第9話 刺激は大事

文字数 2,028文字

 次の日、朝寝坊した。正確にはお母さんが一度起こしに来てくれて私も確かに目が覚めたんだけれども、二度寝をしてしまった。うちの学校は集団登校を取っていて、その集合場所である空き地に着いたときにはもう登校の班は出発したあとで、走って追い掛ける羽目になった。信号を守りつつ、手提げやランドセルをかちゃかちゃ言わせながら走るのってほんと疲れる。学校までの道のほとんど終わりの頃にやっと班に追い付き、そのまま校門をくぐった。どうにか学校への遅刻になるのは避けられたんだけど、同じように登校してきた明菜ちゃんに、息が乱れているのを気付かれちゃった。
「遅刻未遂だね」
「もうやめてよー、その言い方」
「あら? 前は気に入って自分でも使ってなかったっけ。○○未遂って」
「あれは覚え立ての言葉を使いたかったの。それにニュースなんかをよく聞いていたら、未遂でも有罪なのよね。算数の3未満とかと違う感じ」
「言われてみれば。てことは、遅刻未遂は遅刻とほぼ同じになる」
「だからやめて」
 必死にお願いしたあと呼吸を整えていると、「何で遅刻? 寝坊した?」と明菜ちゃんは上履きを床に落としてから言った。
「うん。起きられなかった」
「小説を夜中に書いていたとか?」
「ううん。図書館で借りてきた本が面白く……面白いっていうのはおかしいのかな。怖いんだけど、やめられなくて」
「徹夜して読んだのね。何て本なのか興味あるわ」
「徹夜じゃないよ。夜更かし」
 そう注意を入れてから、書名を答えた。
「言われたように、スプラッターな話を書こうと思って、参考になりそうなのを探して読んでみたんだ」
「双葉、真面目だ」
「そりゃあ外ならぬ明菜ちゃんのアドバイスですから」
 わざと気取った調子で答えて、私も靴を履き替え終わると教室に向かう。
「本当にいいアドバイスをしてくれたと思う」
「へえ、よかった」
「検索して見付けた本、ちょっぴりネタばらししてもいい?」
「うーん、私は読むかどうか分からないし、双葉のさじ加減に任せる」
「えっとね。スプラッターと言ってもいくつか種類があると思うんだけど、これはあるキャンプ地を訪れたグループの人達を、仮面を被った謎の人物が次から次へと襲って、殺していっちゃうタイプ」
「はいはい、映画なんかでよくあるね」
「私もそう思った。最後にその殺人鬼の動機やキャンプ地に執着する理由なんかが明らかになって終わりって。でも、書いている人が推理作家で有名なひとだからもしかしてという期待もちょっとはあったの」
「もしかしてというのは何よ? もしかして、最後に名探偵が出て来て、仮面の無差別殺人鬼を相手に謎解きをするの?」
「ま、まあ、それは極端だと思うけれども、そういうのも含めて推理小説っぽい味付けというか展開というかオチ」
「幅が広いわね。で、双葉の期待は満たされたのかしら、その様子だと」
「分かる? もう凄いんだよ。興奮して、読み終わったあともしばらく眠れなかったくらい!」
「やっぱ徹夜になったのでは……お肌に悪いわよ」
「大丈夫。私もこんな感じにどんでん返しのある話を書いてみたいなって思って、考えていたら、布団の中であっと叫んじゃった」
「うん? 殺人鬼が夢に現れたか」
「じゃなく、まだ寝てないよ。よさそうなアイディアが浮かんだの。これなら違う形で読んでる人達をびっくりさせられるんじゃないかって」
「ほう。それは……うらやましいわ。心の声が漏れてしまうくらい」
「あはは。まだアイディアだけで話せないけど、すぐに書くから。練習に書く、えっと、習作?のつもりで書き上げるから、ぜひ読んで」
「ネットには上げないつもりなんだね」
「その習作はね。スプラッターに殺していくシーンなんて全然勉強できてないから、有名な映画なんかのまねっこになると思うし」
「分かった。自信のアイディアの第一読者になれるのは光栄だわ。ただし、私も書くってことをお忘れなく。タイミングによっては読むのを後回しにして、だいぶ待たせることになるかも」
「もちろん、全然かまわないよ」
 私は多分、にっこりしていた。この笑顔でこれから血まみれスプラッターな物語を書いていくんだと言ったら、知らない人はひくだろうな、きっと。

「私も何か怖い話書こうかなあ」
 教室に入ってからも話題は変わらず続き、それは休み時間になっても同じだった。
「明菜ちゃんて、怖いの苦手じゃなかった?」
「肝試しやお化け屋敷はね。私って自分でも言うのもあれだけど、想像力が豊かすぎて、元のお化け(人間が演じる)よりも数倍は怖い姿を頭の中に作り出してしまう」
 なるほど。明菜ちゃんは日常では冷静で落ち着いた性格だと見られているから、お化け屋敷なんかできゃーきゃー悲鳴を上げるのを見た友達や男子なんかに、ぶりっ子してるなんて言われたこともあったけれども、舞台裏を知ればちゃんと納得できた。

 つづく
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