Game27:黒い悪魔
文字数 3,262文字
同時刻。ブラックチーム。
焼けた人肉と錆びた水を摂取しながら(因みに途中の『ギミック』達やレッドチームの死体からも肉を『拝借』した。レッドの女の肉は柔らかくて美味しかった)ずっとグリーンチームの後を尾行してきたが、恐らく最終ポイントだろうとエドガールが断言したルネサンス・センターの手前で、彼が言う所の『もう一方のルート』の生き残りらしいホワイトチームが合流した。
男性の方は余り荒事が得意ではなさそうな眼鏡で細身の男性であり、ここまで無事に来れた事がロバータには信じられなかったが、エドガールによると相方の女性の方がかなり腕利きらしく、彼女の指示と作戦そしてサポートによって生き延びてきたのだろうとの事であった。
「……あの女は危険だ。慎重を期してもう少し距離を取るぞ」
どれだけ強いか知らないが、今のロバータと同じく手錠足錠で拘束されている女を随分警戒する物だと思ったが、特に彼の指示に異を唱える理由はないので大人しく従っておく。
そのまま慎重に尾行を継続すると、両チームは自動車メーカー本社ビルでの『前哨戦』を危なげなくクリアして、中央のホテル棟へと進んでいった。
もう少しだ。もう少しで彼等は『キー』を入手する。それを奪えれば自分達の『優勝』だ。自由への解放と……彼女を陥れた連中への復讐の道がすぐそこまで迫っていた。ロバータは高鳴る動悸を抑える事が出来なかった。
エドガールの方は相変わらず超然としていた。今はその機械のような感情の乏しさが頼もしかった。冷静に事を運ばなければ、最後の最後で足元を掬われるという可能性もなくはないのだ。
やがてホテル棟に入った二チームの前に一人の男が立ち塞がった。どうやらあれが『最終ギミック』らしい。その男はプロの軍人だか傭兵だかのようで、凄まじい戦闘能力を発揮してこれまで数々のギミックを潜り抜けてきた二チームを物ともせずに攻勢を掛け、遂にはあのホワイトチームの女にマウントを取ってナイフを突きつけてしまった。
こうなってはもう反撃は不可能だろう。女が死ねばホワイトチームは脱落。グリーンチームも彼等だけではあの男の相手は厳しいように思える。しかしそうなると困った事になる。
「……あれは少々手強いな。一対一ならともかく、お前を庇いながらでは負ける可能性もある」
エドガールも同じ結論に至ったようだ。そう。この忌々しい首輪のせいでロバータだけどこかに隠れているという訳にもいかない。戦いになったら彼女も姿を見せなければならないのだ。あの男はエドガールが手強いと見たら確実にロバータを狙う戦法にシフトしてくるだろう。ただでさえ素人だというのに、この手錠足錠のおまけ付きである。襲われたら逃げる事さえ出来ない。一溜まりもないだろう。
「……予定より少し早いが隠密はここまでだな。奴の隙を突く。あの女を殺そうとする瞬間であれば確実に周囲への警戒が疎かになるはずだ」
エドガールはそう言って、これまでの道中で拾い集めて研ぎ澄ませておいたガラスの破片を取り出し狙いをつける。
本当は連中が『最終ギミック』をクリアして、その後互いに殺し合って最後の一チームになった所を奇襲する予定であったが、『最終ギミック』が思いのほか手強かった。このまま連中が全滅すれば自分達が矢面に立たざるを得なくなる。それは先程挙げた理由でリスクが高い。
なのでここで介入せざるを得ない。ロバータも覚悟を決めた。そしてエドガールは恐ろしい程の正確さでガラスの破片を投擲し、三枚の破片だけであの男を見事仕留めてしまった。強いのは解っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。ロバータは自身の精神が高揚してくるのを感じた。
(大丈夫。予定は少し狂ったけど、他のチームは全員負傷してるし、ホワイトチームの男なんか放っておいても死にそうな感じだし、エドガールなら問題ないはずよ。……見てなさい。もうすぐよ。私を陥れた奴等……お前達の喉元にもうすぐ悪魔が忍び寄るわ。楽しみにしていなさい)
