5章―1
文字数 3,143文字
想いがようやく通じ合い、ユーリットとオズナーは晴れて恋人同士となった。初めてキスを交わした日の夜、二人は共に愛を語り合う。長らく感じていた寂しさが、喜びへと変わった瞬間だった。
そして季節は冬へと移り、景色は降り積もる雪で塗り替えられた。これまでと比較して客足は減ったが、毎日のように訪ねてくるアンヌや[家族]のおかげで、生活は彩りに満ちていた。
二人の関係も日を追う毎に、より親密になる。親しい人には抱きつき癖が出るユーリットは、無意識のうちにオズナーに触れることが多くなった。
周囲の関係者には、二人の恋愛事情はとうにばれている。彼らがスキンシップを取り合う度にアンヌは逆上し、激しい修羅場が店内を襲った。それでもこの騒々しい毎日は、ユーリットにとって何よりも幸せだった。
「そういえば、もうすぐユーリの『誕生日』だね」
見回りという名目でサボりに来た警官のウェルダは、思い出したように呼びかける。オズナー、アンヌ、そして遊びに来ていたラウロは一斉に盛り上がった。
「ほんとですかユーリさん、おめでとうございます!」
「何日なの? 誕生日パーティーやる?」
「いやむしろ『家』に皆呼んで大々的にやろうぜ」
ユーリットは照れ臭そうに頭を掻く。このように熱烈な反応をされたことがなく、戸惑うばかりだ。
「えっと、僕の『誕生日』は二月八日だよ。レント先生に助けられて、『家族』になった大事な日なんだ」
「そうなんですね。じゃあ盛大にお祝いしないと!」
オズナーに笑いかけられ、ユーリットは幸せを噛みしめる。すると、ウェルダが突然閃いた。
「そうだ。あんた達、新婚旅行に行ってきなよ!」
これには二人だけでなく、アンヌも顔を真っ赤にさせて飛び上がった。
「ちょ、待っ、俺達はまだ結婚してな……」
「そ、そもそもその日は営業日で……」
しどろもどろに弁解すると、ウェルダはにやにやと追い討ちをかけた。
「ちょうどこっちは非番なんだよね。『家』で暇してる[家族]もいるし、店番は私達に任せて楽しんで来たら? 二人っきりであんなことやこんなことしたいでしょ?」
「ちょっとウェルダ、煽るのは止めなさいよー! ユーリ、私も連れてって!」
「アンヌ、その日研修会じゃなかった? 減るもんじゃないんだし、大人しく諦めなよ」
アンヌは悔しさのあまり、猫のように唸りながらウェルダを揺さぶる。この二人は、数ヶ月前から共同生活を始めたらしい。同居を始めたと聞いた時は心配したが、意外にも仲が良いようで、今ではすっかり打ち解けている。
ウェルダの提案を聞いたラウロも「いい考えだな」と笑い、広げていた画材を片づけ始めた。
「んじゃ、早速皆に声をかけてみるか。トルマさんだったら植物の管理は詳しいだろうし」
「おいおい、ラウロまで……」
オズナーがうなだれると、ラウロは同胞の肩をがっしりと掴んだ。
「好きな人と平和にいちゃこら出来るなんて、ものっすごい貴重なことなんだぞ? だから俺の分まで、目一杯楽しんでこい!」
ラウロは訳あって、『恋人』と会えない日が続いているらしい。同情せざるを得ない励ましを受け、オズナーは閉口する。彼の重すぎる言葉に、ユーリットは思わず泣きそうになった。
――
あれよあれよという間に二月八日が近づき、二人は結局、旅行に出発することになった。
ラウロの推測通り、『家』中の『家族』が二人の新婚旅行に賛同した。レントでさえ『私達が全力でサポートするから、楽しんできて』と言い出し、断れなかったのだ。
それから数日間かけて、二人は旅程を話し合った。夕食後、旅行雑誌をテーブルいっぱいに広げ、行きたい場所や食べたいものを語り合う。その過程はとても楽しく、当日が待ち遠しく感じた。
そして、ユーリットの『誕生日』前日、出発の日を迎えた。
「ユーリ、運転にはくれぐれも気をつけるんだぞ。路面で滑ったら一大事だからなッ!」
