第15回 母が願う 娘が縋る

文字数 7,594文字

 目が覚めたときには、もう日は高く上がっているようだった。セディカはしばし、この小屋の中で起きたので正しかったろうかと考えて、正しかったと結論づけた。寺院で眠った後にトシュに起こされて逃げ出し、トシュの毛皮で眠った後にジョイドに起こされて小屋に移ったのだ。
「よく眠れた?」
 ジョイドが爽やかに尋ねるから少々混乱をしたが、セディカの方から言い出すまで、昨日の一件には触れないことにしたのかもしれない。トシュが何だかそっぽを向いたは照れ隠しだろうか。照れるような話を、昨夜、聞いた。
「……あの寺院はどうなったのかしら」
 遅い朝食に出された果物を口にしながら、その合間にようやく少女は呟いた。青年たちは顔を見合わせる。そんな反応をされては怖くなるのだが。
「離れは焼け落ちたらしいわ。あの後、風が出てな」
 山の精霊に聞いた、とトシュは言った。
「泊めたやつを殺そうとしたのはあれが初めてだとよ。常習だってんなら放っとくわけにもいかねえが、被害者が俺らだけじゃなあ」
 自分の復讐は慣れとらん、と〈錦鶏集う国〉国王の殺害者を神の前へと追放した青年は肩を(すく)めた。
「離れが焼けただけじゃ、(ばち)が当たったとは言えないだろうなあ。元々、離れは諦めるつもりで火を点けたんだろうから」
「その点は安心しな、マントは誰かが持ち逃げしたってよ。院主は()(だん)()踏んで悔しがったろうな」
「誰か?」
「いやまあ、誰だかも聞いてるが」
 ううん、と考えあぐねるように首をひねってから、青年は少女に目を向けた。
「マントは、惜しいか?」
「……あんまり、わたしのものだっていうつもりでいなかったんだけど」
 〈錦鶏〉の偽国王を追い払うために、一体、自分が何をしただろう。いや、巫女に(ふん)したり芝居に付き合ったりはしたのだが。
「惜しいっていうわけじゃないけど……陛下のお気持ちを、無にすることになるのかなとは、少し……」
 そこで止めたのは、取り戻したいというようなことを言ってしまえば、二人はその持ち逃げ犯を追うのではないかと思ったためだ。人間相手であれば、それほど難しいことではないのかもしれないけれど——面倒では、あるだろう。
 言いかけたことを撤回するように、苦笑してみせた。
「高い授業料ね。対抗して見せびらかしたりするんじゃなかったわ」
「俺らが悪いのか、あれは?」
(あお)ったと言えなくもないけど、流石(さすが)にあそこまでやる向こうが悪いと思うなあ」
 二人も苦笑する。
「じゃあ、このまま——行こうか。(せっ)(かく)無事だったのに、深入りして危ないことになってもなんだしね」
 ジョイドの言葉に頷いた。殺人未遂と盗難を放置するのも、正しいこととは言えないだろうけれど——自分のためなら、もう、いい。

「〈金烏〉って、(からす)よね?」
 セディカは片手を目の上にかざして、太陽を見上げるようにした。
「でも、龍の()く車に乗ってるんでしょう? 自分で飛ばないの?」
 そんなことを質問されても困るだろうか、とも思ったものの、
「〈日追い〉にまとわりつかれるようになってから乗り出したって聞いたぞ。まあ、一説だが」
 考え込む様子もなく返事があった。狼に関係することはやはり詳しいのか。
「他の太陽が射落とされてからだっていう説もあるよ」
「太陽は元々五個だか十個だかあったんだってやつな」
「〈金烏〉は太陽そのものとして扱われることもあるし、太陽の中に()んでるって言われることもあるし、太陽を背に乗せて運んでるって言われることもあるからね。龍の牽く車に乗ってるっていうのも説の一つにすぎない」
 鳥のことになるとジョイドが詳しい。鳥、とは大きな(くく)りだが。
