Game13:最初の脱落者
文字数 3,127文字
アンジェラの技術を持ってすればブルーチームの追跡はさほどの難事ではなかった。これが大勢の人間が行き交う都市であれば痕跡もすぐに消えてしまうが、この無人の廃都ならその心配もない。
無遠慮に踏み抜かれた土や雑草、蹴り飛ばされた小石や瓦礫の方向、飲食をした際に発生したのだろう食べカスや零れた水滴……全てが彼等の進路を明確に示してくれていた。
そうして追跡を続ける事数時間。アンジェラ達は大きな建物の前に到達していた。
「……ここだ。この中に入っていったようだ」
「これは……ホテル?」
建物を見上げたローランドが呟く。一緒に歩いてきていた『同盟者』のディエゴが頷いた。
「ああ。名前は忘れたが、確かカジノホテルか何かだったはずだぞ」
「カジノ……。アタシは行った事ないけど、タキシード着た奴がカード配ってて、それを金持ち連中が囲んでプラスチックのコインみたいなの積み上げて、ベット! とかやってる所なんだろ?」
ディエゴの相方であるギャングの少女ダリアがステレオタイプなイメージを語る。場所柄にもよるがあながち間違ってもいない所が悲しい。ディエゴが苦笑する。
「まあそういう所もあるけど、一般的にはスロットマシンの方がメジャーかな。ほら、あのスリーセブンとかああいう奴さ」
「ああ、それならアタシも解るぞ! スリーセブンを出すと、下から金貨が大量に溢れてくるんだろ!?」
呑気な会話をしているイエローチームにアンジェラが声を掛ける。
「時間が惜しい。早速中へ踏み込むぞ。準備はいいか?」
「入れ違いになったらどうするんだ? どっちか一チームはここを見張ってた方が良いんじゃないか?」
ディエゴの提案にアンジェラはかぶりを振った。
「いや、駄目だ。それでは『同盟』を組んだ意味がないだろう? 行動する場合は一塊りがベストだ」
分散すると結局一チームでブルーチームと『戦闘』になる可能性が高い。アンジェラ達は勿論だが、ディエゴ達も極力リスクは回避したいはずだ。
「……ま、確かにそうだな。解ったよ。それじゃさっさと行くか?」
そして4人はカジノホテルの中に踏み込んでいった。
1階はフロントとロビーになっている。アンジェラはやはり屈み込むようにしてブルーチームの痕跡を辿っていく。屋内ではあるが廃墟となって久しく内部はかなり荒れているのが幸いして、痕跡を辿るのはやはり難しくなかった。
「階段を登っているな……油断するなよ」
慎重に階段を登っていく。ローランドは彼女を護衛するように鉈を構えて後ろにピッタリと張り付く。その後ろにおっかなびっくりのダリアが続く。ディエゴは殿で後方を警戒しながら、手斧を構えて臨戦態勢だ。
「……む?」
「どうしたんだい?」
2階に到達した所で、アンジェラが戸惑った声を上げる。ローランドが問いかける。
「いや……痕跡が分かれているようだ。階段の方向に進む痕跡と、この階の奥に進む痕跡だ。階段の方の痕跡は若干乱れがあるな」
「……つまりどういう事だ?」
ディエゴも訳が分からないという顔になる。アンジェラは首を振った。
「そこまでは分からん。言えるのはブルーチームの連中は二つの方向に進んでいるらしいという事だけだ」
「で、でも、この首輪があるから別行動は無理だよな?」
ダリアの疑問。
「そうだな。となると……どちらかに行ってから引き返した? という事になるのか?」
「……!」
ディエゴの首を傾げながらの言葉にアンジェラは目を見開いて、もう一度痕跡を詳細に調べてみる。そして得心した。
「ああ……なるほど。そういう事か」
「何か解ったのかい?」
ローランドの質問に頷く。
「ああ。恐らく連中はまずは階段を登っていったようだ。そして何らかの理由で引き返してきた。その後この階の奥のフロアへと向かったようだな」
