第14話 観察 Observation
文字数 2,029文字
こうしてカミーラの研究は、週に五日ニーチェ、週に二日はワーグナーによっておこなわれるようになった。もちろん、ニーチェはそのことを知らない。二日間はカミーラが休んでいると思っている。
錬金術の研究は、録画録音はもちろん、メモをとることも禁止だという不文律がある。世界のバランスを取るためらしい。もし約束を守らなければ、ダビデ王の騎士団という強い軍隊により、団体の所有する全てのPSやFやアルカディアンを没収されてしまうそうだ。
ゲーテは、黄金薔薇十字団の戦闘力には絶対の自信を持っていた。だが、副団長は急激な発展よりも、その騎士団との対立を避ける方針のようだ。もちろんゲーテも、方針は守る。
ただそのために、どんな実験がおこなわれているのかを、ゲーテは知ることができなかった。出世と関係ない部分に関しての興味はないが、ニーチェの気分を害することは避けたい。所長権限を利用し、抜き打ちでワーグナーの研究を監視しに行くこともあった。
だが、問題はないようだ。危険と思われたワーグナーも、トリスタンらの監視が行き届いている。二日に一度は街に行くが、風俗かナンパをしているだけらしい。カミーラにも外傷はない。
ニーチェには、自分の腹心を研究助手につけて監視している。カミーラも、ワーグナーについては何も話していないらしい。
最初はたびたび監視していたゲーテも、徐々に一週間、二週間、一ヶ月と、ワーグナーへの監視を緩めていった。
ゲーテも幹部。しかも、第一研究所の所長なのだ。仕事が忙しい。ニーチェが研究に心血を注ぐように、ゲーテもまた、出世を目指すことが人生のやりがいだった。
三ヶ月が経過した。
『100日目で死ぬワニ』は、射った瞬間は違和感を感じるだけだが、二ヶ月が過ぎるあたりから体が弱っていく。カミーラへの実験で分かった効果だ。そのためゲーテは、五十日に一度は射つことにした。
ちょうど、三回目の『100日目で死ぬワニ』を使用した日だ。ニーチェ側の研究員から、ある小さな報告があった。それは、ニーチェが自ら、カミーラの為に服と化粧品を買いに行くという話だ。
ニーチェは錬金術師だ。買い物などの雑用は黒マントに頼めばいい。現に去年、ニーチェは三回しか街に降りていない。
ーー何かあるかもな。
虫の予感にも五分の魂だ。不安は一つでもなくしておいた方がいい。
ゲーテは、ニーチェを街に運ぶ馬車の御者を呼び、うまくたぶらかして、ニーチェを監視するように命じた。御者は、ゲーテに信頼されていることを知り、一生懸命監視しようという使命に燃えていた。
次の日、ニーチェは馬車に乗って街へ出かけ、同じように、馬車で第一研究所へと帰ってきた。
ゲーテは執務室から覗き見ていた。
手には荷物を持っている。だが、カミーラから頼まれた赤い服と赤い口紅、それから、町の名物であるチーズケーキしかない。他には何も買ってきていないようだ。
御者は、馬車の整備を終えた後、ニーチェに見つからないように、ゲーテの部屋へと報告にきた。
「どうだった?」ゲーテは仕事をしながら、チラリと目線を上げた。
「はっ。本当にただ、服と口紅を買っただけでした。盗聴したSDカードはこちらです」
「感謝する」ゲーテは受け取り、三倍速で確認した。ほとんど会話をしていないので、データはすぐに終わる。店員との普通のやりとり。やはり怪しいところは何もない。
「クワルクトルテを買っているようだな」ドイツのチーズケーキだ。ゲーテは、御者を睨んだ。
「は、は。取り立てていうほどのことではと思いまして」
「そうか?」ゲーテは立ち上がった。
御者は縮こまる。
「君は、俺の分のチーズケーキを買ってきてくれなかったのかい?」
「あ、は、いえ」突然のお土産の要求に、御者は戸惑った。
「ほら。君の服にケーキのカスがついているからさ。俺の分も欲しかったなと思ったんだ。ハハハ」ゲーテは朗らかに笑った。全ては冗談だった。
「今日は御苦労だった。ありがとう。次、街に行く機会があったら、俺の分のチーズケーキも買ってきてくれよ。これはその御礼だ」
ゲーテは財布から三百ユーロを取り出し、御者の胸ポケットへと差し込んだ。
「はっ。はい!」
緊張から弛緩。恐怖から解放。こういう人心掌握をゲーテは得意とする。また、忠誠を誓う部下の誕生だ。御者は完全に、ゲーテの手下として生きていこうと心に決めた。
夜になると、ニーチェのカミーラ研究も終わる。みんなが寝静まった頃、ゲーテの執務室へと再び入る影。ニーチェの研究助手の一人だ。彼もまた、すでにゲーテに心酔している。監視の報告のためにやってきたのだ。
「どうだった?」
「何も気付いておりません。プレゼントも、ただ渡しただけでした。いつも通り、吸血鬼をお姫様扱いし、会話を試みる。それだけでした」
