第3話

文字数 507文字

 「●●さん、どんな具合ですか」

 他のグループの夜勤者が覗きに来てくれた。あ、ホールにベッド出してるんだ、それがいいね、と言ってくれたので、多少は罪悪感が薄れた。
 件の利用者は、無呼吸状態を繰り返しながら、ゆっくりとした深い呼吸を続けている。顔色は悪いが表情は穏やかだ。

 「よく寝てますよ」
 「この人にさあ、わたし昔、くじられたことあってさぁ」
 「あー」

 いつだって、命の終焉を迎える利用者を前にした時、わたしたちは元気だったころの思い出を語る。
 そんなことがあった、あんなこともあった、と言い合う話は、くじられた経験であっても全て微笑の中で語られる。
 夜勤者は眠っている利用者の顔を覗き込むと、「おやすみなさい、●●さん。もう少しで年明けですよ」と囁いて、自分の持ち場に帰っていった。

 (あー、年明けか)
 
 思わずホールの時計を見た。
 そういえば、除夜の鐘を聴いたかもしれない。さっきまで、少々ばたついていたから気づかなかった。テレビの紅白も賑やかだったから。

 聞き逃してしまった、せっかく夜勤で一晩中起きているというのに。
 煩悩が帳消しになるチャンスだったんだけどなあ。
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