どういう形のヒントだったのか分からないが、一度間違えて階段を昇っていき、その後間違いに気付いて二階に戻ってきたという事らしい。であるならば……
「とりあえずこの奥のフロアへ行ってみた方が良さそうだな」
ディエゴの言葉に全員が頷いて、奥のフロアへと進路を決める。ここまで来ると痕跡探しも必要ないので、ディエゴが先頭に立ちその後ろにローランドが続き、戦えない女達を庇うような位置取りで進む。
二階は大きなカジノフロアとなっているようだった。ルーレットやダイス、スロットマシンなどが、永遠に来ない再稼働の日を待ったまま朽ち果てていた。
「見晴らしが良くないな。油断するなよ?」
アンジェラが警告する。各種マシンの影には死角が大量にあるので身を隠す場所には事欠かない。物陰からいきなり誰かが飛びかかってくる事もあり得る。
慎重に進む一行。そしてすぐに『異変』に気付いた。
「お、おい。あれ……」
「……!」
先頭のディエゴが小さな声で何かを指差す。それを見たアンジェラは視線を厳しくする。ローランドとダリアは息を呑んでいた。
スロットマシンの列を抜けたやや開けた場所に、人が、二人、倒れていた。どちらもアフリカ系の男女だ。そして男は青いシャツ姿。女は青いタンクトップにショートパンツ姿で手錠足錠を付けたままの……
「ブ、ブルーチームだ……!」
ローランドの震える声。ディエゴが咄嗟に周囲を警戒する。そしてアンジェラに視線を向けた。
「おい、どうする? ありゃ明らかに死んでるぞ」
「……ここまで来て引き返す事はできん。何があったのか究明しなければならん。物資やヒントも回収せねば」
男の死体の側にはリュックが転がっていた。恐らくトランクから回収した物資の類いだろう。警戒しながら死体の側に寄る。幸か不幸かあの最初の二人組の襲撃を切り抜けた事で、ローランドやダリアなども死体に対して不必要に怯える事はなくなっていた。
ディエゴには周囲を警戒してもらい、ローランドに指示をして死体を調べる。
「う……」
ローランドがそれでも若干引き攣った声を漏らす。男の方は首輪が爆発したらしく、半分首が千切れかかっていた。床に血液が飛び散っている。それを見てダリアも青ざめている。
アンジェラは一切表情を変えず、冷静に女の死体の方もローランドに改めさせる。女の方は胴体に深い傷があり、そこから流れ出た血が床を染め上げていた。
「…………」
アンジェラはその傷の形状から見て、女は背中側から長めの刃物で刺し貫かれたらしいと判断した。
「どうだ、何か解ったか?」
「うむ……。どうやら不意打ちのような手段で女が後ろから刺されたようだ。恐らく男の方が助けたり守ったりする暇も無かったのだろう。そして女が即死した事で男の首輪が爆発した……」
ディエゴの問い掛けにアンジェラは確信を持って答える。状況証拠のみだが間違いないだろう。
「う、嘘だろ!? 一体何があったんだ? ほ、他のチームとかち合ったのか?」
ダリアも怯えたような声で周囲を見渡す。
「うむ、いや……どうかな。他のチームも我々と同じ構成のはず。即ち手錠や足錠の鎖をじゃらじゃらと鳴らす、文字通り足手まといの女が一緒にいるはずだ。このようなステルスアタックを一方的に成功させるのは極めて困難だろう」
「じゃ、じゃあ一体誰が……?」
ローランドが不気味そうに死体を見やりながら呟く。アンジェラはかぶり振った。
「分からん。だが余り長居は出来んな。早く情報と物資を回収してこんな所からはおさらばするべきだろうな」
誰もその意見に異存はないようだった。リュックにはペットボトルに入ったミネラルウォーターが数本、それにレーションのような簡易携帯食が詰め込まれていた。いくらかはこの二人が摂取したようだが、それでも切り詰めれば四人で分けても丸一日は保つくらいの量が残っていた。
