かしまし幽姫と都市伝説:其ノ三

文字数 2,042文字


「本当にやりますのね」
 げんなりと醒めた抑揚のお露ちゃん。
 三人揃って、垣根の植え込みに潜んだ。
 うん、そうよ?
 見ず知らずな他人様(ひとさま)の庭先よ?
 だけど寝静まってるから、いいの。
 そもそも〈幽霊〉は不法侵入免罪なの……ゴメン、嘘。
 でも、現状のわたし達は〈幽体〉だから、普通の人間には見られない悟られない──わたし達自身が、自発的に見せない限りはね★
 ついでに言えば、全員〝白着物&三角巾〟の死装束へとマイナーチェンジしているのでした★
「けれど、ホントに此処へ出るのかなぁ?」
 わたしは懐疑心を(くち)にした。
 繁みから覗く目の前は、薄暗い街灯に照らし出された幅狭い道。連なる住宅の壁は生活臭にくすむ年季に彩られ、ゴミ集積場にはポリバケツやゴミ袋が雑多に積まれている。つまり、何だかうらぶれてて汚ならしい。わたし達にはホッとする懐古感だけど。
「間違いねぇな。この辺りで不審者の目撃情報が相次いでるんだ。夜な夜なトレンチコートを着込んだ黒髪の女が……な」と、自信満々なお岩ちゃん。
「お岩ちゃん、事前に調べて来たの?」
「ああ、一応……な。ネットで」
「ふぅん?」
「女性が通り掛かると姿を現して、暗い声音でこう()うのさ──『ねえ? 私、キレイ?』ってな」
「ま、彼女の鉄板パターンですわね」
「仮に『キレイ』と答えようが何だろうが、恐ろしい末路は回避できねぇ……。『これでも?』と、はだけたコートの下からは、目を疑う()()が!」
「「それ、違う痴女(ひと)ーーーーッ!」」
 さすがにツッコんだわよ!
 お露ちゃんと二人(ふたり)で!
 本当の〝不審者〟に関する情報じゃない!
 何を調べて来たの? この幽霊(ひと)
「え? 違うのか?」
「違いますわよ! 大きく! 世界名所と〈東武ワールドス●ウェア〉並に!」
「そんなの遭遇したくないから! さすがの〈幽霊〉でも怖いから! 別な意味で!」
 わたし達の猛抗議を浴びたお岩ちゃんは、両腕組みに「う~ん?」と悩み──「ま、誰でもいいだろ? とりあえずブッ飛ばせるなら?」
 また無責任な着地した。
 お岩ちゃん、いつもこう(・・)だ。
 良くないよ?
 それ、こっちが〝不審者〟になるよ?
「キャアアアーーーーッ!」
 突如、(とばり)を引き裂く悲鳴が聞こえた!
 だけど、此処(・・)じゃない!
「チィ! 出たか真裸裂(まぱさ)け!」
「……お岩ちゃん、それ誰?」
「此処に来て新種妖怪を増やさないで頂けます?」
「行くぞ! お菊! お露!」
「う……うん!」
「ハァ……もう帰りたいですわ」
 とりあえず、わたし達は声の方角へと向かった!
 全員〈人魂〉に変身して!
 飛行能力に特化するなら、この形態の方が速いもん!



 近所の児童公園へ辿り着いた。
 人魂形態(モード)から戻ったわたし達は、上空から状況を見定める。
「お岩ちゃん! お露ちゃん! あそこだよ!」
 公園入口前の道路だ!
 夜虫戯れる街路灯の下──怯え(すく)んでいるのは、まだ中学生ぐらいの女の子!
 その眼前には、長い黒髪のトレンチコート女がゆらりと立っている!
 (くち)にはマスクで、その手には出刃包丁!
 間違いない!
「こんな時間に子供が逢瀬(おうせ)に出歩くなんて、日本人も寛容になりましたわね?」
「……それ、お露ちゃんだよ」
「あの子、今宵で何日目かしら?」
「……夜間外出みんながみんな逢い引きじゃないからね?」
「嗚呼、思い出すと火照(ほて)りますわァ~ん♡ 」
「……何を赤くなって身悶えているの? そうじゃなくて! きっと塾帰りに出会(でくわ)したんだよ!」
「どうでもいいぜ! んな事ァよ!」お岩ちゃんは握り拳をピシャリと叩き鳴らした。「へっ……遂に出やがったな! 真裸裂(まぱさ)け!」
「「違うよ?」」
「此処で会ったが百年目!」
「「初対面だよ?」」
「だがな……アタシに目を付けられたのが、テメェの運の尽きだ!」
「「そこは同感」」
「元祖・幽霊スターの格、見せてやらぁーーーーッ!」
「御自分で〝スター〟とか(おっしゃ)いますのね」
「そんな絶対無敵な自信家〝トム・ク●ーズ〟か〝錦●旦〟だけかと思ったよ」
「行くぜぇぇぇーーーーッ!」
 眼帯幽霊が吼えて特攻した!
 お岩ちゃん、いつもこう(・・)だ。
 考えるな、感じろ──で、即行動だ。
 わたしとお露ちゃんは多少気後れして、その傍迷惑な勇姿に続いたのでした。



