合宿④
文字数 1,686文字
ステージ上の侑子は、別人みたいだといつも思う。
普段の彼女が、大人しいタイプだというわけではない。
いつも堂々としている。他人からどう見られているのか、そういうことを気にする素振りは、見たことがなかった。
けれど決して我が強い性格でも、積極的に場を盛り上げようと、張り切るわけでもない。
自分の軸を見失わずに、全体を俯瞰していて、見えない壁を無自覚に作っているように思えるのだ。
しかしそんな彼女は、ステージでマイクを前にした瞬間に、豹変する。
音に乗せて軽やかに刻むステップ。
無邪気にすら思える、他意のない笑顔。
自分から生まれる音だけを追いかける、ひたむきな眼差し。
音楽の中心に立った侑子は、真剣に音を楽しんでいるのだ。
「ありがとうございましたっ!」
マイクから口を離しても、侑子の声は歓声の上を跳ねて行く。
両手を大きく上げて、形良く下ろして綺麗に観客に向かったお辞儀する。
その仕草は舞うように美しいのに、自然でそつがない。
部員たちと顧問の拍手が聞こえる。
「おつかれさま」
次のグループに交代する。裕貴たちの次は二年生たちだった。侑子が次のボーカルの女子生徒と、ハイタッチしている。
「大成功だったね」
「気持ちよかった!」
結衣と笑い合う侑子の目線は、そのまま横移動して裕貴を捉える。
裕貴の鼓動が、一際大きく音を立てた。
「野本くんのギター、かっこよかったよ」
「ありがと」
必要以上に舞い上がらないように、気持ちを抑えた。
笑いかけられると、最近どうにも顔が熱くなるのを止められない。気取られているだろうか。
そんな裕貴の必死な心配をよそに、侑子は一歩距離を詰めて顔を近づけてくる。
「最後の組が終わる前に、ステージ裏に移動してればいいんだよね?」
秘密を共有している者に向けた、声を落とした囁き声だった。
アンプに繋いだギターの轟音が、観衆達の注意をステージへと引き寄せる。
裕貴は頷いて、すぐに侑子から視線を逸らした。
見つめたままでいたいのに、逸したくてたまらなかった。
相反する感情の扱いに、ここの所手を焼きっぱなしだった。
***
「びっくりした」
帰りのバスの中。
祭りの後のように、興奮が収まりきらない車内は、酷く騒がしかった。しかし顧問も部長も、誰も注意はしない。
隣に座った結衣から、腕をつつかれる。
「いつの間に練習してたの? 三木先輩まで」
先程のステージの最後、前説なしに突然始まった仁志のピアノ演奏。それに続いて聞こえてきたのは、一年生二人の歌声だった。
当初はぽかんとした表情だった部員たちは、あっという間に音の渦の中に引き込まれていった。
不思議な旋律だった。
「初日に突然やろうってことになって。休憩時間とかご飯の後とか、時間みつけながらね……流石に合わせる時間が足りなさすぎたけど」
侑子も裕貴も、もちろん提案者の仁志にとっても、完成度としては低かっただろう。
ピアノ伴奏は譜面の通りではなく、仁志のアドリブがかなり入っていたし、歌い手二人もイメージ通りの音を出しきれたとは言い難い。
「うーん。まぁ確かに、ピアノだけだったしね。けどかなりインパクトあったよ。私は好きだな、ああいう荒削りなの」
「ありがとう」
結衣がお世辞で褒めているのではないのが分かる。侑子は素直に嬉しいと感じた。
――懐かしかったな。あの感じ
観客を前に二人並んで彼の歌を歌うことで、ユウキと二人でステージに立った時のことを、鮮明に思い出せた。
自分の声に重なる、大好きな声。
美しい音のまとまりとなる二つの声。
爽快感と安心感でいっぱいだと感じる反面、恍惚状態に溺れるような、不思議な感覚だった。
――懐かしかった。けど違う
ついさっき共に歌っていたのは、ユウキではないのだから。
一度気づいてしまうと、負の感情が勝ってしまいそうになって、侑子は無理やり思考を切り替えようとした。
折角楽しい気分のまま、合宿を締めくくれそうなのだ。台無しにしたくない。
「ねえ、花火大会の日なんだけど」
次の楽しい計画について、友人と話したかった。
高校一年生の夏休みは、まだ始まったばかりなのだ。
普段の彼女が、大人しいタイプだというわけではない。
いつも堂々としている。他人からどう見られているのか、そういうことを気にする素振りは、見たことがなかった。
けれど決して我が強い性格でも、積極的に場を盛り上げようと、張り切るわけでもない。
自分の軸を見失わずに、全体を俯瞰していて、見えない壁を無自覚に作っているように思えるのだ。
しかしそんな彼女は、ステージでマイクを前にした瞬間に、豹変する。
音に乗せて軽やかに刻むステップ。
無邪気にすら思える、他意のない笑顔。
自分から生まれる音だけを追いかける、ひたむきな眼差し。
音楽の中心に立った侑子は、真剣に音を楽しんでいるのだ。
「ありがとうございましたっ!」
マイクから口を離しても、侑子の声は歓声の上を跳ねて行く。
両手を大きく上げて、形良く下ろして綺麗に観客に向かったお辞儀する。
その仕草は舞うように美しいのに、自然でそつがない。
部員たちと顧問の拍手が聞こえる。
「おつかれさま」
次のグループに交代する。裕貴たちの次は二年生たちだった。侑子が次のボーカルの女子生徒と、ハイタッチしている。
「大成功だったね」
「気持ちよかった!」
結衣と笑い合う侑子の目線は、そのまま横移動して裕貴を捉える。
裕貴の鼓動が、一際大きく音を立てた。
「野本くんのギター、かっこよかったよ」
「ありがと」
必要以上に舞い上がらないように、気持ちを抑えた。
笑いかけられると、最近どうにも顔が熱くなるのを止められない。気取られているだろうか。
そんな裕貴の必死な心配をよそに、侑子は一歩距離を詰めて顔を近づけてくる。
「最後の組が終わる前に、ステージ裏に移動してればいいんだよね?」
秘密を共有している者に向けた、声を落とした囁き声だった。
アンプに繋いだギターの轟音が、観衆達の注意をステージへと引き寄せる。
裕貴は頷いて、すぐに侑子から視線を逸らした。
見つめたままでいたいのに、逸したくてたまらなかった。
相反する感情の扱いに、ここの所手を焼きっぱなしだった。
***
「びっくりした」
帰りのバスの中。
祭りの後のように、興奮が収まりきらない車内は、酷く騒がしかった。しかし顧問も部長も、誰も注意はしない。
隣に座った結衣から、腕をつつかれる。
「いつの間に練習してたの? 三木先輩まで」
先程のステージの最後、前説なしに突然始まった仁志のピアノ演奏。それに続いて聞こえてきたのは、一年生二人の歌声だった。
当初はぽかんとした表情だった部員たちは、あっという間に音の渦の中に引き込まれていった。
不思議な旋律だった。
「初日に突然やろうってことになって。休憩時間とかご飯の後とか、時間みつけながらね……流石に合わせる時間が足りなさすぎたけど」
侑子も裕貴も、もちろん提案者の仁志にとっても、完成度としては低かっただろう。
ピアノ伴奏は譜面の通りではなく、仁志のアドリブがかなり入っていたし、歌い手二人もイメージ通りの音を出しきれたとは言い難い。
「うーん。まぁ確かに、ピアノだけだったしね。けどかなりインパクトあったよ。私は好きだな、ああいう荒削りなの」
「ありがとう」
結衣がお世辞で褒めているのではないのが分かる。侑子は素直に嬉しいと感じた。
――懐かしかったな。あの感じ
観客を前に二人並んで彼の歌を歌うことで、ユウキと二人でステージに立った時のことを、鮮明に思い出せた。
自分の声に重なる、大好きな声。
美しい音のまとまりとなる二つの声。
爽快感と安心感でいっぱいだと感じる反面、恍惚状態に溺れるような、不思議な感覚だった。
――懐かしかった。けど違う
ついさっき共に歌っていたのは、ユウキではないのだから。
一度気づいてしまうと、負の感情が勝ってしまいそうになって、侑子は無理やり思考を切り替えようとした。
折角楽しい気分のまま、合宿を締めくくれそうなのだ。台無しにしたくない。
「ねえ、花火大会の日なんだけど」
次の楽しい計画について、友人と話したかった。
高校一年生の夏休みは、まだ始まったばかりなのだ。