第18話 王道パターンかマンネリか

文字数 2,104文字

 私は設定をかいつまんで話して伝えた。といっても考えてもらうために必要な情報は出さないといけないので、高貴な身分の外国人男性がお忍びで日本に来て、日本の若い一般女性と自然に知り合う状況ってことにする。
「――それでできれば女性は学生ぐらいで」
「真面目だねー、双葉」
「ええ?」
 いきなりの評価に面食らっちゃったじゃないの。どういうつもりで真面目だなんて言い出したのやら。
「自然にってとこにこだわるところよ。それを気にしなければ知り合うきっかけなんか、いくらでも作り出せるでしょ」
「いくらでもってことはないと思うけど……たとえば?」
「お忍びと言ったって、貴族なら車ぐらい借りて乗るでしょ。で、自転車通学してる女子学生と危うくぶつかりそうになって知り合う」
 なるほど。偶然ではあるけど、これから恋に発展していくのならドラマチックかも。登校中に角でごっつんこよりはずっといい。
「他には、女子が落としたハンカチとかスマホとかを貴族が拾うなんてのはどう? もちろん逆パターンもあり」
 ありがちな気がするけれども、悪くない。王道のパターンこそが安心して読めるっていう説もあるくらいだし。
「あとはシンプルに道案内ね。外国から来たのなら、道に迷っても全然不思議じゃない」
「すごい、明菜ちゃん。本当に色々あるね」
「すごくないって。あなたのこだわりが強すぎるんじゃないの。偶然とか不自然さとか、ミステリではできれば入れたくないって前に言ってたでしょ」
「そうでした……」
 謎解きや犯人を指摘する過程で偶然の要素が多いと、推理物として安っぽくなると思っている。その考え方は変わらないけれども、登場人物同士の出会いにまで偶然を避けようとするのは無理があったと気付かされた。
「偶然の出会いから始まる物語ってのもあるんだよ」
「分かった。ありがとう。書くときは今、明菜ちゃんが出してくれたのとは違う出会いを使ってみる」
「おっと、もう浮かんだの」
「ううん、まだこれから。でも明菜ちゃんの発想の仕方を見て、こつは掴んだつもりだよ。感謝してる」
「それはよかったですこと。じゃあ、お返しに私からも考えてもらいたいことを一つ、言っていい?」
 思惑ありげな笑みを見せて、明菜ちゃんが聞いてきた。今のこの状況で断れるはずないし、そのつもりもないんだけれどね。
「いいよ、何?」
「お約束を破るのってどこまでやっていいと思う?」
「はい? お約束?」
 前置きなしに言われたせいか、すぐにはぴんと来なかった。そんな私の表情を見て、明菜ちゃんはより詳しく話してくれた。
「ここでいうお約束はもちろん物語のお約束よ。極端な例を挙げるとしたら……うん、あれがいいか。朝寝坊して遅刻しそうになった女の子が、トーストをくわえたまま学校に向かっていると、角で見知らぬ男の子とぶつかって」
「あ、分かった」
 ついさっき、私が思い描いたシチュエーションと同じだ。
「どうにか学校に間に合って、教室で待っていたら、その男子が転校生として入ってくるっていうあれだよね?」
「そう。似た感じので、道端で困っているところを助けた、もしくは逆にトラブルになった相手が、実は大事な商談相手だったとか」
「明菜ちゃんが言っているのはストーリーの一部だけど、もっと単純に、設定でもあるよね。代々伝わる古めかしい指輪が魔法の世界へつながるアイテムだったり、探偵を志す少年の亡き父親も昔名探偵だったり」
「そういうのって定番で面白いんだけど、描かれすぎて飽きてくる場合もあると思うんだよね」
 ここで何故か大きめのため息をついた明菜ちゃん。
「サイトに登録して、他の人のを読んでみて改めて痛感したわ。似たような話がなんて多いのかって。面白くても次から次へと、続けて読むのはつらいっていうか」
「私はほぼミステリしか読まないからかなあ? 飽きるってほどじゃないかも」
「本当? たとえば毎回、密室が出て来ても飽きないって言える?」
「うん。またかって思うのよりも期待が大きいんだと思う。多分、同じトリックは使われていない、使っていたとしてもどこか何かが少し違うよう工夫されているっていう信頼、暗黙の了解っていうのがあるからかも」
 推理小説っていうジャンル特有のものなのかどうかは分からないけど、同じような話を書いても飽きられることが少ないと言えそう。
「うーん、双葉に聞いたのは間違いだったかしら……」
 不安げに眉根を寄せる明菜ちゃん。でもすぐに気を取り直し様子で話を続けた。
「それでも異なるトリックが出て来るからこそ、飽きずに読めるって言えるわよね。密室とリックというお約束を少しずらしていると言えなくはない。でしょ?」
「まあ、そうだね」
「要するに他のジャンルでもそういう違いを出すために、お約束破りは一つのやり方だと思うんだ」
「分かる。アニメなんかだと多いよね。お約束をちょっと外しているの。たいていはギャグになっているけど」
「あ、いいこと言ってくれた。私が問題にしてるって言うか悩んでいるのはそこ」
「どこ?」
 お約束の話をしているときに、お約束のような聞き返しをしてしまったと気付き、はっとなる。何だか恥ずかしいよ。

 つづく
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