むかしばなし

文字数 1,064文字

 公会堂前の公園ベンチに座って、コンビニのホットコーヒーを一口。
 芝生広場では、近くの保育園から来ている園児たちが、元気に走り回っていた。
「あら、あの子、”赤ちゃん訪問”に行った子かな?」
「主任児童委員さんに赤ちゃん訪問員さん。佐倉さん、大活躍ですね。そんなにお引き受けになるきっかけは、なんだったんですか?」
「そうねぇ……。今からする話はフィクションであり、実在の人物、団体、事件とは関係がありません。けど、有田さんもれっきとした公務員だから、守秘義務はある」
「はい?」
「むかしむかし、あるところに、ひとりの男の子がいました」
 いつだって、ほがらかを崩さない佐倉さんなのに。
「妹の面倒をよくみる、優しい子でした。その男の子が小学校5年生の夏休みには、子供会の出し物、かき氷係になって大活躍」
 重い口をやっと開くような様子で、佐倉さんの話は続いた。

 酷暑の陽射しが容赦なく照りつける公園だったけれど、町内夏祭りは大盛況だった。
 とりわけ、行列が絶えなのは。
「おばちゃん!ブドウにして!」
「あたし、カルピス!自分でやっていい?」
「お兄ちゃんにかけてもらって。はい、次の子、チケットちょうだい。何味?イチゴ?」
 50円でたっぷりのシロップがかけられたかき氷は、大人にも子供にも大人気。
「まっすぐ持たないと、こぼすよ」
 手際よくかき氷をちびっこに渡していくのは、子供会の頼もしい高学年チームだ。
「お手伝いスタッフは食べ放題だからね。空いてる時間に、自分たちで作っていいよ」
「やったー!」
 ちょっと大きいとは言っても、小学生。
 無邪気に万歳をする姿はカワイイ。
「お兄ちゃん」
 その声に振り返ると、シロップ係の男の子のTシャツの裾を、今年入学した妹が引っ張っている。
「お金、持ってきた?」
 こそっと尋ねられると、小さな頭がフルフルと横に振られた。
 困った顔をしている兄妹(きょうだい)と行列を見比べて、パンパン!と手を叩く。
「すいてきたから、順番で休憩しよう。前半はー、よし、5年生チームでいこうか!おなかが痛くならない程度に、いっぱい食べてね!」
 そして、男の子のかき氷カップに二本のスプーンストローを差して渡すと、妹の目がぱっと輝いた。
「あの、でも」
「お手伝いの人は、かき氷食べ放題だよ!何杯でもおかわりして」
 そっと背中を押すと、男の子はペコリと頭を下げて、つぶやいた。
「ありがとう、ございます」
 普段は無口なその子のつぶやきを聞いた、西日差す夏祭りのテント。
 兄妹(きょうだい)の背中を見送ったあの日には、あんなことになるとは、思ってもいなかったのだけれど。
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