第12話

文字数 1,077文字

   エピローグ

 海洋連邦の火星探査船を見舞った惨劇は、エンジンの核融合炉が暴走、船体ごと大破して火星に墜落したものと結論付けられた。乗組員は全員死亡。そのリストの中には、細川聖也とクレイグ・ボルトンの名前もあった。悲劇はメディアで大きく伝えられ、テロではないかという疑惑も一部では報じられたが、証拠はなく、海洋連邦としてもそれ以上の調査・追及は出来なかった。

 事故から数か月経ってから、共和同盟の火星探査用中継宇宙ステーションは、奇跡的に火星探査船に附属していた小型作業船を回収した。ただし、回収した事実は、共和同盟の行政府と軍部のごく一部を除いて、一切伏せられた。
 コックピットからは、詩編が綴られたタブレット端末とともに、共和同盟が送り込んだクレイグの死体が発見された。破壊ミッションを果たしたクレイグは、同盟軍内部でおおいに称賛を集めた。しかし、その亡骸が地球に返されることはなく、宇宙ステーション内で焼却処分された。骨も残らなかった。
 コックピットには、もう一人、乗組員が乗っていた形跡があった。だが、コックピット内の死体はクレイグだけだった。当然ながら、クレイグがこの同乗者を殺害して船外に投棄した可能性が検証されたが、結果はNOであった。
 数か月もしないうちに、世界は火星探査船の「事故」を忘れた。メディアは、月面での資源採掘をめぐる第四次正当戦争と、アジアでの大規模な津波災害のニュースで埋め尽くされた。

 日本に本社を置く世界的な企業連合体・城島グループの創業者、城島健介は、火星探査船の「事故」から十五年前に脳梗塞で急死した。グループは長男の浩介が継いだ。浩介には真由という娘がいたはずだったが、健介の死後に真由の姿を見たものは誰もいなかった。城島グループは代替わりから衰退と分裂を繰り返し、十年余りでインド企業に買収された。浩介は大株主の地位こそ守ったものの、閑職に追いやられた。

 城島家の家政婦、翠川百合子は、城島健介を看取った時に六十五歳だったが、それから四十年あまり生きて、百八歳で亡くなった。翠川は生涯未婚で、本人も長命であったために亡くなった時には身寄りもなく、東京郊外の老人ホームで息を引き取った。
 ただ、亡くなる少し前から、翠川に毎週のように面会に来る若い男女がいた。翠川は認知症を発症しており、その二人のことは分からないようだった。翠川の死に際して、女は翠川の手を握って繰り返し名前を呼び、涙を溢した。翠川の遺骨は、その男女が引き取った。男は、かつて翠川が過ごした伊豆の海に散骨するともりだと、ホーム長に告げたという。
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