Game2:『デスゲーム』時代

文字数 3,077文字

 時は西暦二一二十年。世は百年以上に及ぶ泰平を享受していた。いや、泰平であるのはアメリカを始めとした先進諸国だけであり、発展途上国と称される国々は相も変わらず貧しいままであり、飢餓や犯罪、内戦などに苦しんでいる現状に変わりはなかったが。

 富める国は更に富み、貧しい国は更に貧しく……。社会の縮図はそのまま世界情勢にも当てはまっていた。

 泰平を享受する国々の国民は長い平和と安定に飽いて、次第に刺激を求めるようになっていた。それも過去にもあったスポーツや格闘技の観戦など比ではないような強烈な刺激を……

 それは良識のある人間が見れば眉をひそめて糾弾するような類いの『刺激』であったが、百年の泰平で感覚が麻痺し、モラルの低下した国民達はこぞってその『刺激』に病みつきになった。それは国家を運営する政財界のエリート達とて例外ではない。いや、権力を持っているからこそよりモラルの低下は顕著で、その『刺激』を合法化すべくむしろ積極的に法改正を推し進めていった程である。

 結果……悪魔の娯楽が誕生した。即ち、本物の人間を使った殺し合いの競技。囚人やホームレスなどを使った殺人や殺し合いのゲームが、全国中継され熱狂を博するようになった。それもただの殺し合いでは飽き足らず、世界各国は様々なギミックを凝らした『デスゲーム』を開催していく。

 そしてそれはこのアメリカ合衆国においても例外ではなく……否、現在のアメリカは世界でもトップクラスの『デスゲーム大国』となっていた。



 そんな『デスゲーム』の一つ……アメリカでも屈指の人気番組、『ケルベロスの(あぎと)』のプロデューサーであるネイサン・ブロデリックは苛立ちを抑えきれなかった。

 バトルロイヤル戦に探検や宝探し要素をミックスさせた構成で、今までデスゲーム業界でもトップの座に君臨し続け、その地位は不動の物と思われていた『ケルベロスの顎』だが、最近になって西海岸のローカル局が始めた新興番組『レッド・バブル』が急激に視聴率を伸ばして追い上げを見せているのだ。

 主に水中や、時に本物の海洋を舞台とした新種のデスゲームが中心で、ホホジロザメやシャチを使って獲物の人間を襲わせる捕食ショーが特に人気だ。視聴者は大量の水中ドローンが追尾撮影する、犠牲者が生きたまま薬で狂暴化させたサメに貪り食われるシーンを楽しむ事が出来る。

 他にもマリンスポーツやアトラクションを模したデスゲームが目白押しで視聴率も恐ろしい勢いで伸びており、『ケルベロスの顎』とゴールデンタイムでの視聴率を競い合うまでになっていた。

 今はまだ辛うじて首位を保っているが、このまま手をこまねいていては、本当に『レッド・バブル』に首位を奪われる事もあり得る。そうなればネイサンを待っているのは……非情なレイオフだ。

 それを避ける為にも、今度の番組は絶対に成功させなければならない。今までの最高視聴率を叩き出すくらいでないと、局長もスポンサーも納得しないだろう。

(うちの番組にも、何か新しい発想が必要だな……)

 一強体制はその業界を衰退させる。他にほとんど競合相手がいなかった事もあって、『ケルベロスの顎』も些かマンネリ気味になっていたかも知れない。

 だがさりとて、そうそうすぐに画期的なアイデアなど思いつくはずもない。ネイサンは他のクルー達とも協議を重ねるが、どれも今一つパンチに欠けた。最高視聴率を取るにはこれでは弱い。何かもっといいアイデアはないものか……


 悩むネイサンの元に一本の電話が掛かってきたのは、そんな折りの事であった。


 数日後、ネイサンは高級レストランの席で一人の男と向き合って座っていた。有名な軍需企業ベルゲオン社の保安部門の責任者でギュンター・ヘルマンと名乗るその男は、鞄からいくつかの資料を取り出してネイサンに差し出した。

