第7話 友達

文字数 2,089文字

 こんなこと書かれたら、私だったら小説書くのが嫌になるかも。そう思ってふと気付いた。その作者さんの作品で一番新しい更新日はおよそ三年前だということに。
 これらの感想がきつくて、作者さんは小説を書くのをやめちゃったのかな。でも退会はせずに名前も作品も残しているのは、未練があるから……。想像するだけで胸がまた痛くなってきた。

 ある意味、感想がなくて幸せなのかもしれない。作品への評価をしてもらえるんだったら、それは星をくれるだけで充分ですという気持ちに傾いていた。そうとでも思わないと、書く気力が失われそうだったから。
 それでも我慢して他人様の作品に対する感想を拾い読みしていたら、あるとき、びっくりする指摘にぶつかった。
「この描写だと**達はノーヘルですね。小学生なのにいけませんね」
 これを読んだときは、え?となった。まず指摘のシーンを読み返すと自転車を漕いでいる登場人物達はヘルメットを被ってはいないっぽい。被るところの描写がないのはもちろん、漕いでいるときの髪の描写とか目的地に着いてすぐ男子が別の男子の頭をはたく場面があって、ノーヘルと考えるの理屈では正しいのかもしれない。
 でも、どこか釈然としなかった。
 見ない方がいいかなあと予感しつつも同じ人の感想を追い掛けてみると、「自転車で並走しているようですが迷惑です」「よそ見運転が多すぎる」「日が暮れたのに無灯火ですか?」とやたらと自転車にこだわっている。いや、交通規則にこだわっていると言うべきかしら。省略したとは受け取ってくれない読者、あるいは登場人物のどんな些細な規則破りも許さない読者がいると知って、別の怖さを覚えた。登場人物に向けての「こら、だめだよ」的な指摘ならまだしも、この人の感想は作者に向けてのとげが感じられて嫌だった。
 こういう感覚の人ってどれくらいいるんだろうって、私ったら余計なことが気になり出して、泥棒が主人公の作品や、親に捨てられた子が拾ったお金を自分の物にしてしまうシーンのある作品とかの感想欄をチェックしてみたら、希に似たような指摘をしている別の人がいた。
 こんなことを気にしている内に、たとえ推理小説であっても人が死ぬような話はいけないんじゃないかと変に考えるようになっていた。私としては初めて“日常の謎”と呼ばれるタイプのミステリを書くのに挑戦してみた。
 殺人と違って、普段の出来事の延長にあるものを書くのだから簡単かなと漠然と思い描いていたのだけれども、これが大間違い。難しくて筆が全然進まない(筆で書いてはいないけれどね)。何が大変かって、日常の謎そのものを思い付くのが大変なのだ。
 普段、暮らしていて不思議に思うことはたまにあるけど、調べればすぐに分かることがほとんど。それも決まりでそうなっている、という答だったら物語にならない。
 目薬を七種類も持ち歩く人の謎というのを考え出してみたんだけど、調べてみたら就職活動中の大学生がそれくらい持ち歩くのって当たり前ではないにせよ、珍しくもないみたい。
 他に何かないかと考えれば考えるほど、沼に足からはまり込んでいく感じがした。格好付けて言っていいとしたら、この辺が私にとって最初のスランプだったかもしれない。
 私は明菜ちゃんに相談することに決めた。日曜日のお昼過ぎ、学校の近所のスポーツセンターで待ち合わせて、室内プールで一泳ぎしてから休憩中に切り出してみた。
 ごくシンプルに、他の人の感想欄を見ていて怖くなった、それから小説を書くスピードが落ちたし、アイディアもあんまり出て来なくなった、と。
「とりあえず」
 聞き終えた明菜ちゃんは、ジュースを一口飲んで息をついた。
「ほっとした」
「え、何で?」
「双葉も同じこと感じてたんだって分かったから」
「あ、そうなの?」
 このとき初めて、明菜ちゃんも同じように感想に目を通すことで嫌な気持ちになっているかもしれない可能性に気が付いた。自分の鈍感さに恥ずかしくなると同時に、明菜ちゃんも同じだったんだと思うと私こそほっとしていた。
 そして私は持っていたジュースをテーブルに置き、明菜ちゃんの手を取って上下に振った。
「やっぱり、怖い感想ってあるよね。たとえば感想と言ったらいけないような、悪口みたいな言葉で埋め尽くされた」
「そうそう。登録しないと他の人の感想全部は見られないから、全然気が付かなかった。――ちょっと、あんまり揺さぶらないで。ジュースがこぼれるっ」
「ごごめん」
 ジュースを同じようにテーブルに置いて、明菜ちゃんは濡れた髪にタオルを被り直した。
「でも、私は書けなくなんかなってないわよ。作品を公開するのはちょっぴり怖くなったけれども」
「ええー、そうなんだ……」
「ひょっとして双葉、他にも感想を延々と見てたんじゃない?」
「そ、そうだけど。どんなこと書くと、嫌なこと言われるのか知りたくなって」
「ばかぁ。それやっちゃいけないよ」
 ばかはないでしょと思ったけど、まあ実際に書けなくなってたんだから反論できない。

 つづく
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