40.暖かい黒
文字数 1,160文字
侑子の身体を彩るのは、無数の硝子の鱗だった。
白い無地のワンピースの上に、その鱗を縫い付けたのは侑子の魔法で、縫い付けられた鱗を生み出したのも、彼女の魔法である。
かつてユウキが作り出した硝子の鱗と、寸分の違いもない。
微妙な色の違いを出しながら、美しいグラデーションの波となって、きらびやかに光を反射させていた。
「おそろいだね」
ユウキが腰布を巻きながら、侑子を眺めていた。鏡の向こうの侑子が嬉しそうに頷く。
「上手に作れたでしょ?」
「ああ。びっくりしたよ」
「いつも見ていたもん」
侑子は化粧をしていた。
今まさに、目尻に向かって濃紺のアイラインが引かれたところだった。唇は玉虫色に輝いている。
「メイクも上手になった」
ユウキの指が、侑子の長い黒髪を梳かした。
「髪は染めないの? 俺がやってあげようか」
「魔力は?」
「最近全然使ってないし、大丈夫」
再びユウキの手櫛が通った箇所が、色水を吸った和紙のように、色を変えていく。
黒一色だった侑子の髪の数カ所は、束状に別の色に染まっていた。
その色は、彼女の背後に立つ男の髪と、同じものだった。
「ねえ」
髪を絡めていた手を、肩へ、腕へ、そして手首へと、肌の上を滑らすように移動させた。ユウキの褐色の手は、最終的に侑子の手を握って、彼女の身体を回転させる。
向かい合わせになって、侑子の手を自分の頭へと導いた。
「この髪を、ユーコちゃんの色に染めてよ」
侑子が触れたのは、自分の髪よりも太さがあり、癖が付きやすい灰髪だった。数日前に散髪したばかりなので、前髪は隠すこと無く緑の瞳を侑子の前に晒している。
「上手にできるかな」
「自分の身体の色は、表現しやすいものだよ。難しく考えなくても大丈夫」
「どれくらい染めればいい?」
「全てじゃなくて、一部分。でも目立つように。俺の髪色も残してね。君の髪も俺の色で染めてるんだって、分かるようにしておかないと」
二人の瞳が、お互いの笑った顔を映した。
侑子は両腕を伸ばすと、ユウキの髪に触れた。
ユウキが屈んでくれたので、二人の身長差はなくなり、お互いの顔と顔の距離感が近くなる。
両手がユウキの髪をくしゃり、と
撫でた。
「……終わった?」
頷いた侑子を見て、僅かに顔を横にずらせば、すぐに鏡はユウキに出来栄えを確認させることができた。
黒く染まった毛束が数カ所、侑子の魔力を主張している。
「ありがとう。――あぁ、ユーコちゃんの色だ」
かつて自分で彼女の髪色にと染めた黒とは、違う色味だった。
あの黒は、漆黒すぎたのだ。
「君の黒は、暖かい色をしていたんだね」
「暖かい黒?」
「俺の大好きな色だよ」
ドアの外から、二人を呼ぶアミの声が聞こえた。
「時間だ。行こう」
今夜のステージが始まる。
揃いの鱗を身に纏った二人は、スポットライトが待ち構える場所へと、滑り出していった。
白い無地のワンピースの上に、その鱗を縫い付けたのは侑子の魔法で、縫い付けられた鱗を生み出したのも、彼女の魔法である。
かつてユウキが作り出した硝子の鱗と、寸分の違いもない。
微妙な色の違いを出しながら、美しいグラデーションの波となって、きらびやかに光を反射させていた。
「おそろいだね」
ユウキが腰布を巻きながら、侑子を眺めていた。鏡の向こうの侑子が嬉しそうに頷く。
「上手に作れたでしょ?」
「ああ。びっくりしたよ」
「いつも見ていたもん」
侑子は化粧をしていた。
今まさに、目尻に向かって濃紺のアイラインが引かれたところだった。唇は玉虫色に輝いている。
「メイクも上手になった」
ユウキの指が、侑子の長い黒髪を梳かした。
「髪は染めないの? 俺がやってあげようか」
「魔力は?」
「最近全然使ってないし、大丈夫」
再びユウキの手櫛が通った箇所が、色水を吸った和紙のように、色を変えていく。
黒一色だった侑子の髪の数カ所は、束状に別の色に染まっていた。
その色は、彼女の背後に立つ男の髪と、同じものだった。
「ねえ」
髪を絡めていた手を、肩へ、腕へ、そして手首へと、肌の上を滑らすように移動させた。ユウキの褐色の手は、最終的に侑子の手を握って、彼女の身体を回転させる。
向かい合わせになって、侑子の手を自分の頭へと導いた。
「この髪を、ユーコちゃんの色に染めてよ」
侑子が触れたのは、自分の髪よりも太さがあり、癖が付きやすい灰髪だった。数日前に散髪したばかりなので、前髪は隠すこと無く緑の瞳を侑子の前に晒している。
「上手にできるかな」
「自分の身体の色は、表現しやすいものだよ。難しく考えなくても大丈夫」
「どれくらい染めればいい?」
「全てじゃなくて、一部分。でも目立つように。俺の髪色も残してね。君の髪も俺の色で染めてるんだって、分かるようにしておかないと」
二人の瞳が、お互いの笑った顔を映した。
侑子は両腕を伸ばすと、ユウキの髪に触れた。
ユウキが屈んでくれたので、二人の身長差はなくなり、お互いの顔と顔の距離感が近くなる。
両手がユウキの髪をくしゃり、と
撫でた。
「……終わった?」
頷いた侑子を見て、僅かに顔を横にずらせば、すぐに鏡はユウキに出来栄えを確認させることができた。
黒く染まった毛束が数カ所、侑子の魔力を主張している。
「ありがとう。――あぁ、ユーコちゃんの色だ」
かつて自分で彼女の髪色にと染めた黒とは、違う色味だった。
あの黒は、漆黒すぎたのだ。
「君の黒は、暖かい色をしていたんだね」
「暖かい黒?」
「俺の大好きな色だよ」
ドアの外から、二人を呼ぶアミの声が聞こえた。
「時間だ。行こう」
今夜のステージが始まる。
揃いの鱗を身に纏った二人は、スポットライトが待ち構える場所へと、滑り出していった。