第8話 陳情(2)
文字数 1,188文字
「待て」
その時、瑞々しい声が、部屋の空気を切り裂いた。ここまで静観をきめこんでいたローゼンクロイツ団長だ。ニーチェは何故か逆らえず、扉に手をかけたまま立ち止まった。
「ニーチェ君。君は約束を守りたい。例え相手が吸血鬼だろうと。それが我々GRCの矜持。そう言うのだね」ニーチェは振り向いた。ローゼンクロイツと目を合わせる。
「では交換条件だ。もしカミーラをバルサーモに引き渡さなければ、なんでも一つ、私のやって欲しいことを聞いてもらう。それでどうだ?」
「やることによる」ニーチェは、こんな状況でも一歩も引かない。
ローゼンクロイツは目を輝かせた。
「良いねぇ。では、今から君には、フラテルニタティスの姓を名乗ってもらう。それが私の交換条件だ」
「それだけですか?」
「ああ」
「それでは僕からも一つ条件があります。フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。フリードリヒはここへ来てからつけられた名前ですが、ニーチェは僕の本当の両親の苗字だと聞きました。僕は、これだけは残したい。そこでこれからは、ニーチェ・フラテルニタティスと名乗るのでどうでしょう」
「苗字を名前にする。王道ではない。だが面白い。それが錬金術にも生きているのだろう。認めよう」
「でしたら分かりました」ニーチェはドアノブから手を離し、迷うことなく承諾した。
ゲーテは驚愕した。
フラテルニタティス。それは、黄金薔薇十字団の研究者の中では、最も名誉ある姓だ。これが与えられるということは、今後、研究部門のトップになるということを示唆している。そして同時に、黄金薔薇十字団内における、政治的な幹部になる道は閉ざされる。
このような重責の選択を迫られれば、普通はひよる。決断力の強いゲーテだって、一晩は迷いたい。それを、ニーチェはあっさりと引き受けた。たかが一吸血鬼のために。
「では、先ほど責任者となったゲーテ。バルサーモと約束している日時は三日後だ。それまでに死体を用意し、こう伝えてくれ。カミーラは自決しました、と」
ーー死体を用意?
こともなげに言うローゼンクロイツに、ゲーテは戸惑いを見せたくなる。ローゼンクロイツはそのままニーチェにも言った。
「ニーチェ。工作は得意だろ? 君が研究しているホムンクルス。彼らを使って、うまい具合に偽装を手伝ってくれたまえ。話はこれで終わりだ」
ニーチェに何か手があるのならば問題ない。
「はっ」ゲーテは両手を合わせて了解した。
「ありがとうございます」ニーチェは膝をつき、ローゼンクロイツに感謝した。
ーーホムンクルスの研究。ニーチェはそんなことをしているのか。そして、何故それを団長は知っているのだろう。所長の俺でさえ知らないのに。
死体として偽装できるほどホムンクルス研究が進んでいるとは、想像もしていなかった。ゲーテは、黄金薔薇十字団の表層しか知らないような気がして、焦る気持ちが生まれ始めた。
その時、瑞々しい声が、部屋の空気を切り裂いた。ここまで静観をきめこんでいたローゼンクロイツ団長だ。ニーチェは何故か逆らえず、扉に手をかけたまま立ち止まった。
「ニーチェ君。君は約束を守りたい。例え相手が吸血鬼だろうと。それが我々GRCの矜持。そう言うのだね」ニーチェは振り向いた。ローゼンクロイツと目を合わせる。
「では交換条件だ。もしカミーラをバルサーモに引き渡さなければ、なんでも一つ、私のやって欲しいことを聞いてもらう。それでどうだ?」
「やることによる」ニーチェは、こんな状況でも一歩も引かない。
ローゼンクロイツは目を輝かせた。
「良いねぇ。では、今から君には、フラテルニタティスの姓を名乗ってもらう。それが私の交換条件だ」
「それだけですか?」
「ああ」
「それでは僕からも一つ条件があります。フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。フリードリヒはここへ来てからつけられた名前ですが、ニーチェは僕の本当の両親の苗字だと聞きました。僕は、これだけは残したい。そこでこれからは、ニーチェ・フラテルニタティスと名乗るのでどうでしょう」
「苗字を名前にする。王道ではない。だが面白い。それが錬金術にも生きているのだろう。認めよう」
「でしたら分かりました」ニーチェはドアノブから手を離し、迷うことなく承諾した。
ゲーテは驚愕した。
フラテルニタティス。それは、黄金薔薇十字団の研究者の中では、最も名誉ある姓だ。これが与えられるということは、今後、研究部門のトップになるということを示唆している。そして同時に、黄金薔薇十字団内における、政治的な幹部になる道は閉ざされる。
このような重責の選択を迫られれば、普通はひよる。決断力の強いゲーテだって、一晩は迷いたい。それを、ニーチェはあっさりと引き受けた。たかが一吸血鬼のために。
「では、先ほど責任者となったゲーテ。バルサーモと約束している日時は三日後だ。それまでに死体を用意し、こう伝えてくれ。カミーラは自決しました、と」
ーー死体を用意?
こともなげに言うローゼンクロイツに、ゲーテは戸惑いを見せたくなる。ローゼンクロイツはそのままニーチェにも言った。
「ニーチェ。工作は得意だろ? 君が研究しているホムンクルス。彼らを使って、うまい具合に偽装を手伝ってくれたまえ。話はこれで終わりだ」
ニーチェに何か手があるのならば問題ない。
「はっ」ゲーテは両手を合わせて了解した。
「ありがとうございます」ニーチェは膝をつき、ローゼンクロイツに感謝した。
ーーホムンクルスの研究。ニーチェはそんなことをしているのか。そして、何故それを団長は知っているのだろう。所長の俺でさえ知らないのに。
死体として偽装できるほどホムンクルス研究が進んでいるとは、想像もしていなかった。ゲーテは、黄金薔薇十字団の表層しか知らないような気がして、焦る気持ちが生まれ始めた。