしたのだ、ぷんすか怒っちゃって、メダカちゃん」
「だって! だって! 空中庭園なんてなにか起きそうな『フラグ』が立っているのに!」
「フラグがどーしたのだ?」
「姉さんがコンビニで買ったシフォンケーキで釣っただけでこの猫耳フードパーカーの髪の毛脱色ニートがにやにやしながら、妹のラズリと一緒にわたしたちについてきちゃいましたよッ!」
「いや、もともと卒業式に連れ出す予定だったって前提を忘れちゃダメなのだ」
「うー。でもぉ」
「でも、なんなのだ?」
「もっと、こう、えろいイベントなどが起こらないとつらいですよぉ、つまんないですよぉ」
「ふーむ、メダカちゃんはちょっと涙子ちゃんの影響を受けすぎなんじゃないかな。えろいイベント、そうは起こらないと思うのだ」
「涙子さんには起こっているじゃないですかぁ」
「涙子ちゃんを基準に考えたらダメなのだ」



「そうですわよ、じゃじゃ馬娘さん。涙子は野獣。狼です」

「はい?」

 メダカがコノコに向けていた顔を正面に向けると、そこには生徒会長の御陵初命が腰に手を当て、仁王立ちしていた。
「ごきげんよう、朽葉コノコ御一行様?」

「うえぇー。余計なのが出てきた。どうします、コノコ姉さん。〈オタサーの姫〉様の登場ですよ?」



「にゃはははははっ! オタサーの姫にゃんにゃ!」
 後ろを歩いていた、猫耳フードパーカーのひきこもり少女、金糸雀ラピスが生徒会長を指さし、そう言った。

「バカ姉! なに言ってッッッ?」
 妹の金糸雀ラズリがラピスを睨みつけて、掌でラピスがそれ以上喋らないように口をふさぐ。
「もがもがもが! ひゃ、にゃにするんにゃ、ラズリ……もがもが」
「わたしのファンをオタサー呼ばわりとは。許せませんわ、この舌足らず猫娘!」

 メダカはコノコに小さな声で質問する。
「コノコ姉さん。そもそも、〈オタサー〉ってなんですか?」
「いままで知らないでオタサーの姫って言葉を使ってたの、メダカちゃん」
「恥ずかしながら」
 舌を出しておどけるメダカ。
「オタサーっていうのはオタクの集まり。サークルのことを指すのだ。その男だけのサークル集団のなかに一人だけいる紅一点がイニシアティブをとると、姫って呼ばれるのだー」
「へ、へぇー。全然わからん」
「メダカちゃんならそう言うと思ったのだ」

 薄い茶髪のロング。蠱惑するのに長けた目元と口元。そんな美人が御陵初命。
 空美野涙子に言わせると『魔性の女』。アンチからは『魔女』とも呼ばれている。

 その御陵は私立空美野学園高等部二年生で、生徒会長。そして、ジャズシンガーでもあり、相当な数のファンがついている。

 御陵は怒っている。
「謝罪しなさい、猫娘」
「にゃんだぁ? 生徒会長の心は狭いにゃ」


「朽葉さん。あなたの友人たちはみな、人格がなっていないわね」
「どういう意味なのだ? こっちも怒るよ?」
「ふん。知ったことですか。言われたら腹が立つでしょう。ならばそういうことは言わないほうがいいってことよ」
「御説教どうもなのだ。ところで会長さんがなんでここにいるのだ?」



「一歳違いの幼馴染が、今日、学園の高等部を卒業するので、住んでいるこの空中庭園まで迎えに来たのよ」
「ふむー。なるほど。で、その子の名前は?」





「青葉フロニカ」


「ふむー? 青葉フロニカちゃん……? ああ、姿を消した天才ピアニストの」


「BARディアボロを運営しているところの娘のあなたなら、ご存知のはずよね」
「もちろん、なのだ。……それより」
「ええ。仕掛けてきたようね……」
 コノコはやれやれといった口調で、
「では、再戦するのだ」
 と、言った。

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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす)

 ひきこもりにゃーにゃー娘。

御陵初命(みささぎはつめ)

 生徒会長でジャズミュージシャン。

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