十七

文字数 3,196文字

 美玲の話では、趙建宏がタザキショウを地下のどこかに閉じ込めているという。しかし、入手した船内図を見て愕然とした。広過ぎる。闇雲に動き回っても埒が明かないだろう。美玲に頼るしかなかった。危険とは知りつつ、趙建宏に近づき、何かしらの情報を得てもらうしかなかった。または奴らが動く瞬間を捉える。それはつまり、タイミングを逃せば兄貴は殺される。リュウにはそれがすぐにわかった。恐らく兄貴は日本の警察の身分を明かしている。でなければすでに東シナ海に沈んでいるはずだ。奴らは中国政府の対応を待っている。中国で日本の警察官が一人、行方不明になることへの対応に苦慮している。時間に猶予は無い。二十年ぶりに会う兄貴の姿を想像する。失敗は許されない。緊張で銃を持つ指先が震える。無事、兄貴と再会することができたなら、先ず何から話そうか。胸に熱いものが込み上げた。

 その頃、美玲は甲板のレストランにいた。名刺にあった携帯電話の番号に連絡を入れた。数回のコールで繋がった。
「美玲サンカラ誘ッテイタダケルナンテ、光栄デス」
「マア、ソンナコト言ッテ、私ハタダ、美味シイゴ飯ガ食ベタクナッタダケ」
「彼ハ?」
「ン? 知ラナイワ、一人デドコカニ行ッチャッタ」
 趙建宏が笑う。
「サテハ、私ニ負ケヲ認メタカナ? 実ハ、サッキ、彼ト勝負シタンダ、君ヲ賭ケテ」
「私ヲ・・・・・・賭ケテ?」
「彼ハ負ケヲ認メタヨ、自分ノ金ガ惜シクナッタンダ」
「彼ハ、ソンナ弱イ男ジャナイワ」
「ハハハ、冗談デスヨ。彼トハ、サッキ、オークションデ競リ合ッタンダ。結果ハ私ノ勝チ。今度ハ君ヲ賭ケテ戦ウ」
「趙建宏サンッテ、コノ船ノオーナーサン、ナンデショウ?」
 美玲が話題を変えた。
「ン? ソウダケド。ソレガドウシタノ?」
「船内ガ余リニ広インデ、ドコニ何ガ有ルノカワカラナイノ。セッカクオ知リ合イニナッタンダカラ、少シ案内シテクダサラナイ?」
「イイデスヨ、オヤスイ御用ダ」
「ドコカ行ッテミタイトコロデモ?」
「船ノ地下ッテ、ドウナッテルノカシラ?」
「エンジンルームト客室デスヨ、ソレト、オークションルームガ地下ニアル」
「行ッテミタイ」
「変ワッタ人ダ。イイデスヨ、案内シマショウ。ソレニ満足シタラ、私ノ部屋デ飲ミマショウ。ソレガ条件デス」
 美玲にもそれが何を意味するかわかった。唇を噛んだ。でも地下の様子を探るにはその条件を飲むしかなかった。
 二人でレストランを出て、エレベーターで地下に向かった。地下は六階まである。B1が客室、B2が劇場、B3がカジノ、B4がオークションルーム、そしてB5が従業員用の船室で、B6がエンジンルームになっている。
「アナタノオ部屋ハ?」
「地下5階ニ有リマス。マズハ地下一階ノ客室カラ御案内シマショウ。コノ階ノ客室ハエコノミーデス。VIPハ地階ジャナク、最上階デス。スウィートルームハ最高ノ眺メデス。マルデ空ヲ飛ンデルヨウナ感覚ニナル」
「ヘエ、空ヲ飛ンデルミタイナ」
 美玲たちの部屋は地上二階である。VIPには違いないが、最上級ではないということだ。
「私ナラ、アナタヲ、世界ノVIPニシテアゲラレル」
 エレベーターは地下一階の一般客室を通り越して、地下二階の劇場で停まった。扉が開くと、レッドカーペットが敷かれたホールに出た。趙建宏が手を差し伸べる。思わず美玲も手を伸ばした。ホールの扉を開ける。音楽と煌びやかな照明に包まれる。
「素敵!」
 美玲の頬の緊張が解れ、パッと紅みが差す。
「ブロードウェイニモ負ケナイヨ」
「コレ全部、アナタノ物ナノ?」
「勿論」
 美玲が身を乗り出して、ミュージカルを見つめた。瞳に赤や青の輝きが映し出される。しばらくすると趙建宏が美玲の肩に手をやった。
「ミュージカルナラ、マタイツデモ見レマスヨ」
「次ハ、カジノヲオ見セシマショウ。付イテ来テ」
 地下三階に降りると、客の笑い声や女の歓声が飛び込んできた。スロットがまわる音、コインが弾かれる音、煙草の臭い。ポーカーやルーレットの台に張られたラシャの緑が鮮やかだ。
