第11話 詰問(2) Question
文字数 1,923文字
「副団長。貴方がなぜ、ここまで頑なにニーチェの意見を聞いてやらないか、私には分かります」
アンドレーエにたいする肯定から入る。
「カミーラを逃したくないのですよね。理由は、アルカディアンを研究できる機会は滅多にない、というだけではありません。逃すことによって、外で誰かに見られた場合、サヴォイ家に対して言い訳ができない。これが一番の大きな理由だと思います」
「だから何なのだ」アンドレーエは苛立った。肯定されたことはいいが、自分の心を言い当てられたことが気に食わない。
ゲーテは構わず、今度はニーチェに言った。
「そしてお前は、カミーラに対する約束が果たせていないことが問題だと思っている。それだけだよな」
ニーチェもうなづく。
「それでは折衷案として、こういうのはどうでしょう?」
ここでアンドレーエは、ゲーテの言葉を遮った。
「馬鹿馬鹿しい。なぜ、副団長の私が折れなければならないのだ?」
「それは団長の意思が、副団長とは違うからです。私もあの場にいた。誰だって分かること。もちろん、ご聡明な貴方も、お分かりになられているはずです。けど、そんなことはどうでもいい。聞いてください」
人間は感情の動物だ。相手を否定すれば、それだけで苛立たせてしまう。そして、一度苛立ちのスイッチを入れてしまえば、どんな正論も通らなくなる。
ゲーテは、アンドレーエを持ち上げながら、相手の激情レベルを下げるために、素早く次のことを献策した。
「カミーラを外に出すことはできない。副団長がおっしゃる通り、これは仕方がないと思います。研究に使う。吸血鬼は貴重なアルカディアンです。これも仕方ない」
アンドレーエは、ゲーテが自分と同じ意見だったと知り、多少は気分がおさまった。
一方ニーチェは、身を乗り出してゲーテの言葉を遮ろうとする。だがゲーテは、ニーチェの手を突き返し、そのまま話を続けた。
「ならば、これはどうでしょう。ニーチェを吸血鬼の研究主任とする、という案は」
ーーほう。
アンドレーエは、ゲーテの変化球に興味を示した。
ーーなるほど。ゲーテの魂胆は分かった。
確かにニーチェを研究主任にするなら、カミーラが危ない思いをする可能性がない。ニーチェの力も緩む。
だが、ニーチェは頑固だ。自分が間違っているとはいるとは一片も思っていないのだ。自分の全ての要求が通るべきだと思っている。怒りがおさまらない。
ゲーテは、ニーチェの肩に手を乗せた。
「いいか。カミーラを逃した後のこと考えろ。もし誰かに襲われても、君は彼女を助けることができない。それに、カミーラが生きているとサヴォイ家の誰かに知られてみろ。GRCが危機に陥る。それは君も本意ではないだろう」
ーー確かに。
ニーチェは、深い呼吸で怒りを鎮めながら、黙って耳を傾ける。
「一方、カミーラを研究対象として匿うことにすればどうだろう。確かに外へは出せない。だが、研究費の範囲内でなら、君が自由にカミーラを扱えばいい。その方が彼女にとっても幸せではないか?」
ーー自由?
今度はアンドレーエが苦情を言おうとする。ゲーテは言葉をかぶせた。
「副団長。もちろん異論はあるでしょう。そこで、こうしたらどうですか? ニーチェを研究主任にする代わりに、毎年必ず、大きな成果を提出すること。成果が出せなかった時には、大人しくカミーラを引き渡すこと」
ーーなるほど。……それならGRCにとっても都合が良い。
アンドレーエは、熟考の末に納得した。
とはいえ、部下の意見を全面的に聞くことは、自分のメンツに関わる。アンドレーエは、一言付け加えておくことにした。
「ならば、研究室には二十四時間監視をつけ、入口には監視カメラをつけることを条件に入れろ。それならば、お前とニーチェに免じて、ここは譲ってやろう」
「ニーチェ。いいか?」
「分かった」ニーチェにも、ゲーテが無理して副団長からの譲歩を勝ちえたことが理解できた。これ以上の我儘は、さすがにゲーテに悪い。
アンドレーエは、机の引き出しを漁った。
「カミーラのいる牢屋の鍵はこれだ。研究室は第一研究所、地下二階の三号室を使え。あそこは確か、入口に監視カメラが設置されていた」アンドレーエは、ニーチェに鍵を放り投げた。
「ありがとうございます」
ーーゲーテ。深く感謝するぞ。
ニーチェは、ゲーテと一瞬視線を交わした後、アンドレーエに深くお辞儀した。
そして、顔を上げるやいなや、足早に牢屋へと向かっていく。
ーー問題なく終えられたか。
「それでは、私もこれで」
軽く会釈し、ゲーテも続こうとする。
「ゲーテ。お前は少し待て」