「大体、天上のことが地上に正確に知られてるわけがないんだよね。本当のことが一部だけ知られたとしても、想像で補われたり、伝承されるうちに変容したりするはずだし」
 何だか身も(ふた)もないことを言われたような気がする。
「〈金烏が羽を休める国〉には、そう名乗るようになるより前から太陽の鳥の伝説があってね。天まで届く高い木があって、その天辺で太陽の鳥が休むって言われてたんだ。ある豪傑が自分の腕を示そうとしてその霊樹を斬り倒してしまったから、国が衰えて帝国に服従する破目になったんだ、なんていう話もあるよ」
「その頃はその鳥を〈金烏〉とは呼ばなかったの?」
「この国では、最初はね。——〈金烏〉のことは、本気で話せば長くなるけど」
 聞きたい? とジョイドは笑った。遠慮しとくわと苦笑されることを想定したのかもしれないけれど、ちょっと聞きたいかも、とセディカは答え——そう答えたことを後悔したほどの講義を、浴びた。
「いつも二人が使ってるのって、全部仙術なの?」
 そう訊いてみたのは街道を歩いていたときだ。実は半分ぐらい妖術だと答えることも、今なら可能だと気がついたのである。気になっていたというほどでもないが、寺院なり町なりに着いてしまったら訊けなくなるので。
「……痛いところを」
 トシュは言葉通りの顔をした。
「一応、仙術のつもりだが。仙術としてうまくいかなくても妖術の方で何とかなるだろと思ってるところも、まあ、ある」
「そうだね。実を言うと修行は結構怠けてるし」
「……仙術のつもりで実は妖術になってた、っていうことがあるものなの……?」
「そりゃまあ、物によるけどな。()き手じゃない方を使うつもりが気がついたら利き手でやってた、みたいなことはありうるんだわ」
 わかりやすい(たと)えであるように感じたものの、的確な譬えであるかどうかはセディカには判定できないところである。
 何事もなかったかのように旅路は続いていた。セディカの方からあれこれと尋ねることが多くはなっただろうか。もうじき〈高寄と高義と高臥の里〉に着くのだと——二人と別れることになるのだと意識されるから、できるだけ喋っておきたくなるのかもしれない。
 〈慈愛の寺〉から逃げ出してからは、特に危ない目にも酷い目にも見舞われなかった。野獣にも妖怪にも悪人にも行き合わず、真っ当な宿屋や寺院に何度か泊まって、客商売や聖職者として妥当な心遣いや、時にはもう少し上乗せされた親切を受けた。この世と同じく、〈金烏が羽を休める国〉に失望する必要もない。
「明日には着きそうだね」
 夕食のパンを並べながらジョイドが言ったのは、宿屋ではなく例の小屋で日暮れを迎えたときだった。昨日、一昨日にも予告されたことだったが、セディカはこっそり、胸を押さえた。明日の今頃は——二人と一緒に、いないのか。
「最後になるなら、三味と琴をもう一度聴いとくか」
 トシュの言葉に、だが、頬が緩む。
「リクエストはある?」
「そりゃ、〈狼からの逃走〉だろ」
「俺は〈摩天楼の主〉が聴きたいな」
「……なんで二人ともちょっと難しいのを言うの」
「それと」
 トシュは待ち針を引き抜いて、ひょいと手頃な大きさにした。
「〈四三二の獅子〉だな」
「——うん」
 目を細めて、セディカは頷いた。

「結構、町だな。『里』っつうからもっと村里っぽいのかと思ったわ」
「この辺りはね。守り神の(やしろ)がある方はまた雰囲気が違うみたいよ」
 青年たちの感想を聞きながら、少女は深呼吸をした。祖父の故郷——自分も母も会ったことのない、故郷にいるのかもわからない、祖父の。
祖父(じい)さんの姓は何だって?」
 確認してから、トシュが通行人を捕まえた。小さな里であればともかく大きな町なのだから、個人の名前だけでは大した手懸かりにはならないのではないかと思ったものの、
「薬屋の?」
「薬屋なのか?」
「知らないけど」
「まあ、違っていたらそこで訊けよ。あの店の人は詳しいから」