無遠慮に踏み抜かれた土や雑草、蹴り飛ばされた小石や瓦礫の方向、飲食をした際に発生したのだろう食べカスや零れた水滴……全てが彼等の進路を明確に示してくれていた。
そうして追跡を続ける事数時間。アンジェラ達は大きな建物の前に到達していた。
「……ここだ。この中に入っていったようだ」
「これは……ホテル?」
建物を見上げたローランドが呟く。一緒に歩いてきていた『同盟者』のディエゴが頷いた。
「ああ。名前は忘れたが、確かカジノホテルか何かだったはずだぞ」
「カジノ……。アタシは行った事ないけど、タキシード着た奴がカード配ってて、それを金持ち連中が囲んでプラスチックのコインみたいなの積み上げて、ベット! とかやってる所なんだろ?」
ディエゴの相方であるギャングの少女ダリアがステレオタイプなイメージを語る。場所柄にもよるがあながち間違ってもいない所が悲しい。ディエゴが苦笑する。
「まあそういう所もあるけど、一般的にはスロットマシンの方がメジャーかな。ほら、あのスリーセブンとかああいう奴さ」
「ああ、それならアタシも解るぞ! スリーセブンを出すと、下から金貨が大量に溢れてくるんだろ!?」
呑気な会話をしているイエローチームにアンジェラが声を掛ける。
「時間が惜しい。早速中へ踏み込むぞ。準備はいいか?」
「入れ違いになったらどうするんだ? どっちか一チームはここを見張ってた方が良いんじゃないか?」
ディエゴの提案にアンジェラはかぶりを振った。
「いや、駄目だ。それでは『同盟』を組んだ意味がないだろう? 行動する場合は一塊りがベストだ」
分散すると結局一チームでブルーチームと『戦闘』になる可能性が高い。アンジェラ達は勿論だが、ディエゴ達も極力リスクは回避したいはずだ。
「……ま、確かにそうだな。解ったよ。それじゃさっさと行くか?」
そして4人はカジノホテルの中に踏み込んでいった。
1階はフロントとロビーになっている。アンジェラはやはり屈み込むようにしてブルーチームの痕跡を辿っていく。屋内ではあるが廃墟となって久しく内部はかなり荒れているのが幸いして、痕跡を辿るのはやはり難しくなかった。
「階段を登っているな……油断するなよ」
慎重に階段を登っていく。ローランドは彼女を護衛するように鉈を構えて後ろにピッタリと張り付く。その後ろにおっかなびっくりのダリアが続く。ディエゴは殿で後方を警戒しながら、手斧を構えて臨戦態勢だ。
「……む?」
「どうしたんだい?」
2階に到達した所で、アンジェラが戸惑った声を上げる。ローランドが問いかける。
「いや……痕跡が分かれているようだ。階段の方向に進む痕跡と、この階の奥に進む痕跡だ。階段の方の痕跡は若干乱れがあるな」
「……つまりどういう事だ?」
ディエゴも訳が分からないという顔になる。アンジェラは首を振った。
「そこまでは分からん。言えるのはブルーチームの連中は二つの方向に進んでいるらしいという事だけだ」
「で、でも、この首輪があるから別行動は無理だよな?」
ダリアの疑問。
「そうだな。となると……どちらかに行ってから引き返した? という事になるのか?」
「……!」
ディエゴの首を傾げながらの言葉にアンジェラは目を見開いて、もう一度痕跡を詳細に調べてみる。そして得心した。
「ああ……なるほど。そういう事か」
「何か解ったのかい?」
ローランドの質問に頷く。
「ああ。恐らく連中はまずは階段を登っていったようだ。そして何らかの理由で引き返してきた。その後この階の奥のフロアへと向かったようだな」
