第零話 プロローグ

文字数 2,199文字

神々の楽園にて主神オーディンとそれに反旗を翻した神々の戦争が起こった。そこは楽園と呼ぶには余りにも荒れ果て、荒廃し、見渡す限り数多くの亡骸が横たわる。何方が勝つとも負けるとも見分けがつかないような光景にその戦いが如何に長く激しい戦いであったかが伺える。そんな悲しい戦いに終焉が訪れようとしていた…

「オーディン王よ…何故……何故、私は…
私達は同じ様に愛しては下さらなかったのですかっ!」

悲しい目で主神オーディンと対峙している1人の青年が居た。名をフェンリル。オーディンの弟ロキの息子であり、オーディンの甥っ子である。
フェンリルは生まれた直後には皆から愛され可愛がられていたが、ある日「凶星の子」として予言されてしまい深く暗い地下牢に投獄されてしまった。
長い長い投獄の末に彼の心は深い悲しみの谷に落ちてしまった。ある日、父であるロキがオーディンに反旗を翻し、またフェンリルも反乱軍に救出され戦いに参加した。次々に倒れていく仲間達。孤軍奮闘の中、遂にオーディンを追い詰めたフェンリルであったが…

「くどいぞフェンリル!
せめて我の一撃で安らかに眠るがいい!」

オーディンの凄まじい一撃がフェンリルを襲う。
満身創痍の体でフェンリルも踏み込んだ。左肩を貫かれたフェンリルだが勢いは止まらなかった。最後の力を必死に振り絞り、遂にに右手の刃がオーディンの胸を貫く。

「ぐわあああああああ」

王の断末魔が響き渡る。フェンリルも力が抜け膝から崩れ落ちた。かつての王と寄りかかる様に。余りにも深い悲しみから、その目からは静かに涙がこぼれ落ちた。

「王よ…」

その時である。一瞬の隙を見逃さなかったオーディンの息子、ヴィーザルがフェンリルの脇腹に剣を突き刺す。

「ぐはっ…ヴィーザル…
くそっ駄目だ。力が…意識が……………」




俺は死んだのか?意識はあるが夢でも見ている様だ。身体はどこも痛くはないが動かない。そして軽い…沈んでいるのか浮いているのかイマイチハッキリとしない。薄っすら目は開いているが何も見えない。いや真っ白だ。真っ白な空間だ…ここは何処だ。

「…リル、フェンリル」

どこからか声が聴こえる。聴き覚えのある声だ。この温かいく優しい声。聴きまごう事などある筈がない…母の声。

「聞こえますかフェンリル。優しく、そして可哀想な我が子。せめて、次は温かく幸せな人生を。私の加護と共に。生きて…私の可愛い子フェンリル。」

(嫌だ…母さん。待ってくれ母さん。母さーん)

必死に呼びかけ様とするが声が出ない。身体も動かない。なんとか藻掻こうとするが徐々に意識が薄れて行く。

(母……さ………)





   〜星霊暦2679年12月某日〜



人が住まうアルコル大陸では大変な事態が起きていた。
雲一つ無い澄んだ晴れの日に突如として空がけたたましい轟音と共に大きく揺れたのだ。大地ではなく…空が大きく揺れ、あたり一面に目も開けられぬほどの光が降り注いだという。その光は一刻程で何事もなく止んだが、各地では吉兆であるとする国も有れば凶兆だとする国も。7つの国はそれぞれ対応に追われていた。
それは便宜上各国で「空鳴き」と言われた。


ここ、ベネトナシュ王国でも例外無く対応に追われ、調査が行われていた。
王命により南方にある「暗い森」に、およそ300人規模の中隊が哨戒も兼ねて調査に訪れていた。


〜王国騎士団「暗い森」調査隊キャンプ地〜

この「暗い森」は魔獣が活発に生息しており、手練れの冒険者でも1人では命を落とす程危険な森として恐れられている。
そしてこの冬空の下、兵士達の士気も下がってきた事もあり異様な雰囲気の中、遂に調査は予定の最終日となった。そんな中…

「し、至急!至急〜!」

巡回警備中の兵士が血相を変え指揮本部の天幕へ飛び込んできた。

「ご報告申し上げます。巡回先で人の子を発見いたしました」

天幕内がどよめく。

「しかもまだ赤子でございます」

あり得ない。ここは「暗い森」だ。
一同が同じ事を考えたのが顔色で分かる。

「すぐに保護せよ」

「それが、狼の群れが赤子を」

「狼の群れが!?」

「はい、しかし一切敵意は無く
それどころかまるで自分の子を守っているかの様な…」

なにか悪い冗談でも聞いているような感覚になったが、一刻を争う状況と判断した戦士長の号令と共に一斉に動き出した。


現場に着いてみれば、やはり皆信じられない様子で息を飲むばかりだった。

「なんと、本当に…人の赤子…なのか?」

兵士達はいつでも戦える様に身構えては居たが
狼達に殺気は疎か、敵意がまるで感じられない。
戦士長が近寄ろうとすると狼達は一匹また一匹とその場からゆっくりと立去ってゆく。
その中で一匹、一際大きな狼がジーッと彼を見つめている。ハイウルフ?群れのボスだろうか…
ハイウルフとは狼のリーダーであり、普通の狼が成長し魔力を帯びて魔獣と化した個体である。しかしソレとは少し違う様だ。
その狼は全身が灰色の毛で背中には銀色の毛並みが揃っていた。静かな佇まいと風貌からは威厳さえ感じられる。ユニーク個体だろうか?
ユニーク個体とは普通の進化とは異なる進化を遂げた個体である。だがその過程は謎が多くハッキリとは分かっていない。
やがてその狼も静かに森の中へと消えていった。
事態が飲み込めずにいたが、先ずはこの子を保護せねば。戦士長の決断は早かった。

「この赤子は私が引き受けた。直ちに引き上げて明日の帰還に備えて準備せよ!」

「ははっ!」



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