唖然とする他チームの前に姿を現しながら、ロバータは必ず訪れるであろう復讐の時を想像して、内心で激しく興奮していた。
****
「あれは……ブラックチーム? もう一方のルートはお前達が勝ち上がったのではなかったのか?」
ギュンターが死に九死に一生を得た形のアンジェラだが、些かも危機は減じていない事を本能的に悟っていた。オリエンテーションで彼女が最も警戒していたブラックの男……やはり死んではいなかったのだ。
問い掛けられたナタリアは顔を青ざめさせて唇を噛み締めた。
「てっきり女の方が死んで脱落したんだと思ってたのに……ちくしょう、ずっと尾けられてたって訳かい……。アタシらだけを戦わせて」
歯軋りせんばかりの表情とその台詞でアンジェラも状況を把握した。ナタリア達が『同盟』した挙句に追い落としたのはレッドチームだけだったのだろう。
(まずいな……)
ローランドの負傷はかなり深刻だ。まともに立つ事さえ厳しそうだ。少なくとも今すぐには。この状況では死神がギュンターからブラックの男に代わっただけだ。
だがアンジェラが何か起死回生の作戦を考え付く前に状況は動いた。
「テメェ……ざけんじゃねぇぞぉっ!? 散々俺達に働かせて、おいしいとこだけ持ってこうってのかぁぁぁっ!!」
野獣のような咆哮。アダムだ。ナタリアの台詞で、その足りない頭でも自分達が利用されていた事に気付いたようだ。まるで頭から湯気が立つかのような勢いで、瞬間的に沸騰した。
「『キー』は俺達のモンだぁっ!! テメェなんぞに渡すかぁぁぁぁっ!!」
「アダム!? 待ちな!」
怒り狂ったアダムはナタリアの制止も聞かずに、闘牛のような勢いでブラックの男に向けて突進した。両腕を広げてその木の幹のような太い腕で襲い掛かる。
「……っ! 馬鹿! 狙うなら女の方だよ! 女を狙うんだ!」
アダムを止められないと悟ったナタリアが声を枯らして叫ぶが、怒りから極端に視野狭窄に陥ったアダムにその言葉は届かなかった。
――そしてそれが命取りとなった。
無事な方の右腕が、一撃で頭を砕くかの勢いで撃ち込まれる。凄まじい速度で振り抜かれた拳を、しかしブラックの男は容易く掻い潜る。
「クソがっ!」
アダムはそのまま勢いを殺さずに男に組み付こうとする。ヴィクターのように首の骨を折るつもりか。だが男はアダムの腕を逆に掴み取ると、体格や膂力で勝っているだろうはずのアダムを容易く組み敷いた。何か特殊な力の入れ方をしているようだ。
(あの動きは……特殊部隊 の……!?)
アンジェラにだけは男の使う技術が類推できた。だがそれはこの状況下ではむしろ絶望を増す事にしかならなかった。
アダムは銃弾を撃ち込まれた手負いの獣のような唸り声を上げて暴れようとするが、彼を組み敷いた男は流れるような動作でサバイバルナイフを抜くと、一切の躊躇なくアダムの首の後ろにナイフを突き立てた!
「……!! ……ッ!!」
アダムがバネ仕掛けの人形のように飛び跳ねた。ナイフは延髄から橋の辺りを正確に貫いていた。恐るべき技術だ。あれだけ強健で暴れ狂っていたアダムが、嘘のようにあっさりと即死した。
……そして無情にもナタリアの首輪から電子音が鳴り始めた。
「ふ……くく……あはは……。最後の最後で……あの馬鹿を御しきれなかった事が命取りになっちまったかい」
ナタリアは乾いた笑い声を上げた。そしてゆっくりとアンジェラの方に視線を向けた。
「残念だよ。アンタとは知恵比べで決着を着けたかったけど……こんな形で退場とはね」
「ナタリア……!」
「一足先に地獄で待ってるよ。それか……アンタなら奇跡を起こせるかもね。その時はあいつらを地獄で歓迎してやるさ」
達観した表情になって口の端を吊り上げるナタリア。電子音はどんどん大きくなっていき……
――ドォォンッ!!
