きっかけ

文字数 865文字

その夏祭りから、2年後の秋。
 
 夜のコンビニで見かけた兄妹(きょうだい)に、思わず目が釘付けとなった。
 だって、もう9時をとっくに回っているのに、ふたりきりだったから。
 
 お弁当コーナー前にいた兄妹(きょうだい)は、おにぎりをひとつ、肉まんをふたつ買って外に出ると、その場で食べ始めたようだ。
 兄は私を覚えているかもしれない。
 知り合いに見られるのはイヤだろう。
 探偵のように、棚の影からガラスの向こうを見守っていると、食べ終わったごみをきちんとゴミ箱に入れて、兄と妹は帰っていった。

 中学に上がったばかりの兄と、小学三年生の妹。
 それが子供たちだけで……。

 その衝撃的な姿を見てから、さらに数年後。
 ゴミステーションのふたを閉めた背中に、声がかかった。
「おはよう」
 振り返ると、裏隣に住んでいる町内会長さんだ。
「おはようございます。やっと涼しくなってきましたね」
「残暑が長かったものねえ。ねえ、あなた、お仕事してる?」
「実家の家業の手伝いくらいです」
「なら、お時間はあるわよね」
「えー、町内会の役員ですか?私みたいな若輩者には務まりませんよぅ」
 子供会の役員をやっているころに、町内会の役員を探しているという話を聞いていたので、予防線を張ってみたのだが。
「町内会は大丈夫、人は足りてるから」
「そうなんですか?」
 ならばなぜ、という疑問は、すぐに解決した。
「あなた、主任児童委員をやりなさい」
 いきなりの「やりなさい」に驚きはしたが、それに続いて説明された「主任児童委員」の役割に、心が動いた。
「へぇ、0歳から18歳までの子供が対象で、学校や行政と連携して当たる役職なんですね」
 胸に浮かんだのは、あの兄妹(きょうだい)の姿。
 学年が上がるたびに表情が沈んでいく兄に、たびたび同じ服を着ている妹に、やきもきしていた矢先だった。
 「特別職公務員」という立場があれば、もう少しできることがあるかもしれない。
 その日のうちに家族に了承をもらい、翌日にはOKの返事を町内会長さんへと持っていった。
 
 その役職の真の姿を知るのは、もう少しあとのこと。
 騙されたとは、思わないけれど。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み