「凄イ熱気デスネ、私ニハソノ楽シサガワカラナイケド」
「ヤッテミマスカ? 私ト一諸ニ」
 趙建宏はルーレットの台のところまで美玲を案内した。ディーラーの女がベルを鳴らすと、客が思い思いの枠にチップをベットし始める。目の前にチップの山が積まれた。百ドルチップが百枚ある。
「ドウゾ、ヤッテミテ」
 恐る恐る赤い印の枠にチップを全て置いた。周りの客から「オオッ!」と声がかかる。これには趙建宏も驚いたように目を大きくした。
「サスガ、美玲サン。私ガ見込ンダダケノコトハアル」
 ディーラーがホイールを回転させ、玉を投げ入れる。玉はしばらく回転と逆方向にカラカラと回り、ディーラーが「ノー・モア・ベット」と告げ、ベルを二度鳴らした。玉は速度を失い、カラリとホイールの枠に落ちる。溜息と歓声がこだまする。
「REDの7」
「オオッ! 美玲サン、勝チマシタヨ、素晴ラシイ」
 するとディーラーによって分配されたチップが倍になって目の前に戻された。
「ヤッタ! 楽シイ、最高!」
「次ハ、ドウスル?」
「次モ、赤ヨ」
 百ドルチップを二百枚全て赤い枠に置いた。もはやルーレットの客は、美玲の勝負に注目していた。
「REDの13」
 大歓声があがる。美玲の元に四百枚のチップが戻される。
「美玲サン凄イ、アット言ウ間ニ、四万ドルダ、ソノ調子」
 すると美玲がキョトンとした。
「四万ドル?」
「サア、次モ赤デ勝負カナ?」
 趙建宏が笑う。
「四万ドルって・・・・・・」
美玲は呆然としたまま、チップを全額赤に置いた。
「BLACKの18」
「アアッ、アッ・・・・・・」
 と溜息がこぼれた。四百枚のチップが全て消えた。美玲はまだ呆然としている。
「美玲サン、コレガルーレットデス。ソシテ、コレガ人生」
 趙建宏が微笑した。
「ゴメンナサイ、私、四万ドルト聞イテ、ビックリシチャッテ」
「気ニナサラズニ、四万ドルノ夢ハミレタデショウ?」
「デモ・・・・・・」
「サア、イヨイヨ地下四階デス。デスガ、残念ナガラ地下四階ノオークションルームノ中ハオ見セスルコトハデキマセン」
 美玲が首を傾げた。
「オークションルームニハ、コノ船ノ客ノ中デモ、極限ラレタ人シカ参加スルコトガ許サレテイナインデス」
 二人でエレベーターに乗る。ヒュンと音がして、地が揺れたような気がした。
「彼ハ、キョウゴクシズカサンハ、ドンナ方ナンデスカ?」
 美玲は表情をほころばせた。
「頭ガ良クテ、強クテ、チョット冷タクテ、デモ、優シイ人」
 趙建宏が目を閉じて聞いている。
「愛シテルンデスネ、彼ノコト」
 美玲が頷いた。
 王美玲と趙建宏の乗ったエレベーターが地下四階を通り越し、地下五階で停まった。船内にエレベーターは三機ある。地下六階に降りるには一度、船尾にあるエレベーターに乗り換える必要がある。趙建宏の部屋は船首側に位置していた。船中央のエレベーターで降りたせいか、方向がわからなくなった。趙建宏が歩き出した方向が船首側だとわかった。美玲が立ち止まって辺りを見渡している。
「マサカ、本当ニエンジンルームヲ見タイダナンテ、言ワナイヨネ?」
「イイエ、地下ノ全テヲ案内スルノガ約束ヨ。私、エンジントカ機械好キナノ。ダメナラ、アナタノ部屋ニハ行カナイワ」
 趙建宏は苦笑して、首を横に振った。
「OK! 御案内シマスヨ。オ嬢様」
 元来た通路を戻り始めた。その後を追いながら美玲は後ろ手に隠した携帯電話をギュッと握りしめた。美玲の動きはGPS機能を持つ携帯電話によって、リュウの持つ端末で位置情報を追うことができた。すると趙建宏が歩きながら携帯電話をポケットから取り出した。
「チョット、失礼」
 趙建宏の声が急に小さくなった。美玲に聞こえないように誰かと話している。
「ソノ男ヲ、シバラク静カニサセテオケ」
 美玲は聞こえないふりをした。
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