十二月⑧
文字数 1,509文字
十二月も半ばに差し掛かってくると、世間の人々の多くが本格的に休暇に入る一方で、変身館で働く人々は普段よりも忙しなくなる。
昼間に宴会やパーティ会場として貸し出されることが多くなり、夜間は通常よりも多くのコンサートが朝方まで予定を組まれた。
猫の手も借りたい状況とはこういうことを言うのだろう。普段はたまに簡単な手伝いしか頼まれない侑子でさえ、一日の多くをライブハウスで過ごすことが多くなった。
移動時間が勿体なく感じて、手伝いのない隙間時間に事務所の片隅で自習するようになっていた。
そしてアミが告げた通り、侑子は彼と共にする時間が多くなった。ユウキもアミも変身館にほぼ出ずっぱりの状態だったのだ。
ステージに上がらない時間には二人で練習スタジオに入り浸っていることが殆どで、時折そこに侑子も誘われる。侑子はすっかりアミと打ち解けていた。
「アミさんがギター弾いてる指って、魔法は使ってないんだよね」
弦の上を踊るように動くアミの指を眺めながら侑子が言った。
彼は時々ピックを使わず指で弦を弾く奏法をするのだが、その指さばきが鮮やかで眺めているだけで侑子は楽しい気持ちになってくる。
「使ってないよ。そんなに奇妙な動きをしているかな」
肩を揺らして笑っていても、指の動きは一切乱れない。彼が奏でるギターの旋律は緻密で疾走感のあるものだった。
「月並みな言い方になっちゃうけど、上手いよな。ジロウさんはどこでアミのことを知ったんだろう。ジロウさんから打診されたんだろう? ここで働かないかって」
侑子の横で彼女と同様アミの手元を観察していたユウキが言った。
その言葉に対してアミは薄く笑って手を止めた。響き渡っていたギターの音がなくなり、数秒の間その空間は無音になった。
「違うよ。聞いてない? 俺からユウキと一緒に演奏させてくれないか問い合わせたんだ」
「そうなの?」
侑子もユウキも初耳だった。
「自覚ないだろう。お前は結構ちょっとした有名人になり始めてる」
ぽかんとするユウキに向かってアミは可笑しそうに笑いながら重ねて言った。
「俺もユウキの歌を聞いて一緒にステージで演奏したいってジロウさんに連絡を取ったんだ。ギターには自信があったし、音楽を仕事にできたらって思いもあったから。無事採用された時には、今まで真面目に弾いてきて本当に良かったって思ったよ」
「ここのところユウキちゃんの出番の時、お客さんの数すごいもんね」
合点がいった侑子は頷いた。
確かに噴水広場でユウキを目当てに定刻前に集まる人々の数は日に日に増えていたし、変身館でもユウキの出番を増やしたばかりだった。
客からユウキの出演時間を訊ねられることもしょっちゅうである。
「そのうち広場で歌うことなんてできなくなるぞ。客が集まりすぎて収拾がつかなくなる」
アミのその言葉に、ユウキは神妙な顔つきになる。
「そうか……それは、考えもしてなかったな」
「よかったじゃない。それだけ大勢の人に認められるだけの実力を持っていたってことなんだから」
その声はスタジオの入り口から聞こえてきた。ドアから入ってきた三人組も、侑子にはすっかり顔なじみである。
「おはようございます」
「おはよう、ユーコちゃん」
「そっちの三人はいつも早いな」
侑子の朝の挨拶に返した三人も、アミと同様最近ジロウから採用されたばかりの音楽家達だった。
女性ドラマーのミユキとベーシストのショウジは姉弟で、キーボディストのレイはこの中で最年長の四十代の中年男だった。
この三人とアミ、そしてユウキの五人でバンド編成でステージに立つのだ。
各々楽器を定位置に運んで準備を進め始める。今日も音に溢れた一日が始まろうとしていた。
昼間に宴会やパーティ会場として貸し出されることが多くなり、夜間は通常よりも多くのコンサートが朝方まで予定を組まれた。
猫の手も借りたい状況とはこういうことを言うのだろう。普段はたまに簡単な手伝いしか頼まれない侑子でさえ、一日の多くをライブハウスで過ごすことが多くなった。
移動時間が勿体なく感じて、手伝いのない隙間時間に事務所の片隅で自習するようになっていた。
そしてアミが告げた通り、侑子は彼と共にする時間が多くなった。ユウキもアミも変身館にほぼ出ずっぱりの状態だったのだ。
ステージに上がらない時間には二人で練習スタジオに入り浸っていることが殆どで、時折そこに侑子も誘われる。侑子はすっかりアミと打ち解けていた。
「アミさんがギター弾いてる指って、魔法は使ってないんだよね」
弦の上を踊るように動くアミの指を眺めながら侑子が言った。
彼は時々ピックを使わず指で弦を弾く奏法をするのだが、その指さばきが鮮やかで眺めているだけで侑子は楽しい気持ちになってくる。
「使ってないよ。そんなに奇妙な動きをしているかな」
肩を揺らして笑っていても、指の動きは一切乱れない。彼が奏でるギターの旋律は緻密で疾走感のあるものだった。
「月並みな言い方になっちゃうけど、上手いよな。ジロウさんはどこでアミのことを知ったんだろう。ジロウさんから打診されたんだろう? ここで働かないかって」
侑子の横で彼女と同様アミの手元を観察していたユウキが言った。
その言葉に対してアミは薄く笑って手を止めた。響き渡っていたギターの音がなくなり、数秒の間その空間は無音になった。
「違うよ。聞いてない? 俺からユウキと一緒に演奏させてくれないか問い合わせたんだ」
「そうなの?」
侑子もユウキも初耳だった。
「自覚ないだろう。お前は結構ちょっとした有名人になり始めてる」
ぽかんとするユウキに向かってアミは可笑しそうに笑いながら重ねて言った。
「俺もユウキの歌を聞いて一緒にステージで演奏したいってジロウさんに連絡を取ったんだ。ギターには自信があったし、音楽を仕事にできたらって思いもあったから。無事採用された時には、今まで真面目に弾いてきて本当に良かったって思ったよ」
「ここのところユウキちゃんの出番の時、お客さんの数すごいもんね」
合点がいった侑子は頷いた。
確かに噴水広場でユウキを目当てに定刻前に集まる人々の数は日に日に増えていたし、変身館でもユウキの出番を増やしたばかりだった。
客からユウキの出演時間を訊ねられることもしょっちゅうである。
「そのうち広場で歌うことなんてできなくなるぞ。客が集まりすぎて収拾がつかなくなる」
アミのその言葉に、ユウキは神妙な顔つきになる。
「そうか……それは、考えもしてなかったな」
「よかったじゃない。それだけ大勢の人に認められるだけの実力を持っていたってことなんだから」
その声はスタジオの入り口から聞こえてきた。ドアから入ってきた三人組も、侑子にはすっかり顔なじみである。
「おはようございます」
「おはよう、ユーコちゃん」
「そっちの三人はいつも早いな」
侑子の朝の挨拶に返した三人も、アミと同様最近ジロウから採用されたばかりの音楽家達だった。
女性ドラマーのミユキとベーシストのショウジは姉弟で、キーボディストのレイはこの中で最年長の四十代の中年男だった。
この三人とアミ、そしてユウキの五人でバンド編成でステージに立つのだ。
各々楽器を定位置に運んで準備を進め始める。今日も音に溢れた一日が始まろうとしていた。