爆発音と共に血しぶきが飛び散った。首が半分千切れかかった状態で死んだナタリアは、そのまま地面に倒れ伏した。
焼けた人肉と錆びた水を摂取しながら(因みに途中の『ギミック』達やレッドチームの死体からも肉を『拝借』した。レッドの女の肉は柔らかくて美味しかった)ずっとグリーンチームの後を尾行してきたが、恐らく最終ポイントだろうとエドガールが断言したルネサンス・センターの手前で、彼が言う所の『もう一方のルート』の生き残りらしいホワイトチームが合流した。
男性の方は余り荒事が得意ではなさそうな眼鏡で細身の男性であり、ここまで無事に来れた事がロバータには信じられなかったが、エドガールによると相方の女性の方がかなり腕利きらしく、彼女の指示と作戦そしてサポートによって生き延びてきたのだろうとの事であった。
「……あの女は危険だ。慎重を期してもう少し距離を取るぞ」
どれだけ強いか知らないが、今のロバータと同じく手錠足錠で拘束されている女を随分警戒する物だと思ったが、特に彼の指示に異を唱える理由はないので大人しく従っておく。
そのまま慎重に尾行を継続すると、両チームは自動車メーカー本社ビルでの『前哨戦』を危なげなくクリアして、中央のホテル棟へと進んでいった。
もう少しだ。もう少しで彼等は『キー』を入手する。それを奪えれば自分達の『優勝』だ。自由への解放と……彼女を陥れた連中への復讐の道がすぐそこまで迫っていた。ロバータは高鳴る動悸を抑える事が出来なかった。
エドガールの方は相変わらず超然としていた。今はその機械のような感情の乏しさが頼もしかった。冷静に事を運ばなければ、最後の最後で足元を掬われるという可能性もなくはないのだ。
やがてホテル棟に入った二チームの前に一人の男が立ち塞がった。どうやらあれが『最終ギミック』らしい。その男はプロの軍人だか傭兵だかのようで、凄まじい戦闘能力を発揮してこれまで数々のギミックを潜り抜けてきた二チームを物ともせずに攻勢を掛け、遂にはあのホワイトチームの女にマウントを取ってナイフを突きつけてしまった。
こうなってはもう反撃は不可能だろう。女が死ねばホワイトチームは脱落。グリーンチームも彼等だけではあの男の相手は厳しいように思える。しかしそうなると困った事になる。
「……あれは少々手強いな。一対一ならともかく、お前を庇いながらでは負ける可能性もある」
エドガールも同じ結論に至ったようだ。そう。この忌々しい首輪のせいでロバータだけどこかに隠れているという訳にもいかない。戦いになったら彼女も姿を見せなければならないのだ。あの男はエドガールが手強いと見たら確実にロバータを狙う戦法にシフトしてくるだろう。ただでさえ素人だというのに、この手錠足錠のおまけ付きである。襲われたら逃げる事さえ出来ない。一溜まりもないだろう。
「……予定より少し早いが隠密はここまでだな。奴の隙を突く。あの女を殺そうとする瞬間であれば確実に周囲への警戒が疎かになるはずだ」
エドガールはそう言って、これまでの道中で拾い集めて研ぎ澄ませておいたガラスの破片を取り出し狙いをつける。
本当は連中が『最終ギミック』をクリアして、その後互いに殺し合って最後の一チームになった所を奇襲する予定であったが、『最終ギミック』が思いのほか手強かった。このまま連中が全滅すれば自分達が矢面に立たざるを得なくなる。それは先程挙げた理由でリスクが高い。
なのでここで介入せざるを得ない。ロバータも覚悟を決めた。そしてエドガールは恐ろしい程の正確さでガラスの破片を投擲し、三枚の破片だけであの男を見事仕留めてしまった。強いのは解っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。ロバータは自身の精神が高揚してくるのを感じた。
(大丈夫。予定は少し狂ったけど、他のチームは全員負傷してるし、ホワイトチームの男なんか放っておいても死にそうな感じだし、エドガールなら問題ないはずよ。……見てなさい。もうすぐよ。私を陥れた奴等……お前達の喉元にもうすぐ悪魔が忍び寄るわ。楽しみにしていなさい)
