Game18:他チームの動向(5)

文字数 5,866文字

 同時刻。レッドチーム、グリーンチーム。

「おお……りゃあぁっ!」

 アダムがその巨大な拳をストレートで撃ち出す。『警備員』の姿をした敵が顔面にそのパンチを喰らい大きく怯む。その隙を逃さずアダムは『警備員』に素早く接近するとその頭を掴んで真横に捻った。ゴキっ! と異音が鳴り響き『警備員』が崩れ落ちる。

「はっ! 雑魚が! 俺様を殺そうなんざ百年早いわ!」

 吐き捨てるアダムの姿にナタリアはホッと胸を撫で下ろす。やはりこの男は腕っぷしだけは相当頼りになる。視線を巡らせると、アルフレートが同じように『警備員』と戦っていた。


 地図を頼りにこの退役軍人病院に辿り着いたナタリア達は、入り口を入った受付ロビーで二人の『警備員』の襲撃を受けたのだ。

 ポイントロケーション内では何があるか解らないので、それぞれのチーム編成に戻っていた。『敵』が女性を狙ってきた時に、首輪で繋がった元のパートナーでなければ積極的に助けない可能性があり危険だからだ。これは予めナタリアが提案していた事だ。

 レッドチームに襲い掛かっている『警備員』はこちらに襲ってきた相方と違い、拘束され無力な女性の方を集中的に狙う戦法のようだ。アルフレートとの積極的な交戦を避けて、常にジョージーナを狙う挙動で消極的なヒット&アウェイを繰り返している。

 首輪の制約で五メートル以上離れられないので、ジョージーナだけどこかに隠れている訳にも行かない。敵が消極的とはいえ彼女を狙ってくる以上アルフレートとしては無視できない。しかし彼が迎撃すると『警備員』は素早く距離を離して隙を窺ってくる。

 アルフレートの方もジョージーナから五メートル以上離れられない為、敵を追撃する事が出来ない。こちらの制約を最大限に利用した嫌らしい戦法だ。まともに戦えば敵ではないような相手に予想外の苦戦を強いられアルフレートの顔に焦燥が浮かぶ。役立たずのジョージーナは勿論何も出来ずに震えているだけだ。


「おい、どうすんだ? このまま放っといて俺達だけ進むか?」

 アダムが聞いてくる。既に物資も入手しているので確かにそれも選択肢の一つだ。だがナタリアはかぶりを振った。

「いや……ここはアルフレートに貸しを作っとこうじゃないのさ。手助けしてやんな」

「いいのか?」

「ああ。私の予想じゃ『キー』入手までに、まだもう一つか二つは『ギミック』がありそうだ。しかもより難易度が高くなる可能性もある。それに備えて、もしもの時の『囮』はキープしときたいだろ?」

 アダムの強さは信用しているが、本当に何があるか解らない以上、まだアルフレートを切り捨てるのは早い。

「……! へへ、確かにな。ホントにおっかねぇ女だよ、お前は」

「その通りさ。アタシの言う事を聞いてりゃ間違いないよ。じゃあさっさと行くよ」

 ナタリアはニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべると、アルフレートと戦っている『警備員』の後ろを取るような位置に自ら移動し始めた。ナタリア自身も近付かないとアダムが戦いの場に参戦できないからだ。

 そして一定距離まで近付くとアダムが大砲のように飛び出した。

「おい! てめぇの相手はこっちだ!」
「……っ!?」

 『警備員』がギョッとして振り向いた。まさかこちらが他のチームを助ける行動を取るとは思っていなかったらしい。アダムの突進に驚いた『警備員』は慌てて距離を離そうと後退して……

「ふっ!」

 結果アルフレートの『攻撃圏内』に自ら入り込んでしまった。気付いた時にはもう手遅れだ。アルフレートのサーベルの刃が正確に『警備員』の首筋を斬り裂いていた。


「……何故俺達を助けた?」

 血を噴いて崩れ落ちる『警備員』を尻目にアルフレートは警戒した目をこちらに向ける。ナタリアは肩を竦めた。

「この先まだ何があるか解らないんだ。困った時は助け合い……だからこその『同盟』ってモンだろ?」

「……一応礼は言っておく」

「いいって事さ。その代わりアタシらがもしピンチになった時は、今の事を思い出してくれると助かるねぇ?」

「……ああ」

 アルフレートは憮然としながらも頷いた。これで『囮』としての布石は撒けた。ナタリアは内心でほくそ笑んだ。

「さあ、それじゃさっさと先へ進もうかい。その役立たずを早く起こしな」

 まだうずくまったまま青い顔で震えているジョージーナを顎で指し示す。自分が積極的に命を狙われたのが相当に堪えている様子だ。

「ジョージーナ……立てるかい?」
「ア、アルフレート……ご、ごめんなさい、足が……」

 どうやら腰が抜けて立てないらしい。ナタリアとアダムはその無様を鼻で笑うが、アルフレートは何も言わずに彼女を抱きしめた。

「いいんだ、ジョージーナ。君は暴力とは無縁の世界で今まで生きてきたんだ。殺されかけて平静でいられるはずがない。何も恥じる事なんかないんだ」

「アルフレート……」

 ジョージーナが目を潤ませる。そして彼に励まされて生まれたての小鹿のようにヨロヨロとだが、何とか立てるようになった。ナタリアはそんな彼女に侮蔑の視線を投げ掛ける。

(ふふ……この愚図が一緒にいる限り、アルフレートを囮にするなり切り捨てるなり思いのままだね、こりゃ)

