無田先輩

文字数 712文字

 パソコン画面で、各「地区民児協」から送られてきた「民生委員活動集計表」をまとめていると、ぬっと横に立った誰かのせいで、手元に影ができた。
「暗いです」
「有田の将来性か」
「ひどいです。無田(むた)先輩の性格よりはましです」
「俺は暗くはない」
「そうでした。無遠慮なだけでした」
「有田に対する遠慮なんかあるか」
「嘘つかないでくださいよ。誰にも遠慮なんかしないくせに」
「地域お歴々には挨拶をしている」
「挨拶イコール遠慮じゃないです。ところで、なんの用ですか」
「ほら」
 見上げれば、静止画像なのかと思うような無田(むた)先輩が、何かのレジュメを手渡してくる。
 整い系で、しかも、「ザ・公務員」な髪型なのでホントに不気味。
「なんですか、これ」
『民生・児童委員、主任児童委員、社会福祉協議会(社協(しゃきょう))とは』 
 デカデカとした、真っ赤な文字のタイトルが目を貫いた。
 もうちょっと、目と後輩に優しいレイアウトはなかったのだろうか。
「シャキョウって、お寺でやるアレですかと言っていた玉ねぎ頭にプレゼントだ。どうせ調べても、よくわからなかっただろう」
「ですね。情報多すぎで。昔っからある制度だってことくらい」
「曖昧にしたまま、地域の善意に頼ってきたところもあるからな。まあ、読んでおけ」
「ははー」
 ありがたく押し頂くと、頭上から「徹子の部屋」のテーマソングが降ってきた。
 あの仏頂面で鼻歌とは。
 殊勝な態度がお気に召したのだろうか。

 そうは言っても、無田(むた)先輩がくれるレジュメはわかりやすい。
 詳細よりも、本当の基本だけをきっちり抑えてくれるから、新人としてはどんなマニュアル本より重宝している。
 
 私は遠ざかる「るーるる、るるる、るーるる」に向かって手を合わせた。
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