第6話

文字数 2,627文字

 咲夜は大きくうなずく。鬼と神室の敵対なんていう現実感に欠けた話より、よっほどくわしく知りたいことだ。
「鬼は村を追われた後、擬態して人間として暮らす道を選んだけど、力の源であるあの山からは長く離れられない。で、山中に密かに本拠地を作った。たとえ鬼の伴侶(はんりょ)であっても人間には絶対に教えてはならない秘中の秘、鬼だけが入れる特別な場所だ。もちろん何通りもの厳重な結界で隠してある」
 そんな極秘情報を今ここで話して大丈夫なのか……と咲夜は思った。
「なのに18年前、そこに赤ん坊のおまえを抱いた神室央嘉が現れたんだ」

「そこから先は私に説明させて下さい」

 いきなりドアが開いて現れたのは、咲夜の父・央嘉だった。
「お父さん!」
「相変わらず、鬼の結界を苦もなく破ってくれるな」
 樂はニヤリと口元で笑った。
 央嘉はベッドに真っ直ぐ向かい、咲夜の頭を両手で包むように抱き、やさしく撫でた。
「おまえが無事で良かった」
 父の登場で緊張が解け、咲夜は泣きたくなってきた。口数こそ少ないが、父はいつだって咲夜を大切にしてくれる。かけがえのないたった1人の家族であり、この世で最も信頼している大好きな父だ。
「咲夜、柊羽にクチナシの花を渡したか?」
 玄関の前に植えてあるクチナシなら、開花した朝に摘んで保健室に持って行った。それが今どうして関係あるのだろう。
「うん、きれいに咲いたから見せようと思って」
「そうだったのか……」
 央嘉は樂に向き直った。
「樂様、娘を助けていただいてありがとうございました」

――らくさま!?

 深々と頭を下げ平伏する父の姿に、咲夜は目を疑った。
「朝から出向いて正解だった。咲夜が出かけると聞いて、何やら胸騒ぎがしたのでな」
 樂は平然とあぐらをかいたまま答える。
「こんなに易々(やすやす)と守護を破られると思わず……油断しました」
「咲夜に本当のことを教えなかったからだ」
「そうですね、話しておくべきでした」
 央嘉はちらっと娘をふり向いて、小さくため息をついた。
「何も知らないでふつうの暮らしをして欲しかったのですが」
「まぁ、その気持ちもわからないではないがな」
――なんなのいったい?
 咲夜の目には、自分の同級生に父がペコペコしているようにしか見えない。
 樂が人間じゃないということは理解したが、父より上の立場だなんて、心が認めたがらなかった。
「おまえの力を、娘に見せてやるといい」
 央嘉はうなずくと、立ち上がって咲夜の方を向いた。それから彼女の体表から10センチぐらい離れた空間を、右手で軽くなぞった。
「これが見えるか?」
 咲夜は自分の体を見下ろし、白い(まゆ)のようなもので包まれているのに気づいた。
「何これ……」
「守護の繭。お母さんが咲夜を守るために念をこめた樹木の力を、お父さんが形にしたものだ。ふつうの人には見えないが、神室一族の者には繭しか見えず、おまえの本体を見ることも触ることも出来ないようになっている。うちのまわりに4本の木が植えてあっただろう? 金木犀、サザンカ、沈丁花、そしてクチナシ。あれは全部お母さんが苗木から育てたもので、春夏秋冬それぞれ花を咲かせることで、おまえを神室一族から隠し続けるための守護陣を形成していた。今の季節はクチナシが守っていたんだが、咲夜に渡された花をもとに、おそらく柊羽は繭の守りを無効にしたんだ」
「神室一族って、身内じゃないの? あたしを隠したり守ったりしなきゃいけなかったのは、どうして?」
「身内であっても、私たち家族にとっては敵と同じだ。彼らは咲夜から自由を奪い、望まない人生を()いようとしている。自分たちの巫女として神社に閉じこめて」
 央嘉が手をかざして空間をはらうと、繭は消えて見えなくなった。
「巫女?」
「ふつうの神社の巫女とは違う。この世を変えるほど強い予言の力を持つ者で、神室一族は代々その力に頼って生きてきた。巫女がいないと村は成り立たない。おまえのお母さんも巫女で、今も神社に閉じこめられて強制的に予言をさせられている。お父さんは昔、お母さんを連れて村から逃げた。あちこち転々としながら隠れ住み、人並みの幸せがどんなものかを知った。だが咲夜が生まれる直前、神室に見つかってお母さんは連れ戻されてしまった」
「じゃあ、あたしが生まれたのって……」
「鳴石村だ」
 央嘉はじっと咲夜の目を見て言った。
「お父さんは追われる立場だったから、堂々と村へ入ることは出来なかった。密かに山から入り神社に忍び込んだのだが、出産直後のお母さんは無理に動かせる状態じゃなくて、この子だけでいいから助けてと咲夜を……それで、その足で樂様に会いに行った。無茶は承知で、助力を()うために」
 18年前の話なのに、樂が助力を求めに行く対象だったなんて、いったいどういうことなのか。咲夜はちらっと横目で樂を見て、どう見ても10代の容姿に小首をかしげた。
「いずれ咲夜も神室にねらわれると思うと……樂様の、鬼の力を借りるしかなかった。巫女は神官と夫婦のような対の関係となって娘を産む。次の巫女にするためだ。予言の力は娘に遺伝するが、どういうわけか、力を受け継ぐのは何人産んでもたった1人なんだ。そして、お母さんが産んだのは咲夜、おまえだけだ」
「でも、あたし、そんな特別な力なんて何もないよ」
「神室から逃げる時に封印したんだ。18歳まで解けないように……お父さんとお母さんの力を合わせてもそれが限界だった。封印が解ける年齢になると、守護陣でも繭でも隠しきれない波動が出て、内側から壊してしまう。その波動は(つい)となるべき次代の神官と通じ合う性質があり、どこにいても必ずわかるようになる。そうなったら、どんなに頑張ってもお父さんだけじゃ守りきれない。だから、樂様に18歳になったら咲夜を守って欲しいとお願いした。おまえはその体に流れる巫女の血によって、神室一族、特に神官である柊羽にとっては唯一無二、絶対に代えがきかない存在なんだ」
「嘘……」
 咲夜の目から大粒の涙が流れ落ちた。
 何度も柊羽が口にした「大切な存在」という言葉が頭に浮かんでくる。あれは巫女の娘だから大切という意味だったのかもしれない――そう思うと心が悲鳴を上げそうになる。咲夜自身を好きになってくれたわけじゃない、なんて思いたくなかった。
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