そして聖なる夜へ……

文字数 1,680文字

12月12日。イルミネーションが街中に灯る頃、大堀は書店を回っていた。「ボクシィ」はキリスト教関連のお店と、都心の大型書店のみの展開だ。自分が作業をした本がどのように置かれているのかを確認するのは、とても大事なことに思えた。

 前職で作っていた本は、コンビニでも小さな本屋でもどこでも売られていた。発行部数も多く、マス相手のものだった。

 それが、今度はかなり数の限られた―本当にテーマに関心がある人のためのものを作っている。やっていることが真逆に近かった。

 書店の2階、雑誌売り場の奥の方で、3冊ほど平積みされているのを見つけた。「ボクシィ」というタイトルの下に、ライトアップされた教会の写真。派手ではないが、美しかった。

 情報誌売り場を見ると、あの夢に出てきたアイドルの表紙の雑誌があった。赤い口紅、白い頬。魅惑的だけど、他の人との区別がつかない。

 パラパラめくって、その場を後にした。いつの間にか拳を握りしめていた。



 大堀が会社に戻ると、天堂ただひとりがいた。「お疲れ」と声をかけられた。「お疲れ様」と言って、デスクに戻る。しばらく沈黙と、PCのキーを叩く音だけが響いた。やがてふーっと大きな息をつき、大堀は席を立った。そして、マシンでコーヒーを2杯入れた。「なあ、天堂」と大堀はコーヒーを渡し呼びかけた。そして、「これからさ、もっとこの雑誌、大きくしていいかな」と呟いた。

「いいよ」とささやいて、天堂は琥珀色の濃い飲み物を口にした。「そのために呼んだんだから、お前のこと」

 そこからまたしばらく、静寂がその場を支配した。大堀にとって、雑誌の発売日の今日は記念すべき日で、本格的な再出発の日といって良かった。クリスマスはまだ先だったけれど、明るい夜だった。



 12月24日。この日は平日だったので、仕事終わりにささやかなクリスマスパーティが催された。お歳暮の頂き物と、各自の持ち込みで構成されたテーブル。社員10人が、それぞれを労い、喜びあった。「来年はますます、充実した雑誌を作りたいと思います。そのために皆さん、力を貸してください」天堂が少し赤い顔で話した。その後マイクが次々と社員に向けられ、最後の番は大堀に。「えーと、今年まだ入って半年も経っていないのですが、皆さんに本当良くしてもらえてほっとしました。これからたくさんやりたいことがあるので、少しずつ取り組んでいきたいなと思ってます。よろしくお願いします」

 拍手の後、急に部屋が暗くなった。「?!」停電かと思ったら、すぐに明かりがついた。その途端、破裂音がした。「大堀さん、編集長、お誕生日おめでとうございます!」クラッカーの中身が飛び出し、ケーキがテーブルに運ばれてきた。ろうそくの火がゆらめいている。

「ええ?あ、ありがとうございます……」職場で誕生日を祝われたことのなかった大堀は、とまどっていた。そして忘れていたが、天堂も同じ誕生日だった。大堀と全く同い年であるところの彼は、相変わらず穏やかな顔をしてお礼を述べていた。「大堀さんの名前、かっこいいですよね」ケーキを切り分けながら、森川が言った。嫌味やからかいではなく、さらりとほめてくれたので、大堀は素直にありがとうと伝えた。両親がつけたこの名を嬉しいと感じたことは正直あまりなかったが、まあいいだろうと今日は思えた。



 パーティの後、他の人が気を使ってくれたので、大堀は片付けを任せ会社を出た。真理子と家の近所の店で7時に待ち合わせしていた。クリスマスイブと誕生日が一緒なのは、子供の時は不満だったが、大人になった今となっては正直ありがたい。1日でいろいろ済むからだ。

 行きつけのバーのドアをくぐると、真理子が待っていた。「お疲れ」と声をかけられる。それだけで今年の何もかもが報われた気がした。

 

 その夜、大堀は夢を見なかった。もう、前の雑誌の幻影は現れない。後は前に進むだけだ。



 Sirent night,Holy night. 全ての人に幸いを。

 
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