唖然とする他チームの前に姿を現しながら、ロバータは必ず訪れるであろう復讐の時を想像して、内心で激しく興奮していた。
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「あれは……ブラックチーム? もう一方のルートはお前達が勝ち上がったのではなかったのか?」
ギュンターが死に九死に一生を得た形のアンジェラだが、些かも危機は減じていない事を本能的に悟っていた。オリエンテーションで彼女が最も警戒していたブラックの男……やはり死んではいなかったのだ。
問い掛けられたナタリアは顔を青ざめさせて唇を噛み締めた。
「てっきり女の方が死んで脱落したんだと思ってたのに……ちくしょう、ずっと尾けられてたって訳かい……。アタシらだけを戦わせて」
歯軋りせんばかりの表情とその台詞でアンジェラも状況を把握した。ナタリア達が『同盟』した挙句に追い落としたのはレッドチームだけだったのだろう。
(まずいな……)
ローランドの負傷はかなり深刻だ。まともに立つ事さえ厳しそうだ。少なくとも今すぐには。この状況では死神がギュンターからブラックの男に代わっただけだ。
だがアンジェラが何か起死回生の作戦を考え付く前に状況は動いた。
「テメェ……ざけんじゃねぇぞぉっ!? 散々俺達に働かせて、おいしいとこだけ持ってこうってのかぁぁぁっ!!」
野獣のような咆哮。アダムだ。ナタリアの台詞で、その足りない頭でも自分達が利用されていた事に気付いたようだ。まるで頭から湯気が立つかのような勢いで、瞬間的に沸騰した。
「『キー』は俺達のモンだぁっ!! テメェなんぞに渡すかぁぁぁぁっ!!」
「アダム!? 待ちな!」
怒り狂ったアダムはナタリアの制止も聞かずに、闘牛のような勢いでブラックの男に向けて突進した。両腕を広げてその木の幹のような太い腕で襲い掛かる。
「……っ! 馬鹿! 狙うなら女の方だよ! 女を狙うんだ!」
アダムを止められないと悟ったナタリアが声を枯らして叫ぶが、怒りから極端に視野狭窄に陥ったアダムにその言葉は届かなかった。
――そしてそれが命取りとなった。
無事な方の右腕が、一撃で頭を砕くかの勢いで撃ち込まれる。凄まじい速度で振り抜かれた拳を、しかしブラックの男は容易く掻い潜る。
「クソがっ!」
アダムはそのまま勢いを殺さずに男に組み付こうとする。ヴィクターのように首の骨を折るつもりか。だが男はアダムの腕を逆に掴み取ると、体格や膂力で勝っているだろうはずのアダムを容易く組み敷いた。何か特殊な力の入れ方をしているようだ。
(あの動きは……
アンジェラにだけは男の使う技術が類推できた。だがそれはこの状況下ではむしろ絶望を増す事にしかならなかった。
アダムは銃弾を撃ち込まれた手負いの獣のような唸り声を上げて暴れようとするが、彼を組み敷いた男は流れるような動作でサバイバルナイフを抜くと、一切の躊躇なくアダムの首の後ろにナイフを突き立てた!
「……!! ……ッ!!」
アダムがバネ仕掛けの人形のように飛び跳ねた。ナイフは延髄から橋の辺りを正確に貫いていた。恐るべき技術だ。あれだけ強健で暴れ狂っていたアダムが、嘘のようにあっさりと即死した。
……そして無情にもナタリアの首輪から電子音が鳴り始めた。
「ふ……くく……あはは……。最後の最後で……あの馬鹿を御しきれなかった事が命取りになっちまったかい」
ナタリアは乾いた笑い声を上げた。そしてゆっくりとアンジェラの方に視線を向けた。
「残念だよ。アンタとは知恵比べで決着を着けたかったけど……こんな形で退場とはね」
「ナタリア……!」
「一足先に地獄で待ってるよ。それか……アンタなら奇跡を起こせるかもね。その時はあいつらを地獄で歓迎してやるさ」
達観した表情になって口の端を吊り上げるナタリア。電子音はどんどん大きくなっていき……
――ドォォンッ!!
爆発音と共に血しぶきが飛び散った。首が半分千切れかかった状態で死んだナタリアは、そのまま地面に倒れ伏した。