 既に彼女の頭の中では、その時の算段が組み立てられ始めていた。




 メモが示すポイントは院長室のようだった。慎重に階段や廊下を渡って院長室のあるフロアまで来た一行。だが……

「……! おい」

「ああ。ち……やっぱりどんどん難易度が上がってく仕様みたいだねぇ」

 アダムの警告にナタリアが舌打ちする。彼等の視線の先……院長室のドアの前に、医者のような白衣を着た人物が佇んでいた。髪は丁寧に撫でつけられその顔には目と口のみが開いた仮面を着けていた。仮面の目口は、まるで悲しんでいるかのように下向きの半月状をしていた。

 そしてその両手にはそれぞれ長いメスのような刃物が握られている。その首に光る紫の首輪を見るまでもなく『敵』だと解る剣呑な空気を発散している。ギミックはあの『警備員』達だけではなかったのだ。

「け……たった一人で俺様の前に立ち塞がるとはいい度胸だぜ」

 敵であれば排除するまでだ。アダムが進み出る。自慢の太い拳を固めると一気に突進した。五メートルの範囲を意識してナタリアも少し前に出ておく。

「ぬぅぅん!」
 アダムの拳が唸りを上げて撃ち出される。だが『医者』は軽快な身のこなしでそれを回避すると片方のメスを一閃させた。

「うおっ!?」
 アダムが慌てて飛び退く。そして今度はローキックを繰り出すが『医者』はそれにも反応してアダムの脚にカウンターで斬り付けてくる。

「ちぃ……!」
 アダムが舌打ちしながら足を引く。『医者』は格闘家、もしくは軍隊経験者かも知れない。それ程の身のこなしだ。アダムと言えど一歩間違えれば何が起きるか解らない。

「アルフレート! 何見てるのさ! 早くアダムに加勢してあいつをやっつけるんだよ!」

 アダムが死ねば自分も死ぬナタリアが焦ってアルフレートを促す。だが彼はかぶりを振った。

「無理だ。この狭い通路ではあの大男と共闘など不可能だ。それどころか互いに邪魔にさえなってしまうだろう」

「く……!」
 ナタリアは歯噛みする。もしかしたらあの『医者』はこちらが二チームで『同盟』を組んでいるのを見越して、多対一にならないようにこの狭い廊下を戦場に選んだのかも知れない。

 話している間にもアダムと『医者』の攻防は続いている。アダムの打ち下ろしを躱した『医者』が大きく後方に飛び退った時だった。仮面に覆われた『医者』の視線がナタリアの方を向いた気がした。

「……!」
 彼女が不味いと思った時には『医者』の手から煌めきと共に、メスが物凄い勢いで投擲されていた。メスが向かう先は……ナタリアの心臓がある位置。

「あ……」

 何をする暇もなかった。投擲されたメスは正確にナタリアの心臓に突き刺さる――

「ふんっ!」

 ――直前に、割り込んできたサーベルの刃によって弾かれた。アルフレートだ。

「……! てめぇぇぇっ!!」

 『医者』が何を狙っていたかを悟ったアダムが、怒りの形相となって打ち掛かる。ナタリアが死んでいたら彼もまた死んでいた。

 メスを投擲した事で体勢を崩していた『医者』はそれを避けられなかった。『医者』にとっても今の投擲は乾坤一擲の攻撃だったのだ。アダムの鋭い蹴りが『医者』の腹にめり込んだ。

「……!」
「おらっ!」

 怯んだ所にその太い腕で『医者』の首を抱え込み全力で捻じる。頸椎の砕ける音と共に『医者』の身体から力が抜けた。アダムが腕を離すと、『医者』は床に崩れ落ちたまま動かなかった。死んだようだ。


「あ、あんた……」

 ナタリアは思わず床にへたり込んで、呆然とアルフレートを見上げていた。彼が妨害してくれなかったら、『医者』の投げたメスは確実に彼女の心臓に突き刺さっていただろう。今度はアルフレートが肩を竦めた。

「俺は誰かに借りを作ったままでいると落ち着かない性格でね。これで貸し借りなしって事でいいよな?」

「……っ! ああ……そうだね」

 ナタリアは渋々認めた。やはりこの男は一筋縄ではいかないようだ。だがジョージーナという泣き所を抱えている以上、条件はこちらの方が有利なのは変わらないはずだ。

 『医者』を撃退した一行は院長室へと踏み込む。院長のデスクと思われる立派な机の上に補充用の物資が並べて置かれていた。アダムが口笛を吹いて、リュックの中にそれらを浚っていく。