 相手は困る風もなく道を教えてくれた。その通りに行けば、やがて大きな店が見えてきた。間口の広さだけで繁盛具合が窺えるようだった。
 トシュがずかずか入っていって、今度は手近な店員を捕まえる。
「主人はいるか」
「どういったご用件で」
「名前言ったら通じるのか?」
「あ……ええと」
 通じるのだろうか、と迷っていると、一人の女性が歩み寄ってきた。奥様、と店員が振り返る。
「店主の妻です。わたしでも聞けるお話ですか?」
「あ、の」
 セディカは唾を呑んだ。
「セディカ、といいます。……ご存じですか?」
 女性は目を(みは)った。
「イノッカの……娘さん?」
 不意を()かれたかのように、涙がこみ上げた。母の名。母の名だ。
「——二番を使います。こちらへどうぞ」
 店員に言い置いて、売り場の横に三つ並んでいる小部屋の真ん中へ、店主の妻は三人を導いた。
「〈みそか姫〉か?」
 部屋を見回して、トシュが呟く。テーブルと椅子と戸棚だけの簡素な部屋の、正面の壁の天井近くに、版画と思しき絵がかけてあった。三人の仙女が舞い遊んでいる、そのうちの一人のことを言ったのだろうか。
「薬屋ですから。人に聞かれたくないような薬を必要とする方もいらっしゃいますから、そういうときはこれらの部屋で伺います。ここを使ったことで察しがついてしまっては本末転倒ですから、特に理由がないときも適宜」
「それで『秘密』と『安心』と『清廉潔白』ですか」
「レアなとこ突くなと思ったんだわ」
 秘密にします、安心してください、後ろ暗いことはありません——「秘密」や「安心」の象徴となりうる仙女のことを、セディカは特に知らなかった。(もっと)も、店主の妻は思いがけなく褒められたような、どぎまぎしたような顔になっていたから、有名な仙女でも組み合わせでもないのかもしれない。通じただけで、同好の士がいたかと嬉しくなるような。
 促されて、セディカは椅子にかけた。店主の妻が向かいに、トシュとジョイドが左右に座る。まるで本当に長年寄り添ってきた従者であるかのようだ。山で拾っただけだと、トシュが早々に断ったが。
 店主の妻の言うところでは、その舅、即ち店主の父親が、セディカの祖父の長兄になるらしかった。つまり、店主は従伯父(いとこおじ)——母の従兄(いとこ)に当たるわけだ。祖父の長兄は隠居して久しく、祖父は未だに腰を落ち着けず国外をふらついているようだった。
 母とは年に一度、新年の挨拶を交わしていたという。従伯母(いとこおば)と、というよりは、この家と、だ。儀礼的な時候の挨拶。
「五年くらい前から連絡がなくなったから、どうしたのかしらと思っていたの」
「五年前」
 セディカは膝の上で(こぶし)を握った。伝わっていないのか。
「——亡くなって」
 従伯母は奇妙な顔をした。
「……三日前じゃなくて?」
「三日前?」
 こちらが訊き返す番だった。
「……そうよね。三日でここまで来られるわけがないもの」
 独り言のように呟いてから、従伯母はしばし、口元を押さえて沈黙した。
「三日前に、夢を見たの。イノッカが」
 顔も声も知らないのにイノッカだとわかった、と挟んで。
「娘をお願いします、って。娘を助けてくださいって、何度も頼むの」
「……お母様、が……?」
 呆然とするセディカの横で、そう来たか、とトシュが額に手をやった。
「な、何? 何か知ってるの?」
「あー……あのな……どの寺院に寄ったときだったか忘れたが、おまえのお母様が一度だけ、この世の人間の夢に出てこられるように……まあ、おまえに同情して、祈っとくって言ってたやつがいたんだわ。おまえの夢に出てくるもんだと思ったが」
「一度だけだったから、か」
 半ば解説、半ば独り言のようにジョイドが添えた。
