第39話 神々の黄昏(1) Twilight of Gods

文字数 1,849文字

 過去二回の戦いでは、必ず最初に、カミーラ自らが迎撃にきていた。だが、今回は誰も出てこない。
ーーなんの小細工もしてこないところが、今まで以上に不気味だ。
 落とし穴もない道を、そのまま、古城へと足を踏み入れる。
 壁が震える。
ーーすわっ!
 攻撃が来るわけではない。
 ただ、城壁全体が響き、声になる。
「オーッポッポッポッポ。諸君。よくぞお越しくださいました。私の名前はオポポニーチェ。逃げも隠れも致しません。ただ、この城の頂上にて、貴方がたをお待ちしておりますよ」よく響く大きな声だ。スノーが旋律で、この大声のFを分析する。FDG『ラウト』。ただ、自分の声を大きくするだけのFだ。
 ゲーテは、このFに覚えがあった。キルステン・フラグスタートAFE。GRC所属の錬金術師が使用していたFDだ。そして彼女は、先日、ニーチェによって殺害された団員の一人でもある。
 キルステンの『ラウト』に、アンドレーエの聖剣『ノートゥング』。
ーーもしかするとニーチェは、自分が殺害した全ての錬金術師のFDが使用できるのではないか。
 起こり得ないことを起こし得る。いつもニーチェの側にいたゲーテは、彼の天才を肌で知っていた。
ーー何が起きても不思議はない。
 ゲーテは、隣を歩くカトゥーと目を合わせた。
ーーで、ゲーテはどうしたいの?
 スノーの音楽に合わせて、カトゥーの念波が聞こえてくる。スノー、エムボマ、スカラーと共に、全員が一つの生命体になったかのような気分だ。
ーー直接行く。
 ゲーテの意志は固い。
ーー罠かも知れないぞ。
 エムボマの慎重な問いかけ。ゲーテは、その言葉には返事をしなかった。
 ニーチェが自分に罠を仕掛けることは絶対にない。これは確信である。
ーーやれやれだ。
 エムボマは、仲間を信じる熱い男が嫌いではない。嬉しそうに首をすくめ、ゲーテの後に続いた。
 尖塔の部屋に続く螺旋階段を登る。
 最初に来た時は、ニーチェの落下死を見させられた。二回目に来た時は、カミーラの死を目撃した。そして三回目。
ーーこの後に見る死は、ニーチェか、自分か。
 大量惨殺死はつい最近、本部で見たばかりだ。ゲーテは、自分とKOKが無惨に殺されている姿を想像した。身震い。この震えは何だ。
ーー決まってる。ションベンがしたいだけさ。
 ゲーテはいきがって、最上階の部屋の扉を開けた。
 暖かい。
 部屋は、昔のカミーラが住んでいた時とは雰囲気が違う。
「待ってたよ」剥き出しの石壁に寄りかかったニーチェがいる。上半身は裸だ。いつ彫ったのだろう、全身にバラの刺青をしている。光った体からは、うっすらと湯気が立ち込める。
 ニーチェは、手にしていたワイングラスを、スタンディングデスクに置いた。
 二人の距離は十メートルもない。
 ゲーテとニーチェは、共に目を合わせた。
 言葉はない。
 もはや。
 交わす言葉なんて。
「いかねぇのか? なら、俺が行く」完全武装のエムボマが黒く光った。
 と思うと、炎の軌跡を描く。
 一気にニーチェに襲いかかる。
 ボッボッ、ボーッ。
 エムボマはファイヤースターター。武器は、当たると爆発する両拳だ。
「ドラァ!」
 ニーチェは、熱くなった空気ごと、楽々とエムボマの攻撃を避けた。
ーー聖剣『ノートゥング』の発動を捉えました。
 スノーの分析も始まる。
ーー『ノートゥング』は、三メートル以内に入った危険な攻撃を全自動で避けることができるFDAです。ただし、使用者の肉体速度を超えた攻撃には耐えられません。
ーーつまり、三メートル以内に到達した時点で、避ける間がない速度で攻撃すれば、ニーチェは避けられないってことか?
 カトゥーは問いかける。
ーーはい。ただし、今のニーチェはMA2となっています。その肉体レベルは、通常の人間のそれではありません。
 MA2とは、モード・アルキメストのレベルアップバージョンだ。体の周りにPSを貼るのではなく、細胞にPSを取り入れることにより、人間自体の限界を超える。これが出来ると、Sランク錬金術師として認められるようになる。
ーーだから、ニーチェの体は光り輝いているのか。
 エムボマの必殺技は、高速連打からの超爆発だ。だが、高速連打をしたくても、体の軸を動かされては、連打ができない。エムボマの体軸は、単発で撃つたびに片手であしらわれるので、大きく揺らされて続けている。
ーーあのエムボマが遊ばれるのか! 面白い。
 カトゥーは目を輝かせて、自分の腰につけた尖った石のようなナイフを手に取った。FDS雷霆『ケラウノス』が鈍く光る。
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登場人物紹介

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

APC 187cm90kg 赤マント

主人公。正義感溢れる好漢。うちに秘めたる野心の塊。研究者として入団したが、錬金術師としての腕前はCランク止まり。武芸に優れている。体格が良く、人から愛され、尊敬される性格。人身掌握がうまいので、幹部候補生になる。クリスティアーネのことが好き。ニーチェのことを親友だと思っているが、嫉妬心も抱いている。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

ADB 179cm 60kg 赤マント

黄金薔薇十字団に買われた捨て子。CRC団長のお気に入り。純真。研究家気質。真理を探究している。ストレスはうちに秘めるタイプ。騙されることが大嫌い。ゲーテだけを親友だと思っている。同期のクリスティアーネに好かれているが、興味ない。

カミーラ

155cm 40kg 吸血鬼と呼ばれる美女。気付いたらリアルにいたタイプ。はぐれアルカディアン。古城に住み着く。

幻想を見させることができるが下手くそ。

顔も体も大人っぽいが、背だけが低い。コンプレックス。いつも13cmのヒールを履いている。

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