佐倉さんは、特別職な公務員(ボランティア)

文字数 1,520文字

「”民生・児童委員、主任児童委員、社会福祉協議会とは”。ふむふむ、……あ!ごめんなさい」
 昼休み。
 庁舎一階にある売店に行こうとして、「無田(むた)文書(もんじょ)」に気を取られていたのが悪かったのだろう。
 ぶつかってしまった人に、慌てて頭を下げた。
「あら、有田さんじゃないの。ちゃんと前を見てないと危ないわよ」
「佐倉さんでしたか!よかった~って、いいわけないですね。申し訳ありませんでした。定例会、お疲れ様です」
 90度に腰を曲げて、最敬礼。
 新人のころからお世話になっている主任児童委員・佐倉さんでなければ、「役所の人間のくせに」とクレームの嵐だったことだろう。
「あら、それ無田(むた)君の資料?有田さん、勉強熱心で嬉しいわ」
「照れちゃいますよ?でも、無田(むた)先輩のだって、なんでわかったんですか?」
「その手書き風のフォント、使うの無田(むた)君くらいでしょ」
「そういえば、そうですね。……なんでだろ」
「似てるのよ」
「何にですか?」
「これからお昼?」
 丁寧親切がトレードマークのような佐倉さんにはぐらかされてしまって、ちょっと戸惑う。
「もし、誰とも約束がないなら、ちょっとおばさんにつき合わない?庁舎前のお蕎麦屋さんの割引券持ってるから、行きましょ」
 なぜだか「嫌」とは言えない雰囲気に、佐倉さんの背中を小走りになって追って、エレベーターに乗り込んだ。

「すいててよかったわね」
 前の席に座る佐倉さんは、さっきの妙な雰囲気はなかった。
無田(むた)君のレジュメ、なんて書いてあるの?」
「えっと、”民生委員は児童委員を兼ね、100周年を迎えた歴史ある制度。主任児童委員は児童福祉を専門的化するために、1994年に制定された”。あとは”無報酬の特別職地方公務員である”」
「その”特別職”のところ、フリガナある?」
「ないです」
「よく見て」
「え~、ないです」
「そう?なんちゃって”って振ってない?なんちゃって地方公務員」
「あはは!」
「大事よ?”公務員だからって偉そうに”っておっしゃる方もいるから、”なんちゃってですぅ”って答えることにしてるの」
「いずこも同じですねぇ」
「有田さんは、

公務員でしょう」
「いや、その」
 箸を置いて、思わず口ごもってしまう。
 とっつきにくい無田(むた)先輩の代わりに、チョロい後輩が目の敵にされること多数。
 課の間での連絡が不十分だったせいで、余計な手間がかかった仕事も、無きにしも非ず。
 無田(むた)に言え、無田(むた)に!と思うこと無数。
無田(むた)君、余計な人に余計なこと言わないからねぇ」
 エスパー?!
「こっちに尻拭いさせるなって言わずに、無言を貫くのよね」
「そのあおりを受けてます」
「有田さんも無視すれば?」
「怒られますよぅ」
「無茶を言うのは相手なんでしょ?」
「そうですけど。でも、こないだなんか……」
「あー、振興課ね。それ、心当たりあるから、言っておいてあげる」
「ほんとですか?!でも……」
「大丈夫よ。しがらみのない”なんちゃって”公務員にお任せあれ。主任児童委員を欠員させたら、次を決めるの大変だもの。

、対応してくれると思うわ」
「佐倉さん~!」
 後光が差して見えて、思わず拝んでしまう。
「でも、無田(むた)君も同じなのよ」
「え、無田(むた)先輩はボランティアじゃないですよ。ちゃんと給料もらってます」
 ぷはっと吹き出した佐倉さんは、唇に引っかかったゼンマイをちゅるっとすすった。
「そっちじゃなくて、しがらみがないの。彼はね、いつ辞めてもいいやって思ってるはずだから」
「え?」
 そんなふうには見えないけれど。
 毎日、強烈に傍若無人な無田(むた)先輩なのだから。
「有田さん、このあとちょっとお茶する時間ある?」
 その口調は、きっと何かある。
 察した私は、何度もうなずいて了承を示した。 
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