「こちらがお電話でお伝えした人物の資料になります。どうぞご確認下さい」

 それは一人の凶悪犯の資料であった。顔写真とプロフィール、経歴。そして凶悪犯となった経緯などが詳細に記されていた。

「……!」

 資料に目を通したネイサンは、身体に震えが走るのを自覚した。思わず目の前のギュンターに視線を向ける。

「ミ、ミスター・ヘルマン。こ、これは……」

「ええ、是非ともあなたの番組で使って頂きたいと思いまして。これは我が社の上層部の強い意向によるものです」

「し、しかし……これは、『女性』ですよ?」

 動揺するネイサン。基本的にこれまでデスゲームは全て、男性の犯罪者やホームレスなどを参加者としてきた。世論の問題や、そもそも女性の凶悪犯やホームレスの数が少ないからというのも理由であり、いつしかそれは業界内での暗黙の了解というか不文律のような物になっていた。

 ギュンターは薄く笑った。

「僭越ながらあなたの番組の状況は把握しています。例の……『レッド・バブル』にかなり追い上げられているみたいですねぇ?」

「……っ!」

「もう既存のギミックだけでは視聴者は満足できないという事の表れでもあるんですよ。ねぇ、ブロデリックさん。ここらで一つ、業界の殻を破ってみませんか? あなたが先駆者となるんですよ」

「……!」
 先駆者。その言葉にネイサンは揺れた。しかし……

「だ、だが、相当のバッシングは避けられないぞ?」

 今まで業界が守り通してきたルールを破るのだ。業界内からは勿論、『邪道』だと誹られるだろう。世論だって一体どんな反応をしてくるか……。前例がないだけに予測が付かない。

「言わせたい連中には好きに言わせておけばいいんですよ。変革に付いていけない者は必ず出ますからね。しかし……保証しましょう。『数字』はあなたを裏切らない。そして数字が出るという事は、大衆がそれを望んでいるという事。あなたが叩き出す『実績』の前に、そんな声などすぐに霞んで消滅するでしょう」

「……!」
 ネイサンは再度息を呑む。そこに更に悪魔の囁きが。

「そもそも完全な男女同権を謳うこの時代におかしな話だと思いませんか? 同等の権利とは、同等の義務を果たして初めて得られる物なのです。うるさい連中にはそう返してやればいいんです」

「…………」

 ネイサンの中に徐々に野望がくすぶり始める。どの道このままではライバル番組に追い落とされて、ネイサン自身の進退すら危うくなるのだ。だがもし『これ』を成功させる事ができれば最高視聴率は勿論、ネイサンは一躍時代の寵児だ。 彼は拳を握り締めた。覚悟は決まった。そしてどうせやるなら、とことんやってやる。

(女も一人だけじゃインパクトが弱いな。すぐに死なれる可能性もあるしな。だったらいっその事……)

 一度アイデアの方向性が決まれば、敏腕プロデューサーたるネイサンの事。次々と頭の中に計画や構成が出来上がっていく。資料を見ながらぶつぶつ呟くネイサンの様子を見ながら、ギュンターは一人ほくそ笑むのであった。



 尻に火が付き、同時に野望にも燃えていたネイサンは、局の上層部に現状への危機感とそして番組が成功した際に得られる莫大な利益と権益を訴え、遂に自らの企画を通す事に成功した。

 かくして『ケルベロスの顎』の新ゲーム、『ダムセル・イン・ディストレス』が開催される運びとなった。

 案の定、女性人権団体からの猛抗議が続出したが、反面、連日のようにニュースや新聞で取り上げられ、良くも悪くも全国的……否、世界的な注目と関心を集めていった。この流れを見てネイサンは自分の賭けが当たっていた事を実感した。

 そしてこの新ゲームは、一人の女性の運命を大きく変えていく事となる……
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