 お母様が、と少女は繰り返した。夢の中でも、一目だけでも、会いたかった——けれど——一時の再会よりも、これからのための布石を、母は——選んだのだ。

 トシュとジョイドを見送りに外へ出た。大きな町であることだし、何日か滞在する予定だ、という。従伯母は気を利かせてか、先に店の中へ戻っていた。従伯父の帰りは遅くなるというから結論はまだ出ていないけれども、従伯母の心は決まっているようだった。
「父親のことは放っといていいんだな?」
「お父様が反省するとは思えないもの。従伯母(おば)様たちが——付き合わされる人たちが迷惑するだけだと思うわ」
 大体、〈金烏〉から帝国貴族を告発しようなど、非現実的な話である。
 父が言っていた祭祀の話は根も葉もないと知れた。元々疑っていたのだし、祖父の実家には母の死すら伝えていなかったわけだから、今さら驚くことではない。
「でも、わたしがこのことを隠したら……混血の子供がこっそり殺されることがあるっていうことを、隠(ぺいい)したことになるかしら……?」
 声を上げなかった(かど)(きゅう)弾されるべき、卑劣な悪事だろうか。被害者がたまたま自分であったからといって。
「気になるのがそこなら、噂を流してやってもいいぞ。次に俺らが帝国に行ったときでよけりゃ」
 親切と名づけてよいものかわからないことをトシュが言う。
「折角、生きて逃げられたんだもの。平穏に暮らしていいと思うよ」
 ジョイドも甘かった。
 そもそも、誰一人として養育の恩や親孝行を持ち出さないことだって、勝手が違う。殺されかけても親扱いをし続けなくてはならないのかと、訴えるところまで辿(たど)り着かない。結構なことではあるのだが。
「……運がよすぎるみたい」
「これまでの埋め合わせと思いなよ」
 これには薄い笑いで応じる。そんなことはない。埋め合わせなどありはしない。母は何の救いもないままに死んでいったのだから。
 ただの偶然だ。ただの幸運だ。辛抱強く耐えてきた報酬ではない。自棄(やけ)を起こさず真っ当に生きてきた褒美ではない。従伯母に——そしてトシュとジョイドに、恵まれた、だけのこと。
 ……差し伸べられた手を素直に取った結果、ではあるかもしれないが。
 と、トシュが表情を改めた。
「一個いいか。テュールっつったな?」
「ああ」
 気まずく、セディカは目を()らした。
 話している中で、従伯母が口にしたのだ。テュールの家、と。文脈から察しはついているだろうが。
「……お父様の姓」
「じゃ、ミクラってのは何だ」
「……お祖母(ばあ)様の姓……お母様の、旧姓」
 セディカ=ミクラ。そう名乗った。出会ったときに。
「……お父様の姓なんて、名乗りたくなかったんだもの」
「……素でそういうことを!」
 トシュは天を仰いだ。
「〈武神〉の子孫じゃねえか!」
「分家よ」
 地上に下りてきた〈武神〉と山神の娘との間に生まれた一男を祖とすると伝わるテュール家の、本家はとっくの昔に本拠地を帝都に移しているし、一族が(おこ)ったのは帝国の東方だ。西方にいるのはかなり昔に枝分かれした分家にすぎない。
 本名でなくたって、支障が出ることもないと思ったのだ。テュールという姓がまさか、自分を助けた青年にとって、意味のあるものだとは思わなかったのだ。狼と人間らしく付き合うことになるとも。
 予想された反応ではあったものの、つい、セディカは寂しげに微笑んだ。
「〈武神〉の血は、嫌い?」
「……いや、そりゃ、好きか嫌いかと訊かれたら好きだとは言えねえが」
 何とも正直に答えてから、青年は少女をみつめた。やがてふっと、力を抜く。
「それでおまえを嫌うほどじゃねえよ」
 そう言ってくれるような気はした。

「すごい撃沈っぷりだね」
 ベッドに突っ伏したきりのトシュに、見兼ねたのか飽きたのかジョイドが声をかけた。宿屋をみつけて借りた部屋に落ち着くまで抑えたことを評価してほしいところなのだが。
