第5話 得たものと失ったものと

文字数 2,063文字

 児童昇降口のところで顔合わせ、まず「おはよう」と朝の挨拶言葉を交換して、次の話題に移ろうとしたら、私も明菜ちゃんも同時に「あのね、ところでね」と台詞が完全に重なった。
 二人とも遠慮してしばらく黙り、口を再び開くのも同時。これではらちがあかない。とにかく教室に向かいましょってことになった。
 階段を上り、一つ目の踊り場で向きを換えたとき、明菜ちゃんが勘の鋭いところを見せた。
「もしかしてだけど、双葉も私も同じこと言おうとしてたんじゃないかしらって思ったんだけど」
「同じことって、明菜ちゃんが何言おうとしてたのか分からないよ」
「私はサイトのこと。もっと言えば星のこと」
「――凄い。私もだよ」
 こちらとしては偶然の出来事にちょっとした感動を覚えたのだけれども、明菜ちゃんは割とあからさまにがっかり感を露わにした。
「えー、折角リードしたと思ったのに~」
「いいじゃない。まずは仲よく、ね」
「うーん、仕方がない。いくつもらった?」
「えっと、公開している三つの作品に2、2、1だよ」
「足して五つか。私の方もほぼ同じ」
 ほぼという言い方が気になった。多分それが顔にも出ていたのだろう、私を見て明菜ちゃんはすぐさま補足説明をしてくれた。
「星は合計で六つ」
「えっ。ま、負けた」
 昨日喜んでいたのがしぼんでいく~。
「ふっふっふ。でもね、私の方は公開している作品は四つなんだ」
 明菜ちゃんは得意げに笑ってから、眉根を寄せた。
「星の内容は三編が1で、残り一編が三なんだけど」
 なるほど。ほぼ同じといった気持ちは理解できた。でも一作品で三つの星というのはやっぱりうらやましいし、負けてる気がする。いや、一つの作品として比べたら負けているのだ。がんばらなきゃ。
 両拳を密かに握りしめて気合いを入れる。そこへ、明菜ちゃんが話し掛けてきた。
「やっぱり、先の長い勝負になりそうだけど、お互いに探すのはなしにしようね」
「うん。前に約束したよ。何で今さら念を押してくるの?」
 不思議さから小首を傾げていた。明菜ちゃんは、右の頬をぽりぽりとかくポーズをしながら、早口で言った。
「いや、今さっき、思わず作品の数と星の数を話しちゃったなと思って」
「それがどうかしたの」
「だって」
 ゆっくりゆっくり歩いているせいで、踊り場から次の階にようやく到着。
「じっくり探せば、分かってしまうかも。公開している作品が四つで、星の合計が六になっているユーザーを」
「ないない。明菜ちゃんが何ていうペンネームにしているのか、気に入らないと言ったら嘘になるけど、そこまで執念燃やさないよぉ」
「ほんとに? ああ、よかった」
 このときの明菜ちゃんの横顔、心底ほっとしているように見えた。

 小説投稿サイトに登録したことはとても刺激になった。自分の下手さや幼さが改めて分かったし、周りにというか世の中にはこれほどの数の人が、同じように書いているんだと見せつけられている感じがして、私も書こうという気にさせてくれる。
 そんな長所があった一方で、ちょっと困ったこともあった。明菜ちゃんと作品を見せ合う機会がなくなってしまったのだ。
 私も、恐らく明菜ちゃんにしても、サイトで作品を公開したからって感想をもらえるレベルじゃない。
 前は明菜ちゃんと直接作品を見せ合いっこして、確実に感想をやり取りしていた。オーバーに褒めたたえることはあっても、嘘は言わない。読んでいて退屈だったらこの場面は退屈かなあって言ったり、キャラクターの行動が最初とずれてきてると思ったら議論を闘わせたりもした。そういう批評を言い合える相手がいなくなったのは、実は物凄く影響が大きいのじゃないかと思う。当たり前に続いていた日常に、ぽっかり、穴が空いた気分でいる。
 小説投稿サイトでそういう相手を見付けられたらいいのだけれども、なかなかうまく行きそうにない。できれば上手な人、優しそうな人に読んでもらって、批評をして欲しいでしょ。でも、尻込みしちゃう。うまい人、面白い作品を書く人って、まず間違いなく大人だよね。相手の本当の年齢と性別が分かれば、私もちょっとは思い切った行動を取れるかもしれないんだけど。
 仮に、上手な人と仲よくなれたとしても、的確な批評をもらえるのか心配だな。
 唯ノベルのサイトで公表されているランキングの上の方の作品をちらほらとチェックしてるんだけれども、付けられた感想はほぼ全てが褒め言葉で占められていた。希に誤字脱字、登場人物の名前のミスなんかがやんわりした表現で指摘されているくらいで、あとは「感動しました」「次が楽しみで待ちきれません」「興奮して眠れません」「涙が止まらないよ~」と絶賛の嵐だ。最初の頃は、おおーさすがランキング上位作品だわ、作者の人も仕事を持ってる大人みたいだし、サイト内の賞も取ってる、ものが違うなあって感心しきりだったのだけど……しばらく追い掛けていくうちに、奇妙な感じを受けるようになったの。

 つづく
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