車庫から車を出し、裏口で荷物を積載する。ユーリットの『親友』ノレインは、今にも泣きそうな顔で肩を掴んだ。
「う、うん。ありがとう。店の方もよろしくね」
「任せときなって。皆が交代で来てくれるから、一ヶ月以上ゆっくりしてきてもいいんだよ?」
ウェルダに冷やかされ、ユーリットとオズナーは同時に赤面する。
「分からないことがあったら電話するかもしれないけど、二人の時間を邪魔したくないんだよねえ」
「もー、トルマさんまで!」
レントの助手トルマもからかい、ユーリットは照れながら手で顔を覆う。店番係の三人は、一斉に笑い出した。
ユーリットとオズナーは車に乗り、窓を開ける。名残惜しいが、そろそろ出発の時間だ。ノレインは感極まり、慟哭しながら声を張り上げる。
「二人共、私達のことは気にしないで、おもいっきり楽しんでくるんだぞッ!」
「後で色々聞いちゃうから、覚悟しておくんだよ!」
「この旅はきっと、忘れられない記憶になるはずだよ。いい思い出、たくさんつくってきてね」
ウェルダとトルマも彼に続く。ユーリットは温かい声援を受け、笑顔になった。
「皆、ありがとう! 行ってきます!」
アクセルを踏みこみ、雪道を進み出す。オズナーは助手席の窓を全開し、三人に向かって手を振り返した。
バックミラーには手を振り続ける三人と、雪景色に馴染む水色の家が映る。それらは徐々に遠ざかり、ユーリットは視線を前方へ戻した。
フロントガラスには、大量の雪が絶え間なく降り積もる。気分が落ちこむ天気だが、これから始まる旅を思うと、心が弾む。二人は絶望的な景色を見ながら、行く先の風景や体験に想いを馳せるのだった。
「当たり前ですけど、こっちは雪すごいですね」
「うん、確かにすごいよね。今年はやっぱり、どこも多いんだなぁ……」
山間の道路を走りながら、二人は車窓に映る絶景に圧倒されていた。道路自体は平らな圧雪で思ったより運転しやすいが、周りの景色は白一色。木は雪で塗り潰され、道路の両側には、二メートルを超える巨大な雪の壁がどこまでも続いていた。
ここは、ユーリット達が暮らす山林よりも更に北の地域である。ミルド島の中でも一、二を争う豪雪地帯として知られ、冬になると多くの人々がウィンタースポーツ目当てにやって来る。
しかし、旅の目的はそれではない(ユーリットは運動音痴なのだ)。この先にある山を登るため、麓の町を目指していた。
「この峠を抜けたら、町中に出られそうかな。時間もちょうどいいし、着いたらお昼休憩しよう」
ユーリットは備えつけのカーナビをちらりと覗き、視線をすぐ前方へ戻す。「やった!」と喜ぶオズナーの声に笑みを零し、ハンドルを握り直した。
「(日がちょっと出てきて、眩しくなってきたな)」
目を焦がすような白い景色にうっすらと光が当たり、辺りは一気に眩しくなる。[潜在能力]のせいで視覚が鋭いユーリットにとっては致命的であり、少しでも気を抜くと大事故になりかねない。
ユーリットはずれかけたサングラスをかけ直し、より一層、気を引き締めた。
――
無事に山を抜け、小さな盆地の町に辿り着く。洒落たレストランを見つけた二人は、普段より豪華なランチを楽しみ、目的地に向けて出発した。
町を抜けると、景色は再び山に戻る。北上するにつれて道は次第に厳しくなり、ユーリットは会話を楽しむ余裕などなく、ひたすら運転に集中した。額に冷や汗を浮かべながら道路と格闘する自分を見て、オズナーは「俺、帰ったら免許取ります」と反省していた。
それでも事故を起こすことなく、その日の夕方に、目的地の町に到着した。山の麓に近いコテージを借り、明日に備えて早めに就寝する。そして、二月八日の早朝。二人は山に足を踏み入れた。
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