After game:昼下がりのコーヒーブレイク

文字数 2,971文字

『はははは! やったよ、デボラ! 優勝だ! 僕が選んだホワイトチームが優勝したんだ! いやー、我ながら冴えてたね! 彼等は賭け率も最高だったから、がっぽり儲けさせて貰ったよ!』

『むぅ……良かったですね、マックス。うちの敏腕プロデューサー、ネイサンが八百長なんかするはずないですし、彼等ホワイトチームは本当に運が良かったみたいですね』

『全くだよ! 僕も何度かもう駄目だと諦めかけたけど、蓋を開けてみれば結果は優勝……。彼等は運だけじゃなくて、それ以外にも何かを持ってるよ。僕が保証する!』

『でもまさか最後の最後でローランドがあんな活躍をするとは思わなかったですよね。視聴者だけじゃなくあのエドガールまで見事に騙されたんですから大した物ですよ』

『ああ……当初は外れくじ扱いされた彼が、文字通りのジョーカーだった訳だね。誰もこの結果は予測できなかった。それは間違いない』

『あ……! たった今、視聴率の速報が出たようです。……な、何と、番組平均視聴率七十六・三パーセント! 最高視聴率は何と九十五・六パーセント! あの『最終ギミック』の前哨戦の時のようです!』

『ホワイト・グリーンチーム対ベルゲオン社の傭兵の時だね! こ、これは凄い! 『レッド・バブル』を大きく引き離したよ! 流石はネイサンだ!』

『それと番組を大いに盛り上げてくれた参加者の皆さんと各ギミック、そして何より当番組を視聴して頂きました皆様に心よりの感謝を!』

『皆、本当にありがとう! 今回の実績を引っ提げて、ネイサンはこれからも皆を満足させる面白いゲームを作り続けてくれるはずだよ! だからこれからもデスゲーム番組『ケルベロスの顎』を宜しくね!』

『皆が一体になれた楽しい時間でしたが、そろそろ終わりが迫っているようです。EBSはこれからも皆さまに最高の娯楽を提供していきますので、どうぞ引き続き当チャンネルを宜しくお願いしますね!』

『それでは皆さん、来週また会いましょう! さようなら!』

『さようならーー!』
 


*****



 イギリスのスコットランド。グラスゴーの街中にあるカフェテリアのテラス席。正午を過ぎた賑やかな時間帯に、一人の女性が席の一つに腰掛けて新聞を広げていた。

 新聞のトップページの見出しには大きく、アメリカの大手テレビ局EBSと州政府との癒着問題が取り上げられていた。彼等は州政府の司法機関の一部と結託し、本来は無実の人間まで冤罪によって犯罪者に仕立て上げデスゲームに流用していた事が明らかになった。

 またそれだけでなくEBSは秘密裏に外国の刑務所とも裏取引して、番組の為に様々な国の囚人を『密輸入』していた問題も取り上げられていた。これは国際法上重大な規約違反に該当する。

 国内外からの強烈なバッシングを浴びたEBSは大幅な事業後退を余儀なくされ、地方の一ローカル局にまで転落した。当然職員の殆どは強制的な解雇措置を受ける事となった。デスゲーム番組『ケルベロスの顎』も当然打ち切りとなり、プロデューサーのネイサンに至っては法律で厳しく規制されている小児性愛者であった事が、どこからかリークされた数々の証拠動画と共に暴露され、更には外国から誘拐されてきた女児を買い取っていた事などまで明らかになり逮捕されるに至っていた。 


「…………」

 だが女性が熱心に読んでいるのは外側のトップページではなかった。彼女が開いているページは政治経済欄であった。そこにはEBSの転落よりは遥かに小さい見出しで、とあるアメリカの軍需企業にFBIの査察が入り、CEO以下役員や株主達が逮捕され会社も解体された事などが記載されていた。

 その軍需企業が今までに国内外で行ってきた様々な裏取引や、途上国の内戦への介入の証拠、兵器の違法な『性能テスト』の様子を撮影した動画、またアメリカが禁止している生物兵器の開発と、それらのイスラム諸国への密売の証拠等々が全てデータとしてFBIにリークされたのが直接の切欠となった。

 リーク元は不明。FBIや諜報機関がどれだけ捜索してもリーク元を突き止める事は出来なかったという。


 女性が熱心に新聞の記事を読んでいると、その席に近付いてくる者があった。女性は新聞から顔を上げた。

「……遅いぞ、ローランド。六分の遅刻だ」

「ははは、ごめんね、アンジェラ。ちょっと上司に捕まっちゃってさ。でも待ってる間退屈していたようには見えないけど?」

 笑いながら向かいの席に着いて、ウェイターにコーヒーを注文するローランド。彼は最近ゲーム制作会社のプログラマーとして就職していた。女性――アンジェラは苦笑して肩を竦めた。

「ふ……確かにな。新聞でお前の『仕事』の成果を確認していた所だ。EBSにベルゲオン社……全く、大したものだ。正直お前だけは敵に回したくないな」

 それは偽らざる本心であった。あのデスゲームの中でこそローランドは『ひ弱な細眼鏡』であったが、彼の本当のフィールドはあのゲームの外にあったのだ。天才ハッカー『スピッツ』の本領発揮という訳だ。

「はは、君にそう言ってもらえるとは光栄だね。流石にもうCIAやDIAに喧嘩売る気は無いけど、このくらいだったらいつでもお安い御用さ」

 『お安い御用』で大手テレビ局と軍需企業を潰した男はそう言って暢気に笑った。アンジェラは若干引き攣った笑みを浮かべて頷く。

「まあ……『夫』が頼りになるのはいい事だ。これからは私達だけでなく、もう一人『家族』が出来るのだからな」

「……っ! 結果が出たのかい!?」

 ローランドが目を剝いて身を乗り出す。アンジェラは今度は暖かい笑みを浮かべて頷いた。

「うむ……四ヶ月だそうだ。流石に性別まではまだ解らんが」

「どっちでもいいさ! おめでとう! ……いや、ありがとうというべきかな、ここは?」

 ローランドはそのままアンジェラの頬にキスをした。

「いや、礼を言うのは私の方だ。軍事の道に進んだ時点で、まさか自分が『母』になれるとは思いもしなかった。私のような女と結婚しようなどという物好きがいてくれたお陰だ。こちらこそありがとう、ローランド」

「アンジェラ……僕にとって君は最高の女神だよ。あのデスゲームで初めて会った時からずっとね」

「う……」

 真剣な目で見つめられてアンジェラは気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。いつもこうだ。もう結婚して半年は経つというのに、夫婦間では彼に主導権を握られっぱなしだ。彼女は慌てて話題を変える。


「おほん! ……しかし折角私も仕事が軌道に乗ってきたのに、これではすぐに産休を取る羽目になりそうだな」

 彼女はその技能と経歴を活かして、このグラスゴーを拠点とする民間警備会社に就職していた。

「産休は認められてるんだろ? だったら問題ないさ。君が働けない分は僕が頑張って稼ぐから。あ、勿論まっとうな労働でね」

 ローランドはそう言っておどけたように笑った。アンジェラも釣られて笑う。デスゲームに徴用された時は、いや、罠に嵌められて投獄された時は、まさかこのような未来になるとは予想さえしていなかった。

 人生とは何が起きるか分からないもの。その事を肝に銘じて、今はこの幸せを享受しよう。アンジェラはそう決意する。


 それはイギリスには珍しい、良く晴れた昼下がりの街中での一幕であった……




Fin
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み