「ねぇ? 私、キレイ?」
「こ……来ないで!」
「ねぇ? 答えて? 私、キレイ?」
「い……いや!」
「ねぇ? 私、キレイ?」
 戦慄と恐怖を前に後退(あとずさ)る女の子!
 もはや打つ手無しの涙目!
「ねぇ? 私──」
「イヤァァァーーーーッ! 誰かーーーーッ!」
 その時!
「醜いのは、オマエの心だァァァーーーーッ!」
 割って入ったお岩ちゃんの鉄拳制裁が、見事に口裂(くちさ)け女の横っ面へと決まった!
 ……ていうか、お岩ちゃん?
 それ、この間のラーメン屋で読んだオヤジ漫画のワンシーンだよね?
 あの〝上辺だけの人間讃歌を羅列した毒にも薬にもならないアクの強い漫画〟だよね?
 メニューが来るまで回し読みしたヤツだよね?
「ぐはッ?」
 ぶっ飛ばされる口裂(くちさ)け女!
 嗚呼、空中体捻りを初めて生で見たわ……三回転も。


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登場人物紹介

名前:お菊/更科菊花

(Okiku/Sarashina Kikka)


性格:

偏執的な皿フェチ。

温厚柔和な常識派ではあるものの、自分が可愛い事を自覚に武器とするしたたかさなブリッコ気質も内包している。


特徴:

古典怪談『番町皿屋敷/播州皿屋敷』に登場する日本三大幽霊〝お菊さん〟御本人。

理由あって閻魔大王から肉体を与えてもらい〝更科菊花〟を名乗って〝人間〟として平穏な日常を送っている。

温厚柔和な常識派で普段は腐れ縁の〝お岩〟〝お露〟に振り回されるツッコミ役ながらも、ひとたび〝お皿〟が絡むと異常な偏執愛が暴走して見境が無くなるため、実は三人の中で〝一番アブナイやつ〟かもしれない。

名前:お岩/東海林壱和

(Oiwa/Syouji Iwa)


性格:

実質的に三人組のリーダー格。

大雑把を通り越したガサツさにあり、思考力は放棄しているに近い。

あれこれと考えるよりも感情任せに即行動を起こす後先考えない豪胆さからトラブルメーカーと化しているが、反面、根は人情味に篤い姉御肌。


特徴:

古典怪談『東海道四谷怪談』に登場する日本三大幽霊〝お岩さん〟御本人。

理由あって閻魔大王から肉体を与えてもらい〝東海林壱和〟を名乗って〝人間〟として平穏な日常を送っている。

とにかく大雑把な行動派で、後先考えないトラブルメーカーとして〝お菊〟〝お露〟を振り回す。

実践的な運動能力や潜在霊力は三人組の中でも一番高く、戦闘などの物騒な局面は彼女の独壇場とも言える。

名前:お露/灯牡丹露奈

(Otuyu/Hibotan Tuyuna)



性格:

稀に見るしたたかさで他人を玩具に愉しむ小悪魔的な性格。

また同時に〝性〟に対しては非常に貪欲。

抜け目のなさでも侮れない。

三人組に於いては参謀的知恵袋のポジションでもある。



特徴:

古典怪談『牡丹灯籠』に登場する日本三大幽霊〝お露さん〟御本人。

理由あって閻魔大王から肉体を与えてもらい〝緋牡丹露奈〟を名乗って〝人間〟として平穏な日常を送っている。

他人の困惑を玩具とするしたたかさを秘めており、常に「クスクス」と悪戯心を隠し含み笑う。

また、根っから〝性〟に対して貪欲であり、お菊からは〝色情霊:ビッチ〟とも蔑称されている。

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