第6話 無味感想

文字数 2,138文字

 最初に気になり出したのは、やけに「感動しました」が多いこと。いわゆる感動の大安売りだった。私が小学生でまだ人の心の動きがよく分かってないからかもしれないんだけど、感動的なシーンだって絶賛されているくだりを読んでも、泣くほどのことかしらって思えてならなかった。散々悪いことをしてきた二枚目悪役キャラが追い詰められて自害したら「かわいそ~」と号泣、愛らしい獣が死ぬと「ウチに来れば飼ってあげたのに」とハンカチを濡らす。信じられなかった。
 まあ、感想を大げさに表現するっていうことはあるんだと思う、うん。感じ方は人それぞれだというし。
 そんな違和感をもやもやと抱いたまま、サイトのとある推理小説が気に入って、追い掛けてみた。愛読者が何百人も付いており、連載中だったのがちょうど完結して、完結おめでとう&お疲れ様でしたのコメントで感想欄は埋まっていった。
 私も遅ればせながら読み終えて、面白かったんだけど、一つ、引っ掛かっていたところが残っていた。三つ目の殺人で主人公の探偵と仲間は、被害者の部屋のドアが施錠されていて開かないのでタックルでぶち破って中に飛び込むんだけど、最後まで読んでも、鍵についての説明がなかった。そもそも事件の調査のシーンで、部屋が密室状態(多分ね)だったことに登場人物の誰も触れない。その時点で変だなーって感じたんだけど、おしまいまで読めば分かるんだろうって思ってた。
 そのことに気付いてる人が、愛読者の中にはいないみたいなのよね。真面目に読んでいれば、絶対におかしいって気付くと思うんだけど。よっぽど、勇気を振り絞って感想欄に、三番目の事件で部屋の鍵はどうなったのでしょう?と尋ねてみようかと思ったものの、踏ん切りが付かないうちに、ある人が同じ意味の感想を書いてくれた。
 ほっ。よかったこれで直してもらえる。私は心の中で喜んでいた。けれども思ってようには進まなかった。
 翌日、その作品の感想の書き込み数が飛躍的に増えていたから何があったんだろうと思って、感想欄を開いてみたら、前日、私の思っていたことを書き込んでくれた人に対する非難が山ほど積み重なっていた。
「こまかいことをうだうだと」に始まり、「物語の中で問題にされてないんだからスルーでしょ、基本」「脳内保管の能力を鍛えないと駄目ですよ」と来て、「名探偵の**様が言及されてないのだから、密室じゃなかったに決まってるでしょうが。空気読め」「自分だけが気付いたみたいな書き方して偉そー」「ほんとに作者と作品のためを思っての感想なら、気付いた時点で指摘できているはず。完結まで待つなんて性格が歪んでる」という完全にただの悪口レベルのものまであった。
 一つ一つが自分に対して言われているみたいな気がした。喉から胸にかけてじわっと痛みが広がって、しばらく気分が悪くなった。
 落ち着いた頃にもう一度感想欄を見てみたんだけど、驚いたことに全員が指摘した人への非難に周り、一つとしてかばう書き込みがなかった。そして作者自身は全く反応していない。いつもなら、一両日中にはレスをしているのに。
 指摘をして当人は一度だけ、「騒ぎの発端となり申し訳ない。一つだけ言わせてもらえるなら、私は完結してから読み始めたのでリアルタイムでの指摘は無理でした。ではこれがもう最後になります。さよなら」と書き込んで、その後姿を見せなくなっていた。
 これに対してのさらなるレスもそれなりの数があって、「この大傑作をリアルタイムで読んでないなんて信じられない」という難癖としか言い様がないものから、「書き逃げかよ、こら」「一つ一つに答えていけ」とけんか腰なものまで色々あった。
 そのさらに翌日、作者が登場して、「所用で読めていませんでしたが、一騒動持ち上がっていたようで驚きました。読み返してみると私の書き方もよくなかったかもしれません。既に改訂済みなのでチェックをよろしくお願いします」と反応していた。
 え、これだけ?と思ったわ。正直言ってショックだった。指摘をした人への個人的な反応があってしかるべきじゃないのかなあ? これではすくわれない。だいたい、指摘してくれた人が悪い、みたいな感じで終わるのってどうなの。
 前からあったもやもやが一層ふくらんでいたのだけれども、その考えを実際に書き込もうという勇気は起きなかった。感想欄は怖いところだという感覚だけが、強く残った。

 もう一つ、感想欄が怖いと思う出来事があった。あったというか、気付いたというか。
 自己紹介によると作者は小学校高学年で、私や明菜ちゃんと同じぐらい。作品の一つを読むと、ポエムを発展させたようなファンタジーだった。短めだけど、素直な物語で、すがすがしい感じがした。
 ところが感想欄を開いてみると、二十ほどある感想の内ほめるものはほんの二通ほどで、あとは小馬鹿にしたような短いコメントが目に付いた。「オチは?」「ひねりなさい」「ねー、続きまだあ?」「執事がセバスチャンて、ベタにもほどがある」こんな具合に。あと、一つだけだけど気持ち悪いのもあった。大人の男の人が小さな女の子を誘う感じの……。
 凄く嫌な場所になっていた。

 つづく
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