どういう形のヒントだったのか分からないが、一度間違えて階段を昇っていき、その後間違いに気付いて二階に戻ってきたという事らしい。であるならば……
「とりあえずこの奥のフロアへ行ってみた方が良さそうだな」
ディエゴの言葉に全員が頷いて、奥のフロアへと進路を決める。ここまで来ると痕跡探しも必要ないので、ディエゴが先頭に立ちその後ろにローランドが続き、戦えない女達を庇うような位置取りで進む。
二階は大きなカジノフロアとなっているようだった。ルーレットやダイス、スロットマシンなどが、永遠に来ない再稼働の日を待ったまま朽ち果てていた。
「見晴らしが良くないな。油断するなよ?」
アンジェラが警告する。各種マシンの影には死角が大量にあるので身を隠す場所には事欠かない。物陰からいきなり誰かが飛びかかってくる事もあり得る。
慎重に進む一行。そしてすぐに『異変』に気付いた。
「お、おい。あれ……」
「……!」
先頭のディエゴが小さな声で何かを指差す。それを見たアンジェラは視線を厳しくする。ローランドとダリアは息を呑んでいた。
スロットマシンの列を抜けたやや開けた場所に、人が、二人、倒れていた。どちらもアフリカ系の男女だ。そして男は青いシャツ姿。女は青いタンクトップにショートパンツ姿で手錠足錠を付けたままの……
「ブ、ブルーチームだ……!」
ローランドの震える声。ディエゴが咄嗟に周囲を警戒する。そしてアンジェラに視線を向けた。
「おい、どうする? ありゃ明らかに死んでるぞ」
「……ここまで来て引き返す事はできん。何があったのか究明しなければならん。物資やヒントも回収せねば」
男の死体の側にはリュックが転がっていた。恐らくトランクから回収した物資の類いだろう。警戒しながら死体の側に寄る。幸か不幸かあの最初の二人組の襲撃を切り抜けた事で、ローランドやダリアなども死体に対して不必要に怯える事はなくなっていた。
ディエゴには周囲を警戒してもらい、ローランドに指示をして死体を調べる。
「う……」
ローランドがそれでも若干引き攣った声を漏らす。男の方は首輪が爆発したらしく、半分首が千切れかかっていた。床に血液が飛び散っている。それを見てダリアも青ざめている。
アンジェラは一切表情を変えず、冷静に女の死体の方もローランドに改めさせる。女の方は胴体に深い傷があり、そこから流れ出た血が床を染め上げていた。
「…………」
アンジェラはその傷の形状から見て、女は背中側から長めの刃物で刺し貫かれたらしいと判断した。
「どうだ、何か解ったか?」
「うむ……。どうやら不意打ちのような手段で女が後ろから刺されたようだ。恐らく男の方が助けたり守ったりする暇も無かったのだろう。そして女が即死した事で男の首輪が爆発した……」
ディエゴの問い掛けにアンジェラは確信を持って答える。状況証拠のみだが間違いないだろう。
「う、嘘だろ!? 一体何があったんだ? ほ、他のチームとかち合ったのか?」
ダリアも怯えたような声で周囲を見渡す。
「うむ、いや……どうかな。他のチームも我々と同じ構成のはず。即ち手錠や足錠の鎖をじゃらじゃらと鳴らす、文字通り足手まといの女が一緒にいるはずだ。このようなステルスアタックを一方的に成功させるのは極めて困難だろう」
「じゃ、じゃあ一体誰が……?」
ローランドが不気味そうに死体を見やりながら呟く。アンジェラはかぶり振った。
「分からん。だが余り長居は出来んな。早く情報と物資を回収してこんな所からはおさらばするべきだろうな」
誰もその意見に異存はないようだった。リュックにはペットボトルに入ったミネラルウォーターが数本、それにレーションのような簡易携帯食が詰め込まれていた。いくらかはこの二人が摂取したようだが、それでも切り詰めれば四人で分けても丸一日は保つくらいの量が残っていた。