「次のポイントのヒントは……こいつだな」

 机の抽斗を調べていたアルフレートが、すぐに一枚のメモ用紙を取り出した。ナタリアとジョージーナが競うように覗き込む。簡易地図と共に示されている場所は……

「コメリカ・パーク…………野球場か!」

 レッド・グリーン連合チームの次なる行き先が決定したのであった。 


****


 同時刻。ブラックチーム。

 ロバータは悪魔に魂を売って人間を辞めたつもりだった。しかしまだその覚悟が出来ていなかった事を実感していた。彼女は昨夜の記憶を思い返していた。

「焼けたぞ。食え」
「ひっ……」

 悪魔――エドガールが目の前に差し出してきた物体を見て顔を引き攣らせるロバータ。夜になって『監視対象』達が休息の準備に入った事を確認したエドガールは、自分達も『休息』の準備に入った。

 廃屋の中にあった暖炉の跡を見つけたエドガールは、ロバータが呆気に取られる程手際よく火を起こした。そして『食事』の支度を始めた。光源の全く無い廃都の夜の暗闇であれば、暖炉から上がる煙を『監視対象』達に見咎められる心配もない。

 廃屋や廃ビルの上水道跡には、まだこの廃都にこれ程水が残っていたのかと驚くほど多くの水があった。エドガールはそれらを打ち棄てられた廃ビンなどを利用して取集していた。

 物心ついて以来ミネラルウォーターしか飲んだ事のないロバータは最初こそ抵抗があったものの、喉の渇きという生理的欲求の前にはそんな抵抗など容易く霧散した。錆びたような非常に不味い水であったが、我慢すれば飲めない事は無い。エドガールの指示に従って腹を壊さないように、少しずつ舐めるように摂取していた。

 水分は何とかなったが、問題は食べ物の方であった。この外壁で覆われたコンクリートのジャングルに野生動物など殆ど存在していない。精々僅かに残った食品や廃棄物を漁る鼠や鴉の類いや、伸び放題となった雑草に潜む虫くらいだ。しかしそれくらいなら『まだ良かった』。


 暖炉の炎で串焼きになっている『肉』……。それは、最初に襲ってきてエドガールが返り討ちにした男達から『採取』した肉であったのだ。つまりは、人肉だ。


 鼠や鳥などを狩る事も出来るらしいが、先行するチームを見失わないように移動しながら、かつロバータが常にくっ付いている状態では、流石のエドガールも安定して狩りを成功させるのは難しいらしく、『非常食』として男達の肉を切り取って携行していたのだった。

 エドガールは見本として、まず自分が串焼きの人肉を平らげてみせた。それからロバータにも串焼きを突きつけてきたのだ。

「う……」

 焼けた肉は当然元の形など全く残していないが、それでもロバータはこれが人肉である事を知っている。心理的な抵抗感は大きかった。だが……

(お、お腹が空いた……)

 ゲームが始まってから不味い水以外何も口にしていなかった。肉の焼けた匂いが鼻孔をくすぐる。極限まで増幅された空腹感は心理抵抗と倫理観を容易く上回った。

 思い切ってかぶり付いた肉は、最低限の血抜きしかしておらず塩などの調味料もないので不味の極みであったが、空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、気付けば咀嚼して飲み込んでしまっていた。

「う、うぅ……!」

 ロバータは涙をこぼした。人の肉を食べた罪悪感や汚辱感から……ではない。人の肉だと知っていながらそれを食べ、そしてそれが腹を満たした事で満足感すら覚えてしまった自分に涙したのだ。自分はもうそれ以前の自分には戻れないのだと悟って涙したのだ。

「よくやった。食べられる内に食べておけ」

 エドガールは当然慰めなど言わずに、淡々と次の串焼きを差し出してくる。そして自らも再び別の串焼きにかぶり付く。だが下手に慰められたりしたら、むしろロバータは心が折れてしまっていたかも知れない。エドガールの淡々とした態度が逆にありがたかった。


 背徳の『晩餐』を終え眠りに就き、あくる朝を迎えたロバータ。人肉を食べた事で心理的な一線を越えてしまった事を自覚した彼女は、どこか晴れやかな気持ちにさえなっていた。悪魔と契約した女にはむしろ相応しい晩餐であった。

 同時にこんな事になったのも自分を陥れた連中、そして障害となる他のチームの連中が悪いのだという結論に至り、何の疑問もなく他のチームにも憎悪の感情を向けた。奴等を殺すのも自分の『正当な』復讐の一環なのだ。

 彼女の感情、そして心境の変化を見抜いたエドガールが小さく頷いたのに彼女は気付かなかった。

「行くぞ。恐らく後一つほどギミックを攻略すれば、連中は『キー』に到達するはずだ。それまでの辛抱だ」

「ええ、私なら大丈夫よ、エドガール。必死の思いで入手した『キー』を私達に横取りされて悔しさと絶望にその顔を染めながら死んでいく奴等を想像するだけで、いくらでも待つ事が出来るわ。ふふ、うふふふ……!」

 人肉を抵抗なく食べてしまった事で心が壊れた女は、狂気を秘めた陰鬱な笑いを不気味に響かせるのだった……

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