「すると何か、俺は『あんたの子孫の面倒を見た代わりにこっちの始末はつけてくれ』っつってあの獅子を送りつけたことになんのか?」
 伏せたまま、ぼやく。時間がかかっても〈侍従狼〉に宛てておくのだった。
「畜生、誰が糸引きやがった」
「〈連なる五つの山〉を越えようかって言っちゃったのは俺だし、女の子の声がするって気づいたのも俺だけど」
 てめえか、天の手先が。
 と、こちらは冗談で言えるけれども、あちらが本気で傷つきそうなのでそれは控えた。自制が()かなくなるほど受け入れがたいわけではない。今からでもセディカを〈連なる五つの山〉に捨て直してきたいわけでもなかった。だが、——狼としては途轍もなく、してやられた感がある。
 絶対誰かの作為であるに決まっている。偶然であって(たま)るか。
「ところで、夢の話は本当はどこで聞いたの?」
「あん? ああ、爺さんだよ。薬をねだるついでに母親の話も振ってみたらな」
「……どうやったらご老公にあんなサービスしてもらえるの?」
「どうとか言われても」
 (おど)しつけても(なだ)(すか)してもいないのに、認められるのはこのくらいだと向こうから言ってきたのだ。
「……てことはあの爺さんの仕業か? あの爺さんが実はバックについてやがったのか、あいつの」
「結局その話に戻るのね?」
 本を置いたらしい音がした。ということは本を読んでいたのかと、今の今まで気づかなかったほど、参っていたらしい。
「最初からテュールの子だってわかってたら、どうした?」
「……どういう態度取ってたかわかったもんじゃねえな」
 嘆息する。これでよかったのだ。セディカは——セディカ=テュールなどと呼んでやるものか——母に死なれ、父に疎まれた、とある一人の少女は、救われた。
 今になって素性を明かされたのは、やはり、絶対、誰かが意図した嫌がらせに決まっている——というか、そうでなければ気持ちのぶつけどころがないのだが。
 ……嫌がらせなら、まだしも。
 〈武神〉への憎しみを転嫁して、罪のない少女を不当に苦しめるような、悪者らしい愚でも犯すことを狙ったのだとしたら。
「よし、わかった。その喧嘩買ってやる」
 狼はむくりと起き上がった。

「——厄介事の種だな」
 夜の薬屋に蚊に化けて忍び込んだトシュは、灯りが漏れてくる部屋の中に、その灯りが漏れている扉の隙間からすっと入った。
「あの子じゃないし、イノッカでもない。叔父(おじ)貴だよ。手製の薬を飲んでいたから子供が生まれるはずはない、の一点張りなんだから」
「叔父様が何と言おうと関係ないわ」
 店主の妻と、もう一人は店主だろう。
「……諦めたのよ。子供は」
 両方の顔が見える角度と高さを探して、トシュは壁に張りついた。
「諦めたところに、わたしたちに頼るしかない子供が来るなんて」
 テーブルの一点を睨むようにして、妻はしばし沈黙した。
「わ、わたしに、セディカを回すために、イノッカが死んだみたいで……」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
 夫が少し強く叱った。それから声を(やわ)らげて、
「イノッカが死んだのは五年前なんだろう。時期だって合わない」
 唇を引き結んだ妻が、顔を上げて目を合わせる。
「叔父貴が戻ってきたときに揉めればいいさ。そのときのことを考えると今から頭が痛いが、どうせそうそう戻りやしないしな。幸い、子供の四、五人くらい養う余裕はあることだし」
 あの子はいい子のようじゃないか、と微笑む夫をしばらくみつめてから、トシュは静かに飛び立って外へ出た。
 この様子なら本当はもう、セディカにかかずらう必要などないのだろうけれど。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み