アンドレーエの声の成分に、嫌な予感がする抑揚が混じっている。
ゲーテの服は、汗で冷たくなっていた。
アンドレーエにたいする肯定から入る。
「カミーラを逃したくないのですよね。理由は、アルカディアンを研究できる機会は滅多にない、というだけではありません。逃すことによって、外で誰かに見られた場合、サヴォイ家に対して言い訳ができない。これが一番の大きな理由だと思います」
「だから何なのだ」アンドレーエは苛立った。肯定されたことはいいが、自分の心を言い当てられたことが気に食わない。
ゲーテは構わず、今度はニーチェに言った。
「そしてお前は、カミーラに対する約束が果たせていないことが問題だと思っている。それだけだよな」
ニーチェもうなづく。
「それでは折衷案として、こういうのはどうでしょう?」
ここでアンドレーエは、ゲーテの言葉を遮った。
「馬鹿馬鹿しい。なぜ、副団長の私が折れなければならないのだ?」
「それは団長の意思が、副団長とは違うからです。私もあの場にいた。誰だって分かること。もちろん、ご聡明な貴方も、お分かりになられているはずです。けど、そんなことはどうでもいい。聞いてください」
人間は感情の動物だ。相手を否定すれば、それだけで苛立たせてしまう。そして、一度苛立ちのスイッチを入れてしまえば、どんな正論も通らなくなる。
ゲーテは、アンドレーエを持ち上げながら、相手の激情レベルを下げるために、素早く次のことを献策した。
「カミーラを外に出すことはできない。副団長がおっしゃる通り、これは仕方がないと思います。研究に使う。吸血鬼は貴重なアルカディアンです。これも仕方ない」
アンドレーエは、ゲーテが自分と同じ意見だったと知り、多少は気分がおさまった。
一方ニーチェは、身を乗り出してゲーテの言葉を遮ろうとする。だがゲーテは、ニーチェの手を突き返し、そのまま話を続けた。
「ならば、これはどうでしょう。ニーチェを吸血鬼の研究主任とする、という案は」
ーーほう。
アンドレーエは、ゲーテの変化球に興味を示した。
ーーなるほど。ゲーテの魂胆は分かった。
確かにニーチェを研究主任にするなら、カミーラが危ない思いをする可能性がない。ニーチェの力も緩む。
だが、ニーチェは頑固だ。自分が間違っているとはいるとは一片も思っていないのだ。自分の全ての要求が通るべきだと思っている。怒りがおさまらない。
ゲーテは、ニーチェの肩に手を乗せた。
「いいか。カミーラを逃した後のこと考えろ。もし誰かに襲われても、君は彼女を助けることができない。それに、カミーラが生きているとサヴォイ家の誰かに知られてみろ。GRCが危機に陥る。それは君も本意ではないだろう」
ーー確かに。
ニーチェは、深い呼吸で怒りを鎮めながら、黙って耳を傾ける。
「一方、カミーラを研究対象として匿うことにすればどうだろう。確かに外へは出せない。だが、研究費の範囲内でなら、君が自由にカミーラを扱えばいい。その方が彼女にとっても幸せではないか?」
ーー自由?
今度はアンドレーエが苦情を言おうとする。ゲーテは言葉をかぶせた。
「副団長。もちろん異論はあるでしょう。そこで、こうしたらどうですか? ニーチェを研究主任にする代わりに、毎年必ず、大きな成果を提出すること。成果が出せなかった時には、大人しくカミーラを引き渡すこと」
ーーなるほど。……それならGRCにとっても都合が良い。
アンドレーエは、熟考の末に納得した。
とはいえ、部下の意見を全面的に聞くことは、自分のメンツに関わる。アンドレーエは、一言付け加えておくことにした。
「ならば、研究室には二十四時間監視をつけ、入口には監視カメラをつけることを条件に入れろ。それならば、お前とニーチェに免じて、ここは譲ってやろう」
「ニーチェ。いいか?」
「分かった」ニーチェにも、ゲーテが無理して副団長からの譲歩を勝ちえたことが理解できた。これ以上の我儘は、さすがにゲーテに悪い。
アンドレーエは、机の引き出しを漁った。
「カミーラのいる牢屋の鍵はこれだ。研究室は第一研究所、地下二階の三号室を使え。あそこは確か、入口に監視カメラが設置されていた」アンドレーエは、ニーチェに鍵を放り投げた。
「ありがとうございます」
ーーゲーテ。深く感謝するぞ。
ニーチェは、ゲーテと一瞬視線を交わした後、アンドレーエに深くお辞儀した。
そして、顔を上げるやいなや、足早に牢屋へと向かっていく。
ーー問題なく終えられたか。
「それでは、私もこれで」
軽く会釈し、ゲーテも続こうとする。
「ゲーテ。お前は少し待て」
アンドレーエの声の成分に、嫌な予感がする抑揚が混じっている。
ゲーテの服は、汗で冷たくなっていた。