47.世界ⅰ助けたい

文字数 1,612文字

 蓮はその日、珍しく朝から侑子の姿を書架の間で見つけた。

「おはよう。珍しいね。午前中から来てるなんて」

「ああ、蓮くん。おはよう。今日は部活お休みなんだ」

「そっか。自習?」

 侑子が抱えている本は、どれも歴史関係の書籍のようだった。それも近代に集中している。

 侑子は思案顔の後、伺いを立てるような視線を従兄弟に向けた。

「蓮くん、今忙しい?」

「いや、別に」
 
 暇な時にとりあえず図書館に足を運ぶことが、習慣化しているだけだ。蓮は首を振る。

「話しながら、やりたいことがあるんだけど。付き合ってもらえないかな?」

 思い詰めた表情が意外だった。
 侑子はできれば他の人に話を聞かれない場所を望んだので、二人は侑子の部屋へ移動することとなった。



***



「そんなことになってるんだ。向こうの世界」

 侑子から一通りの説明を聞いて、ヒノクニの人々からの手紙に、目を通し終わったところだった。

 蓮は一番最後に読んだ、ミツキからの手紙を静かに畳んだ。

「今までずっと、自然災害と無縁だったってことに驚くけど……だからこそ怖いだろうな」

 神妙に頷く侑子は、アミからの手紙を再度机の上に広げた。

「この手紙を読んですぐ、明治以降の日本史年表を書き写して送ったの。……それからアミさんからの返事は来てないんだけど。もう少し昭和に絞って、大きな出来事や事件のまとめを作ってみようと思って」

「なるほど」

 だから図書館で昭和史に絞った書籍を借りてきたのか。蓮は積まれた本の中から、一番上を持ち上げて目次に目を走らせ始めた。

「少しでも役に立つのかな」

 小さな声だった。

「とりあえず、思いついたことをやってみればいいんじゃないかな」

 ノートを開き、蓮はペンを回しながら言った。

「こっちの歴史について調べるのも、きっと役に立つよ。歴史って繰り返すって言うじゃないか。並行世界間で通用する理屈か分からないけど。そうだな、あとは……災害対策について教えてあげるとかは? 多分ヒノクニの人達って、避難訓練みたいなものも、経験ないんでしょ?」

「そっか……災害対策」

 侑子は部屋を出て行き、すぐに片手に一冊の黄色い本を持って戻ってきた。

『東京防災』と黒字で大きく表紙に記されたその冊子は、侑子が並行世界に迷い込んだちょうどあの頃、話題になっていたものだった。家庭で実行できる防災術をまとめたもので、都内全戸に無料配布されたのだ。

「丸ごと一冊は、流石に封筒に入らないよね」

 東京に特化してまとめられたものだったが、ヒノクニでも活用できる情報は多いはずだ。侑子はページを繰り始める。有益と思った頁だけ、切り取るつもりだ。

「大丈夫だよ、きっと」

 眉間に寄った皺が、細めた目が、侑子の心境を語っていた。

 自分の放った言葉が何の根拠も持たないことに、蓮は少しだけ嫌気がさした。
しかし、口にせずにはいられなかった。

 開いた便箋の上に散らばる、複数の写真が蓮の目に入った。

 小さな赤ん坊の寝顔と、その隣で微笑む不思議な瞳をした女性。リリーという名の、侑子が並行世界で最初に出会った人だ。

 ユウキがギターを構える横で、金髪の男性が赤ん坊を愛おしそうに見つめる横顔。彼の名はエイマンで、侑子にヒノクニについて、沢山の事を教えてくれたと聞いている。

 オレンジ色の髪色の男が、緊張した面持ちで赤ん坊に哺乳瓶の先を向けている。彼は鹿児島から向こうに渡った人物で、遼と同じ年齢なのだという。

 赤ん坊を抱いた女性を中心に、様々な髪色の人々が、こちらに笑顔を向けて並んでいる写真もあった。

 そこに写るのは皆、四年前からの一年の間に、侑子を支えてきた人々なのだろう。あの一年の間に、彼女は随分と変わって帰ってきたのだから。

――俺も助けたい

 会ったこともないが、切実にそう感じた。
 仲の良い従姉妹がそう願っているから、それだけではない。

 この写真の中の笑顔を、一つとして恐怖や絶望で壊したくない。

 ただそう思ったのだ。
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