「そうか」
ーー近くで見ている研究員の話を聞いてもいつもと同じ。問題はなさそうだな。
ゲーテは、心の中で安堵のため息をついた。
錬金術の研究は、録画録音はもちろん、メモをとることも禁止だという不文律がある。世界のバランスを取るためらしい。もし約束を守らなければ、ダビデ王の騎士団という強い軍隊により、団体の所有する全てのPSやFやアルカディアンを没収されてしまうそうだ。
ゲーテは、黄金薔薇十字団の戦闘力には絶対の自信を持っていた。だが、副団長は急激な発展よりも、その騎士団との対立を避ける方針のようだ。もちろんゲーテも、方針は守る。
ただそのために、どんな実験がおこなわれているのかを、ゲーテは知ることができなかった。出世と関係ない部分に関しての興味はないが、ニーチェの気分を害することは避けたい。所長権限を利用し、抜き打ちでワーグナーの研究を監視しに行くこともあった。
だが、問題はないようだ。危険と思われたワーグナーも、トリスタンらの監視が行き届いている。二日に一度は街に行くが、風俗かナンパをしているだけらしい。カミーラにも外傷はない。
ニーチェには、自分の腹心を研究助手につけて監視している。カミーラも、ワーグナーについては何も話していないらしい。
最初はたびたび監視していたゲーテも、徐々に一週間、二週間、一ヶ月と、ワーグナーへの監視を緩めていった。
ゲーテも幹部。しかも、第一研究所の所長なのだ。仕事が忙しい。ニーチェが研究に心血を注ぐように、ゲーテもまた、出世を目指すことが人生のやりがいだった。
三ヶ月が経過した。
『100日目で死ぬワニ』は、射った瞬間は違和感を感じるだけだが、二ヶ月が過ぎるあたりから体が弱っていく。カミーラへの実験で分かった効果だ。そのためゲーテは、五十日に一度は射つことにした。
ちょうど、三回目の『100日目で死ぬワニ』を使用した日だ。ニーチェ側の研究員から、ある小さな報告があった。それは、ニーチェが自ら、カミーラの為に服と化粧品を買いに行くという話だ。
ニーチェは錬金術師だ。買い物などの雑用は黒マントに頼めばいい。現に去年、ニーチェは三回しか街に降りていない。
ーー何かあるかもな。
虫の予感にも五分の魂だ。不安は一つでもなくしておいた方がいい。
ゲーテは、ニーチェを街に運ぶ馬車の御者を呼び、うまくたぶらかして、ニーチェを監視するように命じた。御者は、ゲーテに信頼されていることを知り、一生懸命監視しようという使命に燃えていた。
次の日、ニーチェは馬車に乗って街へ出かけ、同じように、馬車で第一研究所へと帰ってきた。
ゲーテは執務室から覗き見ていた。
手には荷物を持っている。だが、カミーラから頼まれた赤い服と赤い口紅、それから、町の名物であるチーズケーキしかない。他には何も買ってきていないようだ。
御者は、馬車の整備を終えた後、ニーチェに見つからないように、ゲーテの部屋へと報告にきた。
「どうだった?」ゲーテは仕事をしながら、チラリと目線を上げた。
「はっ。本当にただ、服と口紅を買っただけでした。盗聴したSDカードはこちらです」
「感謝する」ゲーテは受け取り、三倍速で確認した。ほとんど会話をしていないので、データはすぐに終わる。店員との普通のやりとり。やはり怪しいところは何もない。
「クワルクトルテを買っているようだな」ドイツのチーズケーキだ。ゲーテは、御者を睨んだ。
「は、は。取り立てていうほどのことではと思いまして」
「そうか?」ゲーテは立ち上がった。
御者は縮こまる。
「君は、俺の分のチーズケーキを買ってきてくれなかったのかい?」
「あ、は、いえ」突然のお土産の要求に、御者は戸惑った。
「ほら。君の服にケーキのカスがついているからさ。俺の分も欲しかったなと思ったんだ。ハハハ」ゲーテは朗らかに笑った。全ては冗談だった。
「今日は御苦労だった。ありがとう。次、街に行く機会があったら、俺の分のチーズケーキも買ってきてくれよ。これはその御礼だ」
ゲーテは財布から三百ユーロを取り出し、御者の胸ポケットへと差し込んだ。
「はっ。はい!」
緊張から弛緩。恐怖から解放。こういう人心掌握をゲーテは得意とする。また、忠誠を誓う部下の誕生だ。御者は完全に、ゲーテの手下として生きていこうと心に決めた。
夜になると、ニーチェのカミーラ研究も終わる。みんなが寝静まった頃、ゲーテの執務室へと再び入る影。ニーチェの研究助手の一人だ。彼もまた、すでにゲーテに心酔している。監視の報告のためにやってきたのだ。
「どうだった?」
「何も気付いておりません。プレゼントも、ただ渡しただけでした。いつも通り、吸血鬼をお姫様扱いし、会話を試みる。それだけでした」
「そうか」
ーー近くで見ている研究員の話を聞いてもいつもと同じ。問題はなさそうだな。
ゲーテは